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7.
すでに修羅場となっている門から大分離れた天玄館の司令室で、エルスは指示を送っていた。
「戦況は?」
「今のところ、こちらが押し返しております!」
「焔流の人たちは?」
「黄副指令を先頭として我が軍と共闘し、最前線で防衛に努めております!」
「ふむ。銃器は問題なく作動してる? 備蓄は大丈夫?」
「はい! 現場からは『問題ない』との報告が……、あ」
「ん? どしたの?」
伝令は少し逡巡し、報告を続ける。
「えーと、チェスター隊長から『ジャンジャン弾よこさないと後で蜂の巣にするわよ』と」
「ああ、大丈夫大丈夫。ちゃんと送る。他、東門以外からの敵は?」
「おりません。今のところ、東門からの進軍のみです」
「そっか。じゃあ、東以外三方への警戒はこれまでと同様に行ってくれ。あと、『毒舌銃士』さんのお達し通り銃弾を送るよう、武器保管班に指示を伝えてくれ」
「了解!」
伝令はさっと敬礼し、すぐに立ち去った。エルスは椅子に座り、戦況を反芻する。
(やっぱり、東からの大部隊が本命だった。武器や焔に関しては問題なく使えているし、今のところ防ぎきっている。問題は、無しかな)
状況悪化の要因が無いことを確信し、エルスの緊張がわずかに緩む。
「……のど、渇いたなぁ」
「お茶をお持ちしましょうか?」
エルスのつぶやきを、ちょうど窓を拭いていた給仕が聞きつける。
「うーん、じゃあ、もらおうかな」
「かしこまりました」
給仕はぺこりと頭を下げ、司令室から出ようとした。そこでエルスが先ほどの猫獣人を思い出し、呼び止める。
「あ、そうだ」
「はい?」
「良かったら、……えっと、名前は知らないんだけど、30代半ばくらいで眼鏡をかけた、黒髪の『猫』の女の人がいますよね? その人に淹れてもらいたいんだけど、お願いできるかな?」
エルスの説明に、給仕はけげんな顔をした。
「え、……っと?」
「あ、分かりにくかったかな」
「いえ、その……、眼鏡をかけた、黒髪の、猫獣人の女性、ですか?」
「うん、そうだけど」
「……いたかしら? ちょっと、探してきます」
「え? ええ、お願いします」
給仕は首をかしげながら、部屋を後にした。その後姿を見て、エルスの胸中に窓の外と同様の、重たげな暗雲が立ち込め始めた。
(……何だ? この、嫌な予感は? 何かが引っかかる)
エルスはもう一度、戦況を思い返す。
(僕の予想通りの、東側からの進攻。危惧されていた戦法も、問題なく使用できた。敵は今、十分に撃退できている。この状況で何を悩むんだ、僕は?
うまく行き過ぎて悩むなんて、まるでエドさんみたいな……)
博士のことを思い出し、エルスの笑みが凍りついた。
数年前、かつて二人が北方にいた頃。
「戦場でワシが怖いのはな、エルス」
「エドさん、戦場行かないじゃないですか」
それは指導の合間に交わされた、他愛ない会話だった。
「話の腰を折るな、バカモン。まあ、戦場で怖いのはじゃな、『お膳立てが整いすぎている』ことじゃな」
「はあ……?」
「考えてもみなさい。自分の思い通りにならん敵地の真っ只中で、妙に敵がいない。妙にすんなり進める。妙に目標物に近づける。こんな状況を、怪しいとは思わんか?」
「まあ、そう言われてみると、それは怪しいですね」
エルスの答えに博士は深々とうなずき、こう続けた。
「こんな時は、逆に警戒すべきじゃ。安心しきったところを陥れる、卑劣な罠が張り巡らされとるかも知れん、と」
「はは、そんなことがあったら気を付けることにしますよ」
(よくよく考えたら、思い通りに行き過ぎる。雨対策はともかくとして、西からは敵が来ないで東からだけ来ると思ったら、本当にその通りになった。これ、もっとよく考えてみたらおかしいじゃないか。
『移動方陣』が使えるんだったら、東だけじゃなく、例えば東西南北全面に出入りできるポイントを作って一挙に攻めるような、もっと効果的で圧倒的な戦術だって立てられたはず。なのに何故、一ヶ所からだけ攻めるなんて言う『ぬるい』方法を執ったんだ?
もしかしてこれは、注意と兵、物資を一ヶ所に集めさせて、別方向から攻撃、もしくは固まった兵を一網打尽にする作戦では……!?)
エルスの顔から笑顔が消える。同時に司令室の扉が開き、困った様子の給仕が顔を覗かせた。
「あ、あの。先ほど仰っていた方、やっぱりいらっしゃいませんでした。同僚も、見たことが無いと」
東門の裏でしきりに指示を送っていたリストが、声をからして叫んでいる。
「ホラ、もっと撃つ! もっと弾バラ撒く! ボサッとしてるとアタシが頭、撃ち抜くわよ!」
辺りは硝煙が立ち込め、雨の湿気と相まって、まるで濃霧の中にいるような状態だった。
「そこ、弾幕薄い! 何やって……」
リストはもう一度活を入れようと、怒鳴りかけた。だが、辺りの様子がおかしいことに気付く。
(……妙ね? 銃声が少な過ぎる。サボりにしたって、こんな一斉に……?)
「ちょっと、そこ……」
声をかけようとしたところで、リストは何者かに腕をつかまれ、口を布でふさがれる。
「な!? 何の、つも、り……、よ……」
口に押し当てられた布に何らかの薬が染み込んでいたらしく、リストの意識は急激に薄れていく。
間もなく、門周辺からは一発の銃声も聞こえなくなった。
その異変に、晴奈も気付いた。
「……!? リスト、どうした!? 援護してくれ!」
大声で叫ぶが、リストの声が返ってこない。銃と言う援護を失い、連合軍と焔剣士たちは次第に押され始めた。
「くそ、退却だ! このままでは……」
晴奈が命令しようとしたその時、ドドドド、と低く重たい音があたりに響く。途端に、晴奈の脳はがくんと揺れた。
「……!?」
耳の奥で、低い爆音が幾重にも渡って反響する。
「これ、は……、あの、ま、じゅつ、……?」
晴奈の脳裏に一瞬、4年前英岡で妖狐と戦った時の体験が浮かぶ。だが、次の一瞬で意識が飛び、何が起こったのか把握できないまま、晴奈と焔剣士、連合軍、そして――敵方の教団員たちまでもが、その場に倒れこんだ。
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