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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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蒼天剣・神算録 8

晴奈の話、112話目。
怒りの空中コンボ。
 
 
 

8.
あの黒い猫獣人に惑わされたと気付いたエルスは、天玄館にいた兵士を半数引き連れて東門へと急いだ。

(何てことだ……! こんな罠に引っかかるなんて!)

 だが、時は既に遅かった。

「これは……!?」

 覆いのほとんどが割られ、地面に落ちた銃や、箱に収まったままの銃弾はずぶ濡れになっている。門も破られ、その向こうにいるはずの兵士、剣士、さらには教団員までもが、どこにもいない。

「何が、どうなっているんだ? ……みんな、警戒してくれ! まだ敵がいるかも知れない!」

 エルスの指示に従い、兵士たちは武器を構えて周囲を見回す。と――。

「あら、大将さん直々にいらっしゃったのね」

「君は……!」

 エルスの前に、黒ずくめの猫獣人が現れる。わずかに見えた目には、眼鏡がかけられている。その声もエルスには聞き覚えがあり、すぐに先ほどの「猫」だと見抜く。

「動かないで!」

 エルスが構えようとしたところで、「猫」が牽制する。

「下手なことをすれば、彼女がどうなっても知らないわよ」

「彼女……?」

 「猫」がパチンと指を鳴らすと、彼女同様黒装束に身を包んだ者が数名現れる。そしてそのうちの一人が、青い髪の少女を抱きかかえている。

「リスト!」「動かないでって言ったでしょう!」

 エルスが叫ぶと同時に、エルスの足元に何かが突き立てられる。

「わ、……っとと」

 「猫」は両手に長細い、短剣のようなものを何本か持っている。

「苦無(くない)か。随分珍しい武器を使いますね、サクミさん」

「え?」

 「猫」が驚いたような声をあげる。その様子を見たエルスの顔に、久々に笑顔が戻る。

「当たり、ですか。紅蓮塞で、色々と調べ物をしたんですよ。その中で見つけた『竹田朔美』と言う人物が、当時20歳そこそこ。多分、シノハラと一緒に出奔したでしょうし、シノハラと同様の服装だ。だから多分、あなたがサクミさんなんだろうなと予想しました」

「随分頭が回るようだけど、今回ばかりは下手を売ったわね、大将さん」

 朔美は平静を取り戻し、エルスをあざける。エルスも――ここまで壊滅的な負け方をすると、逆に冷静になれるのか――普段通りの笑顔で応じる。

「エルスです。エルス・グラッドと言います、僕の名前」

「そう。じゃあエルスさん、本題に入りましょうか」

 朔美はエルスにしゃなりとした歩調で近付きながら、話を切り出す。

「単刀直入に言うわ。天玄と黄海を明け渡しなさい。それからあなたは、央南から出て行って。それともう一つ、黄晴奈、黄明奈姉妹を我々に引き渡して」

「呑まなければ?」

「ここで死んでもらうわ、みんな」

 朔美の言葉と、黒装束たちの威圧感に周りの兵士は皆、ぶるっと震える。だがエルスだけは、ニコニコと笑うだけで動じない。

「そっか。うーん」

「悩むような話じゃないでしょ? この子の命が惜しかったら、言う通りになさい」

「うーん」

「牛歩戦術のつもり? さっさと答えなさい」

「うーん」

「……わたしをバカにしてるの? いい加減にしないと、本当に殺すわよ」

「うーん……、じゃあ、答えはこうだ」

 眼前まで迫り、苦無を振り上げた朔美に対し、エルスはウインクした。

 次の瞬間、エルスの姿は消えた。

「……!?」

 朔美は目の前で消えた相手を探し、辺りを見回す。

「いやー、呑めないもん」

 エルスの飄々とした声と共にドゴ、と言う音が響く。

「僕、央南から出たら結構まずいんですよね。央中だと教団に狙われるし、央北はきな臭くて何に巻き込まれるか分かったもんじゃないし」

 今度は二連続で、ドゴ、ドゴと音が鳴る。朔美が黒装束たちの方を振り返ると、3人足りないのが確認できた。

「それにセイナもメイナも大事な友人です。友達を売るなんて僕にはできませんよ」

 ようやくエルスの姿が現れる。と同時に、リストを抱えている者の隣にいた黒装束が吹き飛び、近くの建物にドゴ、と音を立ててぶつかった。

「テンゲンとコウカイを売るなんて言うのも、論外。僕を信じて兵隊を貸してくれた街を、僕の一存でホイホイ渡したりなんかできませんって。

 だから答えは、全面的ノー。でも死にたくも無いし、リストを死なせたくも無い。だからこうして、人払いをさせてもらいました。

 さあ、残るは君と、サクミさんだけ。今ならまだ、笑ってすましてもいいですけど。どうされます?」

 にっこりと笑いかけたエルスに、朔美は舌打ちする。

「チッ……、予想外だったわ。まさかうちの子たちが、こんなあっさりやられるなんて。……でも、引き下がらないわよ、わたしも」

 朔美はくい、とあごをしゃくり、残った黒装束に逃げるよう指示する。黒装束は短くうなずき、エルスに背を向けて走り出した。

「待て!」「こっちのセリフよ!」

 ヒュンと音を立て、エルスのすぐ横を苦無が飛んで行く。

「足止めさせてもらうわよ、エルスさん」

「……いい加減にした方がいい」

 エルスの笑みが、また消えた。

 

 エルスはくい、と顔を朔美に向ける。

「僕はしばらく、怒ったことが無いんだ。だから、自分の怒った顔がどんなだったか、思い出せない」

「何を言ってるの?」

「サクミさんは、見たいの? 僕の怒った顔を」

 エルスは淡々と語りかける。

「……!?」

 エルスの目を見た朔美の体全体が、急激に冷える。

 普段はヘラヘラと笑っている分細まり、滅多に見ることのできないその開かれた目を見ただけで、朔美は全身にびっしょりと冷や汗をかかされた。

「僕にとってセイナやメイナは友達だけど、リストはもっともっと大事な子なんだ。彼女に手を出す奴は……」

 エルスの姿が、また消える。と同時に、背骨と内臓が口から抜けるかと思うほどの強い衝撃と共に、朔美の体が浮き上がった。

「げ……ッ!?」

 朔美は血を吐きながら、宙を舞う。

「僕が許さない」

 宙を浮いていた朔美の体が、もう一段上に跳ね上がる。

「ぐは……!?」

 初弾で朔美をはねたエルスが、空中でもう一度攻撃したのだ。二度も強烈な打撃を喰らい、血の雨を撒き散らしながら宙を舞う朔美は、全身の骨をギシギシと軋ませながら、さらに空高く飛んで行く。

「や、やめ、てぇ……」

 何とかそれだけ声を出すことができたが、憤怒に任せたエルスの攻撃は止まらない。

 朔美はその時、朦朧としながらも、雲の切れ間からうっすらと伸びた月の光に照らされた、エルスの顔を見た。

 その顔はまるで、鬼神のような形相をしていた。

「い、いや……、嫌ーッ!」

 朔美の絶叫は、地面に叩き落されるまで続いた。

 

 

 

 雨に打たれる感覚が無くなる。

(雨が、やんだのか……、いや……)

 後ろの方ではまだ、雨音が聞こえている。

(誰だ……、私を、どこへ……)

 誰かが腕と足をつかみ、どこかに引きずっていく。晴奈は抵抗しようとするが、体に力が入らない。

(何者だ……)

 自分を運んだ者たちは何も言わず、どこかに去っていく。

(これは……、何が……、……背中、と、腕に、何か、当たっている……)

 ひどく重たいまぶたをこじ開け、辺りを伺う。

(……人? 私の、周りに、人が……)

 背中の感覚と、ひどく狭まった視界で、横になった人間が数名いることを把握する。

(ここは……、馬車か? 運ばれる……? 一体、どこへ……)

 そこでまた、晴奈の意識が遠くなった。

 

 先ほどまで戦場だった門前から、黒い幌を付けた何台もの荷馬車が、静かに動き出す。

 後には誰も、いなくなった。

 

蒼天剣・神算録 終

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