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4.
さらに時間は経ち、夕闇が迫り始めた頃。
「うーん」
また、エルスがうなっていた。見かねた晴奈が、背後から尋ねる。
「どうした?」
「腑に落ちないんだよねぇ」
「挟み撃ち、と言う予想がか?」
「そうなんだよ。確かに推測の域を出ない、って言うことも不安なんだけど、それよりも距離的に問題のある作戦なんだよね」
迷いがちに話すエルスに、晴奈も同意する。
「それは私も感じていた。いくら有効な策とは言え、教団にとってはあまりに本拠地から遠いからな」
「そうなんだよ。彼らの本拠地、黒鳥宮からここまでは、どんなに軽装でも一ヶ月近くはかかる。兵站(へいたん)――補給路や退路、通信網――の問題を考えると、いくらなんでも遠すぎる。だから、悩んでいるんだ。何のために東から、って言う最初の問題から離れられないんだ。もうあまり、時間が無いのに……」
「まあ、焦るな。まだ雨は降っていないし、日も暮れていない。まだまだ時間はあるのだし、結論を急ぐこともあるまい」
「まあ、それもそうなんだけどね。……職業病かなぁ」
エルスは恥ずかしそうに頭をかきながら笑う。
「職業病?」
「元々、諜報員だったからねぇ。敵陣の真っ只中に忍び込む仕事だから、どうしても急いで考える癖が付いちゃうんだよ。即判断、即行動でないと、敵に囲まれて袋叩きに遭っちゃう可能性もある」
「なるほど、それで『理解より行動』か」
「そう言うこと」
「と言うわけです」
「なるほど。それは確かに、スパイらしいと言えばらしいですね」
少し時間は戻り、天原とウィルバーの会話に戻る。
「この作戦の本領は、相手に疑念を抱かせることにあります。わざと戸惑うような情報を与え、混乱させるわけです。『本当にこんな作戦を執るのか?』と疑心暗鬼にさせる、これが重要なんですよ。
さらにですよ、混乱しているところに情報を与えます。これで相手は、我々の意図を見抜く」
「見抜いちゃまずいじゃないですか」
驚くウィルバーに対し、天原は人差し指を振る。
「チッチッチ……、そこなんですよ。そこがこの作戦の、本当に効果的なところなんです。
例えば僧兵長、あなたが道を歩いていて、その前方に落とし穴があったとしましょう。あなたは直前でそれを見つけた。どうしますか?」
「そりゃ、避けますよ」
「そうでしょう? しかし避けた……、いや、避けさせたところにもう一つ、落とし穴があれば?」
「……!」
ウィルバーは作戦の真意に気付き、息を呑んだ。
「相手は急いで判断する性質の人間ですから、こう言う罠には楽しくなるくらい引っかかりますよ。『何故ここに、こんな分かりやすい落とし穴があるのか?』と言う疑念を抱く前に、避けてくれるんですからね、ヒヒヒ……」
ウィルバーは無言のまま、茶をすする。
(なるほど……。確かにこりゃ、すげー作戦だ。少なくともオレなら、簡単に引っかかるだろうな。
学者崩れと、甘く見てたな。まあ、多少は叔父貴の入れ知恵もあるだろうが)
ウィルバーは天原の狡猾さに、素直に感心した。
地図を眺めてうなるエルスを放って、晴奈は天玄館を散策していた。
(……むう)
窓の外はどんよりと曇り、今にも雨が降ると言いたげに、雲がゴロゴロと鳴っている。
(まずいな、これは。今降られれば、我々はかなり不利になる)
晴奈の心にも、不安な黒い雲が覆い始めていた。
(ああ、心配だ。もしここで攻め込まれれば、我々の剣技はその本領を発揮できぬ。リストの銃も使い物にならなくなる。敵もなかなか、侮れぬ)
不安でたまらなくなり、晴奈はまたエルスのところに戻った。
「うーん」
まだ、エルスはうなり続けている。
「エルス、お主の言う通りだった。外はいつ、雨が降ってもおかしくない具合になっている」
「そっか。嫌な予想が当たっちゃったな、はは……」
いつも笑い顔ですましているエルスも、今回ばかりは力なく笑っている。
「悩んでいる一番の理由は、対策が講じられないことなんだ。こちらの不利は、天気の問題だから仕方が無い。でもその分、何が起こるか把握できているから補助の計画も立てやすい。それについては、もう準備を整えるようリストに言ってあるんだ」
「そうか。それなら多少は、安心できるな」
「だけど問題は、敵の出方。どう言う攻め方をするのか、いまだに確信が持てない。さっきは『挟み撃ちだろう』なんて言ったけれど、もしこれがハズレだったら、大変なことになる」
「むう……」
エルスは自信なさげに、もう一つの可能性を語る。
「あとは、本当に東から来ているのが主力部隊か、って言うことも、考えられるんだけどね。これも昨日言った通り、地形的な理由で不可解な面がある。この謎がどうにか解ければ、対策も講じられるんだけどねぇ」
「……まあ、少しは気分転換でもしたらどうだ? これ以上一人で煮詰まっても、解決案も出せまい」
「ま、そりゃそうだ。……お茶でも飲みに行こうか」
エルスは肩をポキポキと鳴らし、伸びをした。
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