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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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蒼天剣・大徳録 3

晴奈の話、77話目。
大きな買い物。
 
レートの説明。
作中に出てきた通貨、玄銭は日本円にして4円程度です。



3.
そんなことがあってから、数日後。

 エルスの師匠、ナイジェル博士と紫明が、応接間で何枚かの書類に目を通している。

「ふむ、ここもいいですな」

「こちらも、なかなかですよ」

 二人が見ているのは不動産のチラシである。

 元々亡命を目的として、エルスたちは黄海に来た。故郷の北方にはしばらく戻れないため、こちらには長期の滞在になる。ずっと黄屋敷にいるわけにも行かないので、どこかに家か部屋を借りようかと考えた博士は、この街の不動産も手がけている紫明に相談していたのだ。紫明も娘を助けてくれた恩人に感謝の意を表明しようと、熱心に家探しを手伝ってくれた。

「ここも良さげですが、ちと高いか……」

「それに街から少し離れていますし、あまりいい物件では無いですな。

 ……そうだ、こちらはいかがでしょうか?」

 紫明がある一件を博士に提示する。

「ふむ。……賃貸ではなく、購入ですか。とは言え……、なるほど、ここから近い。それに購入と言うことを考えれば、かなり安めですな。

 一度、見てみましょうか」

 

 

 

 博士と紫明、そして付き添いに晴奈とエルスを加えた4人で、その物件まで足を運んだ。

「ふむ、見た感じはまだ新しい……」

 建物の外観を見るに、ここ10年以内に造られたように見える。中の柱や壁もしっかりしており、とても頑丈そうだ。

「しかし、良く見れば大掛かりな補修ですね、これ」

 エルスが壁や階段を触りつつ、博士に同意する。

「いや、どちらかと言えば拡張工事なのかな? 随分手を加えてある。相当お金をかけて改築してありますねぇ。

 それに、なかなかおしゃれなデザインですね。ここ最近、央南で流行している建築様式だ。これが本当に、380万玄なんですか?」

 「玄」と言うのは央南の通貨、玄銭のことである。なお参考として、黄海・黄商会の新入りの月収がおよそ3万玄、黄商会の年間収益が6、70億玄程度になっている。

 博士は北方を発つ際に家財道具を処分し、現在3千万玄近い金を持っている。買おうと思えば、買えないことはないのだが――。

「ああ、書類の上では確かにそう書いておる。……じゃから、どうにも怪しくてな」

 疑問に思う博士に、紫明も同意する。

「確かに。これだけの物件であれば、その4~5倍はしてもおかしくありません。ただ、私も同業者から簡単な情報を渡されただけですので、詳しい事情については……。

 間もなく売主が来るのでその辺り、尋ねてみてはいかがでしょうか」

「そうですな。……おや、あの『猫』の方ですかな?」

 話しているうちに、その売主が姿を現した。

 

 売主の姿に、晴奈は既視感を覚えた。

(む……? この女性、どこかで見たような?)

 その猫獣人の女性は、確かに見覚えがある。だが、どこで会ったのかまでは、はっきりと思い出せない。

「あの、黄不動産の方でしょうか?」

 女性は不安そうに尋ねてきた。

「ああ、はい。私が代表の黄紫明です。楊さんで、お間違い無かったでしょうか」

 紫明が挨拶すると、女性はほっとしたように自己紹介を始めた。

「はい、そうです。わたくし、楊麗花と申します。初めまして、黄さん」

「初めまして。早速ですが中の方、拝見させていただいてもよろしいでしょうか」

 紫明は慣れた素振りで楊に応対している。楊はうなずき、家の扉を開けた。

「すでに家具など、中の荷物は処分しております。もしご購入される場合は、あらかじめご用意くださいね」

「承知いたしました。……少し質問させていただいても、よろしいでしょうか」

 博士は中をきょろきょろと見回しながら、楊に尋ねる。

「何でしょうか?」

「これほど程度のいい邸宅を、何故380万と言う破格の値でお売りに?」

「ええ、それは……」

 博士に尋ねられた途端、楊の顔が曇る。

「主人が先月、病で亡くなりまして。それで田舎の方に戻ろうかと考え、早急に処分したいと思い、安めに値を付けさせていただきました」

「なるほど、そんな事情が……。これはとんだ失礼を」

「いえ……」

 謝る博士に、楊は静かに首を振った。

「幸い、主人はこの街で成功を収めまして。それなりの資産を遺してくれましたので、わたくしも娘も、しばらくは食うに困ることはございません」

 娘、と聞いて晴奈の脳裏にある人物が思い出された。

(あ、そうか。……似ているが、この人ではなかった。それに『猫』ではなく、耳は短かった。私が見たのは恐らく……)

 晴奈はチラ、とエルスの方を見た。エルスも見返し、片目をつぶった。

(……予想通りか)

 晴奈が見たと思ったのは楊本人ではなく、楊の娘――先日エルスが口説いた、あの女性だったのだ。

 

 博士と紫明、楊が相談している間、晴奈とエルスは彼らと少し離れたところで話をした。

「ヨウ、って聞いてあれ? と思ったんだよ」

「やはりか」

「うん。あの子、楊柳花って名乗ってたし、顔立ちもすごく似てる。多分、レイカさんの娘さんだろうね。いやー、偶然ってすごい」

 ヘラヘラ笑っているエルスに、晴奈は呆れる。

「悠長なことを言ってる場合か。もしここにその柳花嬢が現れたら、えらいことになるぞ」

「え?」

 エルスの笑いが、一瞬止まる。

「何で?」

「何でって……、まずいだろう、どう考えても。売主の娘をたぶらかしたことが発覚すれば、この話が流れる可能性もある」

「ああ……」

 エルスはまた、笑い出した。

「はは……、よくよく考えれば、ちゃんと説明する間が無かったんだよね」

「説明?」

「んー……」

 エルスは話中の博士たちを確認し、晴奈に向き直る。

「セイナ、僕とリューカが出会った時、どこまで見てたの?」

「どこ、と言うと……、港に行く道を尋ねていたところまで、だな」

「じゃ、その後のことは当然、知らないよね」

「当たり前だ。知りたくもないが」

 晴奈の反応を見て、エルスはまた笑った。

「やっぱり、誤解してる。じゃ、その後のことを話すね」

 

 

 

「えっと……、あちらが港になります」

「ふむー、そうですカ」

 柳花に港まで案内してもらったエルスは、ここで片言をやめた。

「コホン。……リューカさん、ご親切にどうも。良ければお礼をさせていただきたいのですが」

「え、え? あの、あれ? エルスさん、話し方……」

 あまりの変わりように、柳花は口を開けてぽかんとしている。

「央南語は囲碁好きの教官に2年ほど、みっちり教えてもらいましたから。

 さ、海を眺めながらのお茶も、なかなか風流ですよ」

「は、あ……」

 柳花は化かされたような顔つきで、エルスを見上げている。一種の思考停止状態に陥り、半ばエルスの言いなりになっていた。

「ああ、あの店なんか良さそうですね。行きましょう、リュウカさん」

「え、あ、はい」

 エルスに手を引かれ、柳花はそのまま付いていってしまった。

 

「へえ、お父さんが……」

 海沿いにあった喫茶店に入った後も、エルスは巧みな話術と心理操作術で柳花の素性を聞き出していった。

「うん、一月ほど前に。それでお母さん、悲しいからこの街を離れて田舎に戻りたい、って言ってるの」

 柳花もエルスの柔和な物腰と優しい笑顔に警戒を解き、友達のように接している。

「そうなんだ。じゃあ、もう家とかも処分したの?」

「うん。すごく気に入ってたんだけど……」

 顔を曇らせる柳花を見て、エルスは腕を組んで軽くうなる。

「うーん……、じゃ、気晴らしでもしよっか?」

「え?」

「悲しい時は笑わないと。ドンドン悲しくなっちゃうよ」

「あ、うん……」

 唐突な提案と意見に、柳花は終始戸惑っているが、エルスは意に介さない。

「じゃ、行こうか」

 そしてまた、唐突に行動する。傍目から見れば強引だったが、柳花はなぜか、素直にうなずいてしまった。

「う、うん」

 

 エルスは柳花を連れ、港から公園、繁華街や市場を回った。最初のころはまだ戸惑っていた柳花も、あちこち回るうちに自然と笑みが漏れ、楽しそうに振舞うようになった。

 やがて日も傾き始め、わずかに肌寒さを感じる時刻となり、エルスと柳花は帰路についた。

「少しは、気が紛れたかな?」

「うん、すごく……」

 いくつか贈り物もされ、柳花の手には大きな紙袋が提げられている。

「本当に、楽しかった。ありがとね、エルスさん」

「いやいや、お礼なんて……」

 エルスが謙遜しようとしたその時、柳花がいきなり抱きついてきた。

「……お?」

「ここを離れる前に、すごくいい思い出ができた。あたし、一生忘れないわ」

「……はは、それはどうも」

 そのまま10分ほど、柳花はエルスを抱きしめていた。エルスの襟に付いていた口紅は、この名残だろう。

 

 

 

「……本当に、それだけか?」

「そうだよ」

 エルスの話を聞き終えた晴奈は、半信半疑でエルスの顔を見つめている。

「本当だってば。いくら僕でも、初対面の子を口説き落としたりしないよ」

「まあ、信じるか。お主が私にそんな嘘をついても、意味が無いからな」

 晴奈とエルスが話している間に、博士の方も話がまとまったようだ。

「では、正式に契約させていただきます」

「ありがとうございます」

 どうやら、博士はこの家を買うことにしたようだ。
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