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8.
あの黒い猫獣人に惑わされたと気付いたエルスは、天玄館にいた兵士を半数引き連れて東門へと急いだ。
(何てことだ……! こんな罠に引っかかるなんて!)
だが、時は既に遅かった。
「これは……!?」
覆いのほとんどが割られ、地面に落ちた銃や、箱に収まったままの銃弾はずぶ濡れになっている。門も破られ、その向こうにいるはずの兵士、剣士、さらには教団員までもが、どこにもいない。
「何が、どうなっているんだ? ……みんな、警戒してくれ! まだ敵がいるかも知れない!」
エルスの指示に従い、兵士たちは武器を構えて周囲を見回す。と――。
「あら、大将さん直々にいらっしゃったのね」
「君は……!」
エルスの前に、黒ずくめの猫獣人が現れる。わずかに見えた目には、眼鏡がかけられている。その声もエルスには聞き覚えがあり、すぐに先ほどの「猫」だと見抜く。
「動かないで!」
エルスが構えようとしたところで、「猫」が牽制する。
「下手なことをすれば、彼女がどうなっても知らないわよ」
「彼女……?」
「猫」がパチンと指を鳴らすと、彼女同様黒装束に身を包んだ者が数名現れる。そしてそのうちの一人が、青い髪の少女を抱きかかえている。
「リスト!」「動かないでって言ったでしょう!」
エルスが叫ぶと同時に、エルスの足元に何かが突き立てられる。
「わ、……っとと」
「猫」は両手に長細い、短剣のようなものを何本か持っている。
「苦無(くない)か。随分珍しい武器を使いますね、サクミさん」
「え?」
「猫」が驚いたような声をあげる。その様子を見たエルスの顔に、久々に笑顔が戻る。
「当たり、ですか。紅蓮塞で、色々と調べ物をしたんですよ。その中で見つけた『竹田朔美』と言う人物が、当時20歳そこそこ。多分、シノハラと一緒に出奔したでしょうし、シノハラと同様の服装だ。だから多分、あなたがサクミさんなんだろうなと予想しました」
「随分頭が回るようだけど、今回ばかりは下手を売ったわね、大将さん」
朔美は平静を取り戻し、エルスをあざける。エルスも――ここまで壊滅的な負け方をすると、逆に冷静になれるのか――普段通りの笑顔で応じる。
「エルスです。エルス・グラッドと言います、僕の名前」
「そう。じゃあエルスさん、本題に入りましょうか」
朔美はエルスにしゃなりとした歩調で近付きながら、話を切り出す。
「単刀直入に言うわ。天玄と黄海を明け渡しなさい。それからあなたは、央南から出て行って。それともう一つ、黄晴奈、黄明奈姉妹を我々に引き渡して」
「呑まなければ?」
「ここで死んでもらうわ、みんな」
朔美の言葉と、黒装束たちの威圧感に周りの兵士は皆、ぶるっと震える。だがエルスだけは、ニコニコと笑うだけで動じない。
「そっか。うーん」
「悩むような話じゃないでしょ? この子の命が惜しかったら、言う通りになさい」
「うーん」
「牛歩戦術のつもり? さっさと答えなさい」
「うーん」
「……わたしをバカにしてるの? いい加減にしないと、本当に殺すわよ」
「うーん……、じゃあ、答えはこうだ」
眼前まで迫り、苦無を振り上げた朔美に対し、エルスはウインクした。
次の瞬間、エルスの姿は消えた。
「……!?」
朔美は目の前で消えた相手を探し、辺りを見回す。
「いやー、呑めないもん」
エルスの飄々とした声と共にドゴ、と言う音が響く。
「僕、央南から出たら結構まずいんですよね。央中だと教団に狙われるし、央北はきな臭くて何に巻き込まれるか分かったもんじゃないし」
今度は二連続で、ドゴ、ドゴと音が鳴る。朔美が黒装束たちの方を振り返ると、3人足りないのが確認できた。
「それにセイナもメイナも大事な友人です。友達を売るなんて僕にはできませんよ」
ようやくエルスの姿が現れる。と同時に、リストを抱えている者の隣にいた黒装束が吹き飛び、近くの建物にドゴ、と音を立ててぶつかった。
「テンゲンとコウカイを売るなんて言うのも、論外。僕を信じて兵隊を貸してくれた街を、僕の一存でホイホイ渡したりなんかできませんって。
だから答えは、全面的ノー。でも死にたくも無いし、リストを死なせたくも無い。だからこうして、人払いをさせてもらいました。
さあ、残るは君と、サクミさんだけ。今ならまだ、笑ってすましてもいいですけど。どうされます?」
にっこりと笑いかけたエルスに、朔美は舌打ちする。
「チッ……、予想外だったわ。まさかうちの子たちが、こんなあっさりやられるなんて。……でも、引き下がらないわよ、わたしも」
朔美はくい、とあごをしゃくり、残った黒装束に逃げるよう指示する。黒装束は短くうなずき、エルスに背を向けて走り出した。
「待て!」「こっちのセリフよ!」
ヒュンと音を立て、エルスのすぐ横を苦無が飛んで行く。
「足止めさせてもらうわよ、エルスさん」
「……いい加減にした方がいい」
エルスの笑みが、また消えた。
エルスはくい、と顔を朔美に向ける。
「僕はしばらく、怒ったことが無いんだ。だから、自分の怒った顔がどんなだったか、思い出せない」
「何を言ってるの?」
「サクミさんは、見たいの? 僕の怒った顔を」
エルスは淡々と語りかける。
「……!?」
エルスの目を見た朔美の体全体が、急激に冷える。
普段はヘラヘラと笑っている分細まり、滅多に見ることのできないその開かれた目を見ただけで、朔美は全身にびっしょりと冷や汗をかかされた。
「僕にとってセイナやメイナは友達だけど、リストはもっともっと大事な子なんだ。彼女に手を出す奴は……」
エルスの姿が、また消える。と同時に、背骨と内臓が口から抜けるかと思うほどの強い衝撃と共に、朔美の体が浮き上がった。
「げ……ッ!?」
朔美は血を吐きながら、宙を舞う。
「僕が許さない」
宙を浮いていた朔美の体が、もう一段上に跳ね上がる。
「ぐは……!?」
初弾で朔美をはねたエルスが、空中でもう一度攻撃したのだ。二度も強烈な打撃を喰らい、血の雨を撒き散らしながら宙を舞う朔美は、全身の骨をギシギシと軋ませながら、さらに空高く飛んで行く。
「や、やめ、てぇ……」
何とかそれだけ声を出すことができたが、憤怒に任せたエルスの攻撃は止まらない。
朔美はその時、朦朧としながらも、雲の切れ間からうっすらと伸びた月の光に照らされた、エルスの顔を見た。
その顔はまるで、鬼神のような形相をしていた。
「い、いや……、嫌ーッ!」
朔美の絶叫は、地面に叩き落されるまで続いた。
雨に打たれる感覚が無くなる。
(雨が、やんだのか……、いや……)
後ろの方ではまだ、雨音が聞こえている。
(誰だ……、私を、どこへ……)
誰かが腕と足をつかみ、どこかに引きずっていく。晴奈は抵抗しようとするが、体に力が入らない。
(何者だ……)
自分を運んだ者たちは何も言わず、どこかに去っていく。
(これは……、何が……、……背中、と、腕に、何か、当たっている……)
ひどく重たいまぶたをこじ開け、辺りを伺う。
(……人? 私の、周りに、人が……)
背中の感覚と、ひどく狭まった視界で、横になった人間が数名いることを把握する。
(ここは……、馬車か? 運ばれる……? 一体、どこへ……)
そこでまた、晴奈の意識が遠くなった。
先ほどまで戦場だった門前から、黒い幌を付けた何台もの荷馬車が、静かに動き出す。
後には誰も、いなくなった。
蒼天剣・神算録 終
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