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4.
次の日、エルスは良太を伴ってまた書庫に篭っていた。
「今度は、シノハラの情報集めだ。どんな人だったのか、それから目的は何か、今はどこにいるのか……、を調べていこう」
「昨日、おじい様から伺いませんでしたっけ?」
きょとんとする良太に、エルスは「んー……」と低くうなり、ゆっくりと説明した。
「まあ、もう少し前後関係なり、周辺なりを洗い出しておこうかなってね。まあ、普段ならあんまり、こんなことしないんだけど。
対峙した時、ちょこっと嫌なものを感じたんだ。何て言うか、んー……、負の塊、と言ったらいいのかな、異常な暗さを見たんだ」
「暗さ?」
「まともな状況判断ができないって感じがする。言い換えれば、自分で判断することを放棄しているんだ。
シノハラと会った時、僕は彼に『アマハラは無事逃げたんだから、戦う意味は無い。だからこのまま帰ってくれないか』と交渉してみた。結果は、×。命令最優先と言う態度で攻撃してきた。この場合さっさと引いた方が話は早いし、後々もし戦うことになった場合、手の内をさらけ出して不利になることも無いのにね。もっとも、僕らにすぐ勝てると考えての行動かもしれないけど」
「そんなものですか」
「ああ、そんなもんだよ。で、この手の人間に一般論は通用しないし、説得はまず無理。かと言って非常に強かったから、真正面から戦うのも骨が折れる。だから弱点か、弱点となりそうなものを探そうと思ってね」
「なるほど……」
エルスの見解を聞き、良太も納得したようだ。席を立ち、昨日と同じように何冊かの本を持ってきてくれた。
「そうですね、ここ20年以内に在籍していた焔流剣士の名鑑と、免許皆伝を得たあと外に道場を持った人たちからの言葉をまとめた箴言集。それから……」
良太は古びた本を、ためらいがちに差し出す。
「奥に封印してあった、塞に残されていった日記です。人の日記を見せるのは、あまり気が乗りませんが……」
日記の表紙には、「篠原龍明」と書かれている。エルスは目を丸くし、笑顔を作ってそれを受け取った。
「これはすごい掘り出し物だ。ありがとう、リョータ君」
「あ、はい……。あの、あんまり公言は」
「勿論しないよ。大丈夫、大丈夫」
エルスは小さく頭を下げながら席に座り、日記を開いた。
「501年 2月26日
家元と話す。いつもながら含蓄のあるお言葉に、ただただ感銘するばかりだ。自分もあのような、本物の剣士になりたいものだ。
501年 3月5日
楢崎、藤川と稽古をする。藤川は間もなく免許皆伝の試験を受けると言う。内容が内容だけに口を出すことはできないが、せめて無心に打ち込ませることで、焦りを抑えさせてやろう。
501年 3月7日
藤川が試験に落第した。ひどく落ち込んでいたが、仕方ない。気を取り直し、もう一度挑んで欲しい」
「……普通の、日記ですね?」
横で見ていた良太が、ぼそっと感想を漏らす。
「……うーん」
だがエルスは、それに答えず続きを読む。
「501年 3月12日
楢崎も近いうち、試験を受けることになりそうだ。先に免許皆伝を得た身であるし、力量も自分の方が上だから、明日は試験にふさわしいか見てやることにしよう。
501年 3月15日
藤川が怒っている。何でも、自分は傲慢だと言うのだ。内省してみたが、自分は傲慢と言われる筋合いが無い。自分の力量は寸分無く把握しているつもりだ。藤川は試験の失敗で少し、疲れているのだろう。年長者の自分に向かってあんな言を吐くとは、前後不覚もはなはだしい。
501年 3月19日
家元から訓告を受けた。内容は先日藤川が自分に向けて言い放ったのと同義。愕然とした。家元は自分のことを、寸分も理解してくれていなかったようだ。と言うよりも、家元の頭は藤川と同格だったらしい。なるほど、自分を理解してくれない、いや、できないわけだ。
501年 3月22日
家元に対して抱いた感想を風呂の折、楢崎に伝えた。楢崎は困った顔でそのような考えは不遜では無いだろうか、もう少し落ち着いた方がいいと答えてきた。彼も藤川並みだったようだ。
501年 3月27日
若い門下生の稽古に付き合った。女ながら筋が良い。休憩中に細々とした話をする。自分を慕ってくれているらしく、久々に心が澄んだ。
501年 4月2日
またあの門下生に出会い、稽古をつけた。「猫」だからだろうか、恐ろしく俊敏で鋭い太刀捌きを見せる。名前を聞いてみたところ、竹田朔美と名乗った。さくみ……、珍しい名前だ。また休憩中に話をする。つい、休憩時間を大幅に超えてしまった。なかなか面白い考えをする娘だった」
「これは恋の話、ですかねぇ? ……なんちゃって」
横でまた、良太が口を挟む。
「はは、面白いね。……でも、もっと面白いことがずっと書かれていたこと、気付いてるかな?」
「え?」
エルスの言葉を受け、良太はもう一度読み返す。何度読んでもその真意が分からないので、良太は尋ねてみた。
「……何でしょうか?」
「偉そうだと思わなかった?」
「ああ、まあ、それは少し」
「だろう? 僕には、彼の人物像がありありと浮かんできた。
自分では真面目で堅い、みんなから目標とされる人物だと思っているようだけど、実際はひどく頑固で、他人を常に自分より下に見ている。さらに幻想を抱きやすく、思い込みが多い。そしてその幻想が現実と食い違う場合、ひどい拒否反応、否定的感情を抱く。
他人の意見を受け入れず、自分の思い込みで行動する。そして他人に否定されると、例え相手がつい先ほどまで尊敬していた人物であろうと、強い拒絶感を抱く」
「はあ……」
エルスは首をコキコキと鳴らしつつ、話を続ける。
「でもね。こう言う人も心のどこかでやっぱり、『人に良く見られたい』と感じている。自分が正しいのは疑わないけれど、それが人に受け入れられないと、ひどく不安になる」
「ああ、それは感じました。3月下旬の日記は少し、情緒不安定って感じでしたよね」
「うん。で、ここからが少し、怖いところだ。
このまま誰からも相手にされず、孤立したらきっと、『自分が悪かったのかも知れない』と寂しがる。そこでようやく、本当に内省しただろう。結局のところ、人間は他人がいないと安心できない生き物だから、他人とある程度はすり合わせないと生きていけない。
でも彼は、その傲慢な考えを理解し、応援してくれる人に出会ってしまった……、と言うわけだねぇ」
「501年 4月7日
朔美は本当に自分を分かってくれている。出会ってまだ一月も経っていないと言うのに、自分は彼女に心酔してしまっている。これではいけない。剣の腕が鈍ってしまう。気を引き締めなければ。朔美とは会わない方がいいだろう」
ここまで読んだところで、エルスはクスクスと笑い出した。
「ああ、これはもうダメなパターンに入っちゃった。もしもこのサクミさんと言う女性が、頭が良く、洞察力に長け、さらに野心を持っていたら、この時点でもう、シノハラは陥落したも同然だね。
会って話しこまれたら、一発で堕ちる」
「501年 4月8日
嗚呼! この馬鹿めが! 朔美と、会って、……嗚呼!
(501年 4月9~12日まで、何も書かれていない)
501年 4月13日
自分は何とくだらぬことで惑うていたものか。朔美がいてくれるのだ。彼女が付いていてくれるならば、自分にできぬことなど何も無い。
501年 4月15日
朔美と計画を練った。やはり、あのじじいを消さねばならぬだろう。
501年 4月17日
朔美があの計画に賛同する門下生たちを集めてきてくれた。何と頼もしいことか。是が非でもあのじじいを殺し、この紅蓮塞を乗っ取らねば」
「……この1ヵ月後に、シノハラの謀反か。
ワルラス卿とアマハラの野心、そしてシノハラとサクミさんの邂逅、焔流の内紛――これは、ひどく複雑な話だったんだねぇ」
日記を閉じ、エルスはしばらく空を見上げ、考え込む。
(……しかし。あと一つ、いや二つか、謎が残る。アマハラとシノハラが出会った理由ときっかけ、それから現在、シノハラがアマハラのところに身を置くその理由。
ああ、もう一つあった。彼の弱点……。まあ、これは)
「ヒントは、得たかな」
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