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4.
「くそ……!」
晴奈は真っ二つに折れた刀を見下ろし、悪態をつく。ウィルバーが立て続けに放った棍が、晴奈の刀を折ってしまったのだ。仕方なく脇差を抜くが、こちらは長さも切れ味も、刀より大分劣る。
劣勢に立たされ、晴奈からポタポタと冷や汗が流れ始めていた。
「どうやらオレの勝ちらしいな。どうする? 今なら介錯してやらなくも無いぜ? 姉の無残な屍など、妹に見せたいもんでもないだろ?」
「フン、勝負はまだ付いてはいない!」
晴奈は懸命に脇差を振り回すが、三節棍の長さには到底太刀打ちできない。加えて大柄なウィルバーの手足の長さは、長身の晴奈でも大分、分が悪い。攻撃はウィルバーに余裕でかわされ、かわしざまにひらりひらりと棍が飛んでくる。その一撃、一撃が、晴奈をじわじわと弱らせていく。
「くッ……!」
晴奈は活路を見出そうと必死で棍をかわし、ウィルバーの隙をうかがっていた。
「それッ!」
余裕綽々のウィルバーは、晴奈の脇差目がけて突きを繰り出し、わざと防がせる。
「ぬ……」
また折られてはかなわないと、晴奈は若干後ろに下がりつつ、棍を受ける。後ろに引いたため打撃は弱まり、棍の先端がするりと下に落ちる。
「ハハ、これでオレの勝ちだ!」「……!」
ウィルバーは自分が握っていた棍と、真ん中の棍をつなぐ鎖に指をかける。そこが支点となり、三節棍全体が回転する。鎖を指で吊ったまま、ウィルバーは腕をぐるりと回した。指にかかった棍に勢いが付き、晴奈に向かって飛んでいく。
一瞬のうちに、防いだはずの棍が晴奈に戻っていく様子を目にしながらも、後ろに引いた直後の晴奈には、それを防ぐ余裕が無い。
(これは、あの時と……!)
晴奈の脳裏に、7年前ウィルバーに負けた時の記憶が蘇る。恐らく飛んでくる棍は晴奈の顔に当たり、7年前と同じように額を割ることになる。だが――。
(倒れてなるものか! 二度も同じ辱めを受けて、倒れてしまうわけには行かぬ!)
晴奈は歯を食いしばり、棍を凝視した。
ところが、ここで信じられないことが――少なくとも、三節棍の達人であるウィルバーにとっては、まずありえないと断言するようなことが――起きた。
宙を飛び、晴奈に向かっていた三節棍が、突然上に跳ね上がったのだ。
「……は?」
ウィルバーの鋭い目が、真ん丸になる。晴奈も驚き、言葉を失う。続いて棍は、もう一度空中で跳ねる。ウィルバーはまだ驚いたままだ。晴奈は棍から目を離し、驚いているウィルバーを睨む。
また、棍が跳ねる。ここでようやく、ウィルバーは晴奈が睨んでいることと、向かってきていること、そして――今、自分は武器を持たぬ、まったくの無防備であることに気付いた。
「しまっ……!」
慌てて晴奈の脇差を避けようとしたが、もう遅い。
「ぐ……、ッ」
急所を外すのが精一杯であり、脇差が左肩に食い込んで血が噴き出す。晴奈は脇差から手を離し、のけぞったウィルバーの腹を蹴って、そのまま転倒させた。
そしてくるくると宙を飛んでいた棍が、ウィルバーの顔に落ちていく。ボキ、と言う鈍い音が晴奈の耳に届いた。
「……うう」「おお、気が付かれましたか、僧兵長!」
ウィルバーは動く馬車の中で目を覚ました。起きようとしたところで、腹と肩、そして顔全体に痛みを感じ、思わずえずく。
「う、げ」
「あ、あ、安静になさってください」
横にいる従者は、すまなそうな顔をしている。顔に包帯が巻かれたその様子は、垂れた兎耳と相まって、とても情けなく映る。
「ろうなっら……、ああん?」
ウィルバーはしゃべろうとしたところで、自分の発音がおかしいことに気付く。
「あ、まはか」
口を触ってみると、前歯の感触が無い。どうやら三節棍が当たった時、折れてしまったらしい。
「くほ……、なはけねえ」
「そ、それで、その、ですね」
従者は泣きそうな顔で報告する。
「あの、僧兵長のですね、その、御身がですね、危ういと、その、感じましてですね、はい、あの、これはまずいなと、そう、そんな風に、あの、思いましてですね、……その、撤退、を、ですね、はい、いたしまして、はい」
「……てめえ」
ウィルバーは体中の痛みも忘れ、従者の兎耳を力任せに引っ張った。
「あ、痛い、痛いです、お止めください、僧兵長、痛い、痛い!」
「らから、気ほ付けろっへ言っはんら、オレは! この、大マヌケめ!」
「かたじけない、リスト」
「へっへーん」
リストがまた、銃をクルクル回して見せびらかしている。リストがウィルバーの三節棍を狙撃していたのだ。
「ま、とっさにとは言え、うまく行って良かったわ。メイナのおかげね」
「いえ、そんな……」
リストたちと晴奈たちの距離は、30メートルほどあった。そのためウィルバーがリストたちに気付くことは無かったのだが、拳銃の射程距離はせいぜい10メートル程度。それ以上は物理的には弾が届いても、実際の命中率としては著しく低い。いかにリストが銃の達人と言えど、普通は当たらない距離であった。
が、ここで明奈が術を使って、リストの身体能力を一時的に上昇させたのだ。おかげでリストの有効射程距離は大きく伸び、晴奈を支援することができた……、と言うわけである。
ウィルバーが倒されたことが陣内に伝わり、教団は大急ぎで撤退を始めた。その騒ぎに巻き込まれたため、残念ながらウィルバーにとどめを刺すことはできなかったが、所期の目的である黄海防衛は達せられた。
教団の姿が見えなくなったところでリストは銃を収め、晴明姉妹に笑いかける。
「さ、戻ろっか、セイナ、メイナ」
「ええ、そうしましょう」
「そうだな。エルスもきっと、待ちかねている」
その後、数回にわたって教団は人員を増やし、黄海の制圧を試みた。黄海側も焔流などと連携し、これと応戦。これが2年半に渡って続き、央南西部・中部を騒がせた、央南抗黒戦争の始まりである。
そしてそれは同時に、戦略家「大徳」エルス・グラッドと、剣豪「蒼天剣」黄晴奈、この二人の伝説の、始まりでもあった。
蒼天剣・因縁録 終
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