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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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蒼天剣・懸想録 4

晴奈の話、57話目。
おだやかな結末。
 
 
 

4.
「うーん」

 良太は腕を組んでうなっている。

 晴奈の部屋に集まった三人は、重蔵の言葉を考えていた。……と言うよりも、晴奈も橘も、うすうすその答えはつかんでいる。晴奈と橘は悩む良太をよそ目に、柊のことを話していた。

「それにしても、雪乃と家元さん、何の話をしてるのかしらね?」

「さあ……? 案外打ち解けて、酒でも呑んでいるのかも」

「あはは、ありそうねぇ」

 笑う橘に、ついに良太が不機嫌な顔を見せた。

「すみません、お二人とも」

「あ、うるさかった? ゴメンね、良太くん」

「いえ……」

 良太はまた、腕を組んでうなる。

「付き合うなら、仇討ちをやめろ……、か。どう、つながりがあるんだろう?」

「ふふふ……」

「何ですか、姉さん? ……あ、もしかして答え、知っているんでしょう?」

「ああ、いやいや。知っている、と言うか。予測は付いている」

 良太は顔を上げ、晴奈に手を合わせる。

「教えてもらってもいいですか?」

「いやいや、これは良太自身が理解しなければならぬことだからな。『それは私が出すべき答えでは、無いな』」

 そう言って晴奈は、良太に「助言は与えたぞ」と言いたげに人差し指を立てた。

「……!」

 どうやら、良太も答えに行き着いたらしい。がばっと立ち上がり、慌てて部屋を出て行った。

 

「おじい様っ!」

 良太は重蔵の部屋の戸を開け、大股で上がりこんだ。重蔵とともに酒を呑んでいた柊は、半ばとろんとした目で良太を見つめる。

「良太、答えが分かったの?」

「ええ、恐らくは。……よろしいでしょうか?」

 柊と向かい合って座っていた重蔵は、良太に顔を向ける。

「言ってみなさい」

「はい。えーと、恐らくは、『仇を討とうとするならば、討たれることもありうる』。もし僕が結ばれた後も、諦めることなく仇を討ちに行けば、返り討ちに遭う可能性は少なくありません。それだけではなく、雪乃さんにも迷惑が及ぶかも知れない。

 敵を作れば、その敵に自分だけではなく、自分の親しい者、愛する者にまで危険が及ぶ。だから、愛する者と結ばれることを考えれば、それを脅かす敵など作ってはならないし、追ってもならない、そう言うことですね?」

「うむ」

 重蔵はぱたりと膝を打ち、柊の手を取って立ち上がる。

「それが分かれば、文句は無い。さあ、良太。雪さんに、『仇は追わん』と誓うんじゃ」

「……しかし」

「む?」

 答えを導きつつもなお、良太は逡巡する。

「それなら、僕の無念はどうなるのでしょうか」

「……」

「無残に殺された両親の無念を、僕は……」「それなら良太」

 開いたままの戸から、晴奈が入ってきた。

「その仇、私がいつか必ず取ってやろう。私なら、託すに十分だろう?」

「姉さん……?」

「良太、お前は清く、優しい男だ。そんなお前が、『仇を討つ』と言う呪縛に捕らわれるのを見過ごしておくのは、どうも忍びない」

 良太の目からまた、涙がこぼれてくる。

「そんな、だって姉さんは、無関係……」

「無関係なものか、『弟』よ。お前と師匠の幸せのためなら、一肌脱いでやるさ」

「姉さん……」

「さあ誓え、良太」

 良太は涙を拭い、真剣な目をして柊の手を取った。

「ち、誓います。誓います……っ! 僕は仇を討つと言う志を、晴奈姉さんに託します!

 だから、おじい様! 認めて、くださいますか!?」

 最後はほとんど絶叫に近い声で、良太は嘆願した。

「うるさいわいっ。……くく、まあ、良しとしようかの」

 重蔵は苦笑しながら、二人の仲を認めた。

 

 

 

 こうして柊と良太の仲は公認のものとなり、良太は仇を追わないことを誓った。と同時に、良太は剣の修行をやめることにした。

「仇を追うことを諦めた今、剣の腕を磨く意味も無くなりました。今後は、紅蓮塞の書庫番になろうかと考えています」

「確かにそっちの方が、良太には似合うな。……そう考えると悪かったな、しごいたりなんかして」

 晴奈の言葉に、良太は笑って首を振る。

「いえ、あれは僕から頼んだことですし、姉さんには感謝してます」

 姉さんと呼ばれ、晴奈はクスクスと笑う。

「姉さん、か。もう柊一門から抜けたのだから、そう呼ばずとも良いのに」

「いいえ! 晴奈姉さんは、ずっと僕の姉さんですよ」

 良太は晴奈に、深く頭を下げた。

「……本当に、色々とありがとうございました、姉さん」

 

「折角家元さんも認めてくれたんだからさー、さっさと結婚しちゃえば良かったじゃない。あの誓いの時なんか、いかにもそんな雰囲気だったのに」

 橘の言葉に、柊は飲んでいたお茶を吹きそうになる。

「ゴホ、ゴホ……。そ、そんなわけには行かないでしょ、いくらなんでも。ま、まだ早いわ」

「まーた、足踏みしてるわね。……ま、それもアンタらしいか」

「……色々ありがとね、小鈴」

 橘はニヤニヤ笑って、柊の耳をくいくい引っ張った。

「礼なんかいいわよ、別に。

 ま、結婚式とかあったら呼んでよ。もっともあたし、旅の途中だから行けるかどうか、分かんないけどね」

「ええ、ぜひ呼ぶわ。……今度は、自力で式まで、こぎつけるからね」

 

 

 

 重蔵は一人、紅蓮塞の南東にある霊園を歩いていた。手には花束を持っている。一番奥の、大きな墓の前で立ち止まり、一礼してから花を添える。

「晶良、お前の息子にいい人が見つかったぞ」

 重蔵は亡き娘に声をかけ、手を合わせる。

「お前さんには悪いかと、ちと思うたが、良太にはお前の仇を討たせることを、諦めさせた。その際に晴奈と言う子が、いいことを言ってくれたんじゃ。『良太が仇討ちなどと言う呪縛に捕らわれるのは、見ておけん』とな。

 わしもずっと、そう思っておった。あの子は、優しい。到底、敵を狙い続け、敵に狙われ続けると言う修羅の道に、入り込める人間では無いからのう。

 ……しかし、じゃ。その代わりに、晴奈にその呪縛を背負わせてしもうた。常識で図るならばまったく、愚かしく卑怯で、悪い判断でしか無いのじゃが――正直な気持ちと言うか、直感として、あの子ならやり通してしまえる、そんな気がするのじゃ。あの子には、そんな艱難辛苦など、やすやすと吹き飛ばしてしまえる、修羅の気がほの見える。

 晴奈に背負わせたことがわしの、人生最後の過ちなのか、それとも人生最大の英断なのか……。後はただ、祈るばかりじゃ」

 重蔵はもう一度礼をし、立ち去る前に一言、付け加えた。

「近いうち良太とその相手を、見せに来てやるからの。楽しみにしていなさい、晶良」

 

蒼天剣・懸想録 終

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