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1.
晴奈が黒荘から紅蓮塞に戻って、数週間が過ぎた時のこと。
晴奈は書庫の中で、いきなり告白された。
「好きなんです」
「は?」
晴奈はぽかんとしてしまう。目の前にいる、顔を真っ赤にした良太を見て、後ろを振り返り、もう一度前を向き、猫耳を掌でポンポンと叩いて問い直す。
「すまない、良太。もう一度、言ってくれないか?」
「ですから、あの、好きなんです」
「……良太」
晴奈は脱力しそうになるのをこらえて、良太の肩に手を置く。
「落ち着こう。うん、まあ、落ち着け」
「えっと、あの」
良太は手を振り、ゆっくりと説明する。
「晴奈姉さんが、好きってことじゃないです。いえ、好きなんですけど、そう言う意味じゃなくて」
「だから、落ち着け」
「えーと、えー、ともかく。姉さんのことは普通に好きです。あの、恋愛とかじゃなくて、本当の姉さんって感じで」
「ああ、まあ。それなら、いいんだ」
ほっとする晴奈を見て、良太も安心した顔をする。
「ええ、まあ、それでですね。その、……が好きなんです」
安堵のため息が、のどの途中で引っかかる。
「……もう一度、言ってくれ」
「先生が、その……」
晴奈はもう一度、良太の肩に手を置いた。
「先生って、……聞くが。それは、私の師匠のことか?」
「……はい」
良太が答えた瞬間、晴奈は良太を書庫の奥まで押し込んだ。
「待て待て待て待て! 待て、良太!」
「は、はい」
晴奈は良太の肩に手をおいたまま、深呼吸をする。
「もう一度、聞くぞ」
「はい」
「お前が、好きだと、言っているのは、誰だって?」
良太は顔を真っ赤にしたまま、もう一度答えた。
「あの、……柊先生です」
「はぁー……」
晴奈はそれ以上立っていられなくなり、良太の前にへたり込んだ。
(こいつ、よりによって自分の師匠を好きになるか……!? 何を考えているんだ、まったく?)
「あ、その、えーと」
「うーむ……。そんなことを、聞かされてもなぁ……」
晴奈は平静を装って立ち上がるが、内心、かなり動揺していた。良太は軽く咳払いをし、話を続けようとする。
「こ、コホン。それで、ですね、あの」
「何だ? 他に何を言う気だ?」
「えーと、その、ちょっと、聞きたいんですが」
「……何を?」
良太はまた、顔を赤くして尋ねてくる。
「先生の、好きなものって何でしょうか?」
「はあ?」
普段、自分が話すこととあまりにも違う部類の話題に、晴奈は頭を抱えてうなる。
「むう……。好きって、師匠の、好きなものか。うーむ、そうだなぁ……」
懸命に考えてはみるが、混乱した頭では答えが出てこない。
「あの、例えば、食べ物とか」
良太が具体的に質問してくれたので、何とか答えが浮かんでくる。
「んー、そうだなぁ。キノコなどの山菜は、好んで食べていたな。後、肉料理はあまり、食べないとか。あ、でも鳥料理は好きだと言っていた」
「ふむふむ」
良太は懐紙を取り出し、晴奈の言ったことを書き連ねている。
「じゃあ、えーと、趣味は、何でしょう?」
「趣味、か。んー、小物を集めるのが好きだと聞いた」
「じゃ、じゃあ、そのー。どう言う男性が好きか、って、分かります?」
「はあ? んー……、そう言えば昔、聞いた覚えがあるな」
晴奈は椅子に腰掛け、記憶を探る。
「ああ、そうだ。確か強くて正直で、優しい者を好きになったことがある、と言っていた」
「す、好きになった、人……、ですか」
良太の顔が、一瞬にして曇る。晴奈は慌てて訂正する。
「あ、いやいや、その人物はすでに、塞を離れている。今、師匠が想っている者は、多分、恐らく、いないと、思うぞ」
「そ、そうですか!」
また、良太の顔が明るくなる。そのまま良太は、ぺこりと頭を下げて書庫から出て行った。
「ありがとうございました! また相談、乗ってくださいね!」
残された晴奈は、良太の浮かれっぷりに、呆気に取られていた。
「そんなこと聞かされても、どうしろと……」
書庫に残った晴奈は頭を抱えながら、良太の話を反芻していた。
(実際、どうなのだろう?)
晴奈は先ほど挙げた師匠の好みと、良太を比較してみた。
(良太は確かに優しい子だ。隠しごとはしているが、正直者と言えば正直者だ。後は強さだが、……これは残念、と言うべきか。
しかし良太と、師匠か……)
恋愛経験の無い晴奈がいくら考えても、予想も予測も、一向に立たない。
(……ピンと来ないにも、ほどがある。私自身が、色恋に興味ないからなぁ)
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