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2.
天玄館の屋上に上がったエルスは、空を見上げる。
(空気は確かに乾いているけれど、この風は……)
風は強く、一方向に流れていかない。北風かと思えば、突然南からの突風が来る。
(博士が昔、言っていたような――央南の秋が終わる頃に、ある季節風が吹く。その際、その鍵状の地形が関係して、空気が巨大な渦を巻く。結果、央南の中心部に突然、低気圧が発生し、天候が急変する――と。そして、このテンゲンは央南のまさにど真ん中。
そんな不安定な天候なら、いきなり雨が降ってきてもおかしくない。もし降ってきたら、銃は使えなくなるだろうな。それにセイナも、雨は苦手だと言っていた。焔流に雨は大敵らしいし、それを狙っているのかも知れない)
遠くに見える街の壁を一通り見渡し、考察を続ける。
(東及び、北東からの侵攻。何故、本拠地に近い西から来なかったのだろうか? 壁がもろかったとか? ……ここから見る限りでは、もろそうには見えない。後で確認しておこう。
他に考えられるのは、コウカイからの援軍を恐れての迂回かな? でも、元々はコウカイ侵攻を主目的としていたんだし、それならコウカイを攻めた方が話は早い。アマハラ氏の要請でテンゲンに攻め入ったとしても、こちら側の主力がテンゲンに集結しているこの局面で、わざわざこちらに来るよりも、近くて疲弊しつつあるコウカイを先に攻め落とし、テンゲン周辺を囲んだ方が楽で簡単なのは明らかだ。
じゃあ何故、東から来たんだろう? どうしても東から来なければならない、そんな理由が見当たらない。……あるいは、東から来た方が楽だったのかな? 例えば陽動作戦を狙って、東側に兵力を蓄えていた、とか。まあ、これは考えられなくは無い。西側から本隊、東側から別働隊と言う挟撃の構えはなかなか悪くない。東側から攻めている間に西側からも大量に兵を寄せれば、かなり効果的だ。
もしこれが正解なら、東側の兵力は大分少ないはず。いつものような人海戦術は使えなくなるだろうな。それならそれで、こちらにも十分な勝機はある)
エルスの読みは若干当たっていた。
だが彼自身、彼が「なぜ今、ここにいるのか」。それを忘れていたのだ。
「どうもどうも皆さん」
集まった教団員たちに、壇上にいる天原が会釈をする。
「この度は天玄教化計画への参加、ご苦労様です。
えー、黒鳥宮からの天候予測を先ほど、ワルラス聖下から賜りました。これによれば、一両日中に天候は急変し、半日以上土砂降りが続くとのことです。
先日あなた方の尽力により、彼らは銃だか九だかと言う色モノの武器に、意味無く自信を持っているでしょう。ところがですよ! 我々の調べにより、あの武器は湿気に弱いことが判明しています! そしてあの焔流も、雨の中では火が出せず、威力が大幅に落ちることが分かっています! つ・ま・り、土砂降りの中ふたたび攻め込めば、奴らは自分たちの得意とする武器、剣技、戦術がまったく使えなくなるのです!
もうこんなのは、道端の石を拾いに行くより簡単な作業ですよ! 雨が降り次第、攻め込んじゃってください! ここで勝てば間違いなく、聖下より恩賞が賜られるでしょう! いや、それよりも! この私から直々に、報奨金を振舞ってあげます!」
弁舌の熱気を上げ、やたらと語る天原に対し、教団員たちは一言も発さず直立していた。
「ふー……、何だ、あのアホは? グダグダグダグダ、勝手に熱吹きやがって」
天原は初め、教団員たちを扇動するために文言を並べていた。だが、途中から焔流への侮辱から黄家への中傷に伸び、そこから央南の歴史に言及し、さらに天原家の伝統へと脈絡無く話を続け、最後には自分の魔術理論と、それが教団にどれだけ寄与できるかを一通り話し終えたところでようやく「あー、ちょっと話し込んでしまいましたね。疲れました。じゃ、そう言うことでよろしく」と言って唐突に演説を切り上げ、さっと壇上から姿を消して、自分勝手な「壮行演説」を締めくくった。
「何を言ってたのか、さっぱり分かんねえ」
最前列で演説を聞いていた僧兵長、ウィルバーは天原がいなくなるや、天原に劣らぬ悪口雑言を漏らし始めた。
「あのバカさ加減で、オレより位の高い大司祭とは恐れ入るぜ、まったく。叔父貴、頭に穴でも空いてるんじゃないのか? あんなアホを大司教にするくらいなら、オレがなった方が教団のためになるっての。なあ、みんな」
ウィルバーの問いかけに、周りの教団員たちはぎこちなく首を縦に振る。
「だよなぁ。あんなヤツが指揮を執るとか、ありえねー。あんなのに従ってたら、絶対全滅しちまうよ。
なあ、お前ら。アイツの言うことなんか無視しようぜ? オレたちはオレたちで、現場判断で進もうぜ」
ウィルバーが天原に負けず劣らず愚かなことも教団員たちは知っていたが、確かにウィルバーの言う通り、この作戦において天原は当てになりそうも無い。ウィルバーの提案に皆、素直にうなずいた。
「ヒヒヒ、ウフフフフ……」
さっさと自分の部屋に戻った天原は、一人ほくそ笑んでいる。
「いやぁ、楽しみだなぁ。一時はどうなるかと思ったけど、これでようやく天玄に帰れる。もうこんな隠れ家でコソコソしなくて済むと思うと、フ、フヒヒ……、思わずにやけてしまう」
天原は辺りを見回し、ぱた、と手を叩く。
「お茶をお願いします」
だが、いつまで経っても返事が返ってこない。
「お茶」
もう一度手を叩くが、反応が無い。
「……おっと、そうだ。皆さん出払っていました、そう言えば」
狐耳を撫でつけながら、天原はまた辺りを見回す。
「面倒くさいなぁ。お茶、飲みたいのに」
しばらく椅子にもたれ、もう一度辺りを見回す。
「……仕方ない、自分で淹れるか」
のろのろと立ち上がり、給湯室へと足を進める。
「あー、教団の人にやってもらってもいいかなぁ? せっかく500人も回してもらったんだし。一人くらい手伝いに来てもらってもいい気がするんだけどなぁ」
給湯室に続く廊下を進む途中で、天原は地下倉庫と地上とを結ぶ窓に差しかかる。
「……そもそも500人で、足りるのかなぁ。もうちょっと、呼んだ方がいいかなぁ」
倉庫の窓を開け、中を覗きこむ。
「これがあれば、いくらでも呼べるんだし。もっと増やしてもらっても、いいよねぇ」
倉庫の床には、巨大な魔方陣――黒鳥宮に連結された「移動方陣」が描かれていた。
「ねえ、セイナ」
天玄を囲む壁を一通り確認し終えた後、エルスは晴奈に相談した。
「どうした、エルス」
「ずっと教団が東側から攻めてきた理由を考えていたんだ。で、真っ先に考えたのは壁。もしかしたら東側がもろくなってて、そこから攻め込もうとしてたのかなって」
「ふむ。で、どうだったのだ?」
「壁はかなり頑丈にできてる。どこにもひび割れや、もろくなっていたところは無かった」
「その点は問題なし、か。他に理由として考えられるのは?」
エルスは先ほどの考察を晴奈に伝える。
「恐らく、東側の兵は陽動部隊。本命は恐らく、西から来る」
「何の根拠が?」
「その前に、あることを言っておくよ。多分、明日か明後日には大雨が降る。リストの持ってる銃士隊は使えなくなる。それから焔も」
「何だと?」
晴奈は窓の外に目をやる。
「晴れているではないか」
「今日はね。でも、風がかなり強い。天候が不安定になる前触れだよ」
「むう……。確かに雨が強くなれば、我々には不利に働く」
「そこに付け入る策を図っていると、僕は読んでいるんだ。で、東側から来たと言う事実と照らし合わせて、一番可能性があるのはそれかな、と」
エルスの話を聞き、晴奈は首をかしげる。
「『可能性』、か」
「うん、まだ確実じゃない。もう少し調べてから、結論を出す。とりあえず、現時点での予想は挟み撃ちだ」
ニコニコと笑うエルスに対し、晴奈はまだ納得できないでいる。
「……エルス、以前に」
「うん?」
「お主は『現状把握よりも行動を優先した方が、物事はうまく運ぶ』と言ったな?」
「うん、そうだけど?」
「……あ、いや。何でもない」
「そっか」
晴奈はチラ、と窓の外を見て、部屋を後にした。
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