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2.
双月暦513年の早春、晴奈は20歳、良太は17歳になっていた。
入門したての頃はひ弱で、すぐにばてていた良太だったが、柊師弟の指導のおかげで、今では年相応に筋肉もつき、他の門下生と見劣りしないまでに成長していた。
「うん。強くなったな、良太」
良太に稽古をつけていた晴奈は、一段落したところで良太をほめた。良太は嬉しそうにぺこりと頭を下げる。
「はい、ありがとうございます」
「これなら教団が攻めて来ても十分護りにつける、……かも知れないな」
晴奈の言葉に、良太はきょとんとした顔をする。
「教団が、攻めて来る?」
「あ、そうか。良太はまだ、知らないか」
よく考えてみれば15の時に来襲されて以来、ずっと教団からの音沙汰は無いのである。晴奈は良太に教団が数年に一度、紅蓮塞に攻め込んでくることを説明した。
「へぇー。怪しい集団とは聞いていましたが、そんなことまでしているんですか」
「まあ、もしかしたらそろそろ、来るかも知れないな。以前襲ってきた時から、もう何年も経っているし」
「へぇ……」
そこで良太が黙った。会話が不自然に途切れ、晴奈は良太の目を見る。何かを考え込むような目つきで、宙をじっと見つめているのが見えた。
「良太?」
「証明に、なりますかね?」
「え?」
唐突に、良太が質問してくる。
「何の証明だ?」
「えっと、もしも、僕がその防衛戦で活躍できたら、僕の強さの、証明になりますか?」
「……?」
唐突な言葉が続き、晴奈は首をかしげる。
「良太。もっと、落ち着いて説明……」
言いかけて、晴奈は既視感を覚えた。
(……? 前にも、こんなことを良太に言ったな、そう言えば?)
「あ、えっとですね」
良太は深呼吸し、ゆっくりと説明した。
「ほら、その、以前に、柊先生は強い男を好まれると、姉さんが言っていたじゃないですか。でも、僕はあまり、強くないですから。姉さんに稽古をつけてもらって、それなりに力はついたとは思うんですが、それを実証する機会が、あんまり無くって」
「ああ……」
晴奈はようやく、以前良太が柊のことを好きだと告白していたことを思い出した。
「そうか、なるほど。もし教団が来て、追い返すことができれば、強いことの証明になる、と」
「はい、そう思うんですが、どうでしょうか?」
晴奈は深くため息をつき、良太の額を指で弾いた。
「あいたっ!?」
「寝言は寝て言え、馬鹿者」
「ダメ、ですかね?」
「物事の履き違え、はなはだしいことこの上ない。強さとは、そんなものではない」
「は、はあ……?」
良太は一瞬きょとんとし、すぐに腕を組んで晴奈の言葉の意味を考え始めた。
「強さ……。強い証明……」
「……モール殿がいればなぁ。あの方なら、納得の行く説明をしてくれそうなんだが」
晴奈は一人悩む良太を置いて、修行場を後にした。
稽古でかいた汗を流すため、晴奈は浴場を訪れた。
「そろそろ、他の者も来るかな」
蛇足になるが勿論、ここは女湯である。男ばかりの場所とは言え、紅蓮塞にも女は少なくない。焔流剣術は剣の腕だけではなく魔力も必要になるため、平均的に男より魔力が高いと言われる女の割合が、他の剣術一派よりも多い。
それにもう一つ、各地から修行に来る者も多いからだ。紅蓮塞は宿場としての機能も備えているため、混浴では何かと都合が悪いのだ。
「先客は、……いるようだな」
湯煙の中を一瞥すると、うっすら人の影が1つ、湯船に見えた。
「お邪魔します」
「ん? あれ、晴奈ちゃんじゃないの」
「え? その声は……」
先客はここに何度か足を運んでいる旅客、橘だった。
「来ていらしたのですか」
「ええ。やっぱココのお風呂、冬には最高だし。ま、今年はちょーっと遅くなっちゃったんだけどね」
そう言って橘は、楽しそうに笑う。晴奈は体を洗いながら、橘と世間話に興じた。
「今回の目的は、湯治ですか」
「うん、そんなとこ。いいわよねー、ココ。温泉沸いてるし」
「山の中ですからね」
「ホント、隠れた名湯よ。で、今日も修行だったの?」
「ええ、勿論。……横、失礼します」
体を洗い終わった晴奈は湯船に入り、橘の横に座る。
「……ふー。やはり、風呂は気持ちがいい」
「ホントねぇ。あー、これでお酒があったらいいのになぁ」
「橘殿は、呑む方ですか?」
「うん、大好き。こーゆートコで熱燗を、きゅーっとやるのが、いいのよねぇ」
橘はくい、とお猪口で呑む真似をする。そのしぐさがあまりに堂に入っていたので、晴奈は思わず吹き出した。
「ぷ、はは……。なるほど、それは美味しそうだ」
「晴奈ちゃんも、お酒呑めるの? って言うか、そっか、もう大人よね」
そこで橘は晴奈の体を、チラ、と見る。胸の辺りで視線を止め、もう一度同じことを言った。
「……大人よね?」「失敬な」
晴奈も負けじと、橘を見返すが――。
「……完敗だ」「ふっふっふ、参ったか」
晴奈は猫耳を垂らし、そっぽを向いた。
「そう言えば、橘殿」
しばらくそっぽを向いていた晴奈はふと思い立ち、橘に質問してみた。
「ん?」
「その、色恋の話は、得意でしょうか?」
橘の長耳が、嬉しそうにピクピク跳ねる。
「え? なになに? 晴奈ちゃん、恋してるの?」
「あ、いや。私の、弟弟子の話です」
「弟弟子とデキちゃった?」
「なっ、違います! そうではなくっ!」
晴奈は水面でパチャパチャと手を振り、否定する。
「弟弟子から、色恋の相談を受けたのです!」
「あーら、なーんだ残念。んで、どんな話?」
晴奈は少し前に、良太が柊に対して恋をしていることと、彼が強くなりたいと願っていることを説明した。
「ふーん、雪乃をねぇ。まあ、あの子もキレイだもんね」
「私は、どうするべきなのでしょう」
「ん?」
きょとんとする橘に、晴奈は困った顔で心境を話す。
「もしも、師匠と良太が結ばれたりすれば、私は二人にどう、接すればいいのか。祝福すべきなのか、それとも修行中の身でありながら師匠をたぶらかすとは、と怒るべきなのか」
「んー」
橘は一瞬、チラ、と浴場の入口を見る。
「まあ、それはさ。それはそれで、アリじゃないの? 結ばれたってコトは、二人とも幸せってコトなんだし。アンタに人の幸せ、邪魔する権利も無いわけだしね」
「まあ、それは、確かに」
「それにさ、聞いてるとその良太って子、戦いには向いてる気、しないんだよね。もしそんな関係になって、剣の道から外れるなんてコトがもしあったとしても、その子にとってはそっちの方が、結果的にはいいんじゃないかな」
「……ふ、む」
その言葉に晴奈も、納得させられるところがあった。
以前、良太を鍛え直した際に、良太の口から親の仇を取りたい、と発せられたことがある。それを聞いた時、晴奈はとても心苦しかったのだ。
「仇を討ちたい」と言うのは心優しい良太には似つかわしくない、呪われた感情だったからである。
「まあ、もしそんなコトになったらさ」
「はい」
橘は親指を立て、ニッコリ笑った。
「アンタの師匠と弟くんのお祝いゴトなんだし、思いっきり祝福してあげなさいよ」
「……そうですね」
晴奈も微笑み返し、親指を立てた。
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