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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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蒼天剣・因縁録 4

晴奈の話、89話目。
黄海防衛戦、ひとまず終息。
 
 
 

4.
「くそ……!」

 晴奈は真っ二つに折れた刀を見下ろし、悪態をつく。ウィルバーが立て続けに放った棍が、晴奈の刀を折ってしまったのだ。仕方なく脇差を抜くが、こちらは長さも切れ味も、刀より大分劣る。

 劣勢に立たされ、晴奈からポタポタと冷や汗が流れ始めていた。

「どうやらオレの勝ちらしいな。どうする? 今なら介錯してやらなくも無いぜ? 姉の無残な屍など、妹に見せたいもんでもないだろ?」

「フン、勝負はまだ付いてはいない!」

 晴奈は懸命に脇差を振り回すが、三節棍の長さには到底太刀打ちできない。加えて大柄なウィルバーの手足の長さは、長身の晴奈でも大分、分が悪い。攻撃はウィルバーに余裕でかわされ、かわしざまにひらりひらりと棍が飛んでくる。その一撃、一撃が、晴奈をじわじわと弱らせていく。

「くッ……!」

 晴奈は活路を見出そうと必死で棍をかわし、ウィルバーの隙をうかがっていた。

「それッ!」

 余裕綽々のウィルバーは、晴奈の脇差目がけて突きを繰り出し、わざと防がせる。

「ぬ……」

 また折られてはかなわないと、晴奈は若干後ろに下がりつつ、棍を受ける。後ろに引いたため打撃は弱まり、棍の先端がするりと下に落ちる。

「ハハ、これでオレの勝ちだ!」「……!」

 ウィルバーは自分が握っていた棍と、真ん中の棍をつなぐ鎖に指をかける。そこが支点となり、三節棍全体が回転する。鎖を指で吊ったまま、ウィルバーは腕をぐるりと回した。指にかかった棍に勢いが付き、晴奈に向かって飛んでいく。

 一瞬のうちに、防いだはずの棍が晴奈に戻っていく様子を目にしながらも、後ろに引いた直後の晴奈には、それを防ぐ余裕が無い。

(これは、あの時と……!)

 晴奈の脳裏に、7年前ウィルバーに負けた時の記憶が蘇る。恐らく飛んでくる棍は晴奈の顔に当たり、7年前と同じように額を割ることになる。だが――。

(倒れてなるものか! 二度も同じ辱めを受けて、倒れてしまうわけには行かぬ!)

 晴奈は歯を食いしばり、棍を凝視した。

 

 ところが、ここで信じられないことが――少なくとも、三節棍の達人であるウィルバーにとっては、まずありえないと断言するようなことが――起きた。

 宙を飛び、晴奈に向かっていた三節棍が、突然上に跳ね上がったのだ。

「……は?」

 ウィルバーの鋭い目が、真ん丸になる。晴奈も驚き、言葉を失う。続いて棍は、もう一度空中で跳ねる。ウィルバーはまだ驚いたままだ。晴奈は棍から目を離し、驚いているウィルバーを睨む。

 また、棍が跳ねる。ここでようやく、ウィルバーは晴奈が睨んでいることと、向かってきていること、そして――今、自分は武器を持たぬ、まったくの無防備であることに気付いた。

「しまっ……!」

 慌てて晴奈の脇差を避けようとしたが、もう遅い。

「ぐ……、ッ」

 急所を外すのが精一杯であり、脇差が左肩に食い込んで血が噴き出す。晴奈は脇差から手を離し、のけぞったウィルバーの腹を蹴って、そのまま転倒させた。

 そしてくるくると宙を飛んでいた棍が、ウィルバーの顔に落ちていく。ボキ、と言う鈍い音が晴奈の耳に届いた。

 

 

 

「……うう」「おお、気が付かれましたか、僧兵長!」

 ウィルバーは動く馬車の中で目を覚ました。起きようとしたところで、腹と肩、そして顔全体に痛みを感じ、思わずえずく。

「う、げ」

「あ、あ、安静になさってください」

 横にいる従者は、すまなそうな顔をしている。顔に包帯が巻かれたその様子は、垂れた兎耳と相まって、とても情けなく映る。

「ろうなっら……、ああん?」

 ウィルバーはしゃべろうとしたところで、自分の発音がおかしいことに気付く。

「あ、まはか」

 口を触ってみると、前歯の感触が無い。どうやら三節棍が当たった時、折れてしまったらしい。

「くほ……、なはけねえ」

「そ、それで、その、ですね」

 従者は泣きそうな顔で報告する。

「あの、僧兵長のですね、その、御身がですね、危ういと、その、感じましてですね、はい、あの、これはまずいなと、そう、そんな風に、あの、思いましてですね、……その、撤退、を、ですね、はい、いたしまして、はい」

「……てめえ」

 ウィルバーは体中の痛みも忘れ、従者の兎耳を力任せに引っ張った。

「あ、痛い、痛いです、お止めください、僧兵長、痛い、痛い!」

「らから、気ほ付けろっへ言っはんら、オレは! この、大マヌケめ!」

 

「かたじけない、リスト」

「へっへーん」

 リストがまた、銃をクルクル回して見せびらかしている。リストがウィルバーの三節棍を狙撃していたのだ。

「ま、とっさにとは言え、うまく行って良かったわ。メイナのおかげね」

「いえ、そんな……」

 リストたちと晴奈たちの距離は、30メートルほどあった。そのためウィルバーがリストたちに気付くことは無かったのだが、拳銃の射程距離はせいぜい10メートル程度。それ以上は物理的には弾が届いても、実際の命中率としては著しく低い。いかにリストが銃の達人と言えど、普通は当たらない距離であった。

 が、ここで明奈が術を使って、リストの身体能力を一時的に上昇させたのだ。おかげでリストの有効射程距離は大きく伸び、晴奈を支援することができた……、と言うわけである。

 ウィルバーが倒されたことが陣内に伝わり、教団は大急ぎで撤退を始めた。その騒ぎに巻き込まれたため、残念ながらウィルバーにとどめを刺すことはできなかったが、所期の目的である黄海防衛は達せられた。

 教団の姿が見えなくなったところでリストは銃を収め、晴明姉妹に笑いかける。

「さ、戻ろっか、セイナ、メイナ」

「ええ、そうしましょう」

「そうだな。エルスもきっと、待ちかねている」

 

 

 

 その後、数回にわたって教団は人員を増やし、黄海の制圧を試みた。黄海側も焔流などと連携し、これと応戦。これが2年半に渡って続き、央南西部・中部を騒がせた、央南抗黒戦争の始まりである。

 そしてそれは同時に、戦略家「大徳」エルス・グラッドと、剣豪「蒼天剣」黄晴奈、この二人の伝説の、始まりでもあった。

 

蒼天剣・因縁録 終

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