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6.
(試験、なんだから。
重蔵先生、仰ってなかったけれど、柊さんも、以前に受けているはず、よね? じゃあ、ここに入っている、よね? だったら、鬼が出るって言うのも、襲うって言うのも知っていたはず。それなら身を護るために、防具なり武器なり、装備しているはず――例え歯が立たないとしてもー―でも柊さんは、道着だけ。襲われる可能性があるのに、道着だけ? ……以前は、出てこなかった? 襲われなかった? 二度入ったら、襲われるって言うの?
そんなバカな話、無い――それなら、重蔵先生は何度襲われているか、分からないじゃない。と言うことは、鬼は襲わない。普通は、襲わない?
じゃあ、襲ったのは、何で? ……あれ? 襲った? 物音も、無く? それだと――あれだけドスドス音を立てて、柊さんが気付かないわけが無いじゃない!?
おかしい、考えれば、考えるほど、矛盾が広がっていく)
納得行く説明を求め、迷走していく晴奈の心が、少しずつ静まっていく。
(おかしい、おかしい! 大体、この堂には入口、前にある一つしかない。前から入って来たのなら、すぐ分かるはず。でも足音が聞こえて来たのは、後ろから――前から足音は、一度も聞こえて無かった?
じゃあ、鬼は、突然、現れた? いつ? どうして?)
そこまで考えたところで、晴奈にある閃きが走った。
(殺される、と思ったら柊さんが殺された。
鬼の足音のこと、考えたら鬼が出た。
子鬼かな、と思ったら笑い声。
考えると――現れる?)
それを思い付き、晴奈はもう一度目をつぶり、心を落ち着けて、こう考えた。
(柊さんは死んでない。じっと、座禅を組んでいる)
心の中で強く思い、目を開けて横を見た。
重蔵が戸を閉めた時と同じ姿勢のまま、柊が何事も無かったかのように座っていた。
伏鬼心克堂――その意味は、「鬼が潜む心を、抑える堂」。
雑念によって現れる様々な「鬼」――迷いや不安、猜疑心を、冷静になって消し去ることを学ぶ堂である。
そして焔流の真髄、炎を操るには、冷静沈着な心が不可欠なのだと言うことを、第一に学ぶために、この試験は用意されているのである。
一旦それに気が付くと、不思議なほど晴奈の心は静まり返った。極めて冷静に、心を落ち着けて、時間が過ぎるのを待った。
幸い、時間を潰すのは、非常に簡単であった。どう言う理屈か晴奈には分からなかったが、この堂は念じれば、何でも出てくるのだ。時間が過ぎ去るまでの間、晴奈は妹、明奈のことを思い浮かべることにした。
(明奈。あなたには、感謝してもしきれない)
目の前に明奈が現れ、ニッコリと笑いかけてくる。
(あなたの言葉があったからこそ、私はこうしてここにいる)
明奈は前に座り込み、穏やかに笑っている。
(明奈、……ありがとう)
そうして晴奈はずっと、明奈と声を出さずに語り合っていた。
「はい、そこまでじゃ」
どうやら3時間が過ぎたらしい。入口の戸が開き、重蔵が入ってきた。柊がすっと立ち、深々と頭を下げる。晴奈も慌てて立ち上がり、同じように頭を下げた。
「どうやら、合格のようじゃな。3時間、よく頑張った」
重蔵は笑いながら、晴奈の頭を優しく撫でた。
「あ、ありがとうございます!」
「これで晴さんも、晴れて焔流の門下生じゃ。精進、怠らんようにな。
それから雪さん、よく考えれば君は、入門して16年になるのう。そろそろ、教える側に回っても良かろう。師範に格上げしておくから、さらに精進するように」
「はい!」
柊はとても嬉しそうな顔をして、もう一度頭を下げた。その頭を、重蔵が先ほどと同じように、優しく撫でながらこう言った。
「それでじゃ、晴さんは、君が指南してあげなさい」
「え!?」
「元々君に師事したいと言っておったのじゃし、年老いたわしの下に就いておっては、折角の若い才能も枯れてしまうじゃろう。
しっかり、鍛えてやりなさい」
「……はい。しかと、拝命いたしました」
柊は三度、頭を下げ、晴奈に向き直った。
「改めて、よろしくね、晴奈ちゃん。……ううん、晴奈」
「はい! よろしく、お願いいたします!」
晴奈ももう一度、深々と頭を下げた。
こうして黄晴奈は焔流に入門し、師匠・柊雪乃の下で修行を積むことになった。
これが後の剣聖、「蒼天剣」セイナ・コウの原点である。ここから彼女の、波乱万丈の人生が始まっていくが、それはまた、別の機会に述べさせていただこう。
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