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伏見稲荷、迷うあたしたち、夜
京都で狐と言えば、何が思い浮かぶだろうか?
相国寺の宗旦狐? 聖護院の森の御辰狐?
いやいや、もっと名の通ったものがある。全国の稲荷神社の総本宮、伏見稲荷大社だ。
「広いなぁ」
藤森さんがうなっている。あたしも目の前の案内板を見て、同じことを言う。
「広いですねぇ」
「この先が、あのCMに出てくる千本鳥居だな」
「CMって、何のですか?」
あたしが尋ねると、藤森さんは少し意外そうな顔をした。
「え、ほら、あれだよ。観光案内だか何だかのCMで、着物を着たお姉さんが千本鳥居の真ん中に立ってる……」「千本、鳥居?」
言葉の意味がわからず、あたしはさらに聞き返す。藤森さんは少し、がっかりしたような顔をした。
「そっか、桃山ちゃんの世代だと、あのCM知らないんだな。
ん、まあ――千本鳥居って言うのは、その名の通り鳥居が立ち並んでる道なんだよ。山道全体に、まるでトンネルみたいに立ち並んでることから、その名前が付けられたんだ。で、昔のCMで、そこが使われてたんだよ」
「へぇ~……、え? 山、道?」
あたしは嫌な予感がした。いや、ここに来る前から――事前に調べていた段階から、嫌な予感はしていたのだ。まさか、登るんですか、山道を?
「ああ、伏見稲荷は稲荷山全体が神社になってる。隅々まで調べたいんだけど――姫子ちゃん、登るのはきついかな?」
その言い方が、子ども扱いされているように思えて――あたしはつい、「大丈夫です! こんなん、平気ですよ!」と言ってしまった。
こんなん、平気ちゃうよぉ。
「ハァ、ハァ……」
「大丈夫、姫子ちゃん?」
「だ、大丈夫、です」
やってしまった。小柄で幼児体型なせいで、昔から子供扱いが嫌いだった。……いい加減、直さへんとアカンな、この性格。
「そう、それならこのまま進むけど」
待って。空気読んで、藤森さん。あたし平気言うてるけど、ホンマは平気ちゃうんですよぉ。
「は、はぁい」
ああ、あたしアホやぁ。何がはぁい、やねん。止めてぇ、藤森さん。
「ここを登っていくことを、参詣する人たちは『お山する』って言うらしい。いかにも京都らしい表現だよな、はは」
何笑てんですか、藤森さぁん。あたし、死にそうになってるんですよぉ。
まずい。ホンマに死にそうになってる。
「あれ?」
「ここ、さっきも」
「ああ。おかしいな……」
たっぷり時間をかけて、山全体を回ったのがまずかったらしい。すでに辺りは夕闇に染まり、昼に回った時とは様子が違っている。さっきからずっと、あたしたちは同じところをグルグル回っていた。
「あ、あの、藤森さん」
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、まだ夕方だし。それに、いざとなったら携帯も……、あ」
圏外だ――山の中なんだから、アンテナなんかあるわけ無い。
「ま、まあ大丈夫だよ。ほら、お店もあちこちにあっただろ? そこら辺で聞けば……」
藤森さんはあたしの手を引いて、お店のある方角へと進んだ。
「あれ? ウソだろ、もう閉店?」
店は――閉まっていた。時刻は、まだ18時だと言うのに。
19時になった。あれからずっと、あたしたちはウロウロと歩き回っている。
「……大丈夫、ですか?」
「う、うん」
「ホンマに、大丈夫ですか?」
「……うん」
「ホンマ?」
「……」
辺りはすでに真っ暗だった。暗くなった山は、あちこちから怪しげな物音がする。バサバサ、キーキーと鳥が立てる音。ガサガサと、獣が這い回る音。ザワザワと、木々が風になびく音。
怖い。夜の山がこんなに、怖いものだとは思わなかった。
「ど、どうするんですか、藤森さん」
「大丈夫、だって。何とか、するよ」
「何とかするって、どうするんですか」
「……」
藤森さんは答えない。疲れと怯えからイライラしていたあたしは、キッと藤森さんをにらみつけようとした。だが――。
「……!?」
藤森さんの、姿が無い。
「ふ、藤森さん? どこ?」
あたしはキョロキョロと辺りを伺ったが、藤森さんの姿が――消えた。
怖い。道に迷い、さらに辺りは不気味な――怯えるあたしには、何もかもがそう映る――物音や闇が、満ち満ちている。しかもさっきまで一緒にいた人が、どこにもいない。
「藤森さぁん……、藤森さぁん、どこー?」
何度も呼びかけるが、返事は返ってこない。どうしようもなくなり、あたしはその場に座り込んだ。
「藤森さん、どこ行ったんやろ」
あまりに怖いので、辺りを伺うことができない。あたしはただじっと、カバンを握りしめていた。気を紛らわせないかと、携帯を――いまだ圏外だったが――いじりながら、あたしはただ、じっとしていた。
と、アンテナが1本だけだが、立った。それと同時に、メールが入ってきた。いつもは楽しい着信音が、やけに怖い――ホンマに、怯えてると実感した。藤森さんからかと一瞬期待したが、メールはただの広告だった。アンテナはすぐ消え、また圏外になる。
「……藤森さんのアホぉ」
あたしは心細くなり、膝の間に顔をうずめて縮こまった。
「おーい」「ひあ!?」
遠くから、声をかけられた。あたしはビックリして、妙な声を出してしまった。
「何か、音が聞こえたんで――どないしました、こんなところで?」
声をかけてきたのは、眼鏡をかけた、緑色の袴姿のおじさんだった。どうやら、神社の人らしい。
「そ、その、帰る道が分からへんなって」
「へぇ? それやったら、あっちの……、ああ、暗なって分かりにくいやろうなぁ。私も下、降りるので良かったら付いてきてくだ「あ、あの。あたしの先輩、も一緒に来てたんですが、いなくなっちゃったんです」え? そら、ちょっと危ないかもしれへんな。夜道やし、どこかに落ちたんかもしれへん。探して、みましょか」
神社の方――胸に付いていた名札には「太丸」と書かれていた――は懐中電灯を手に、あちこちを照らした。
「ん? あっ」
山道の下を照らした太丸さんは、何かを見つけたらしく、下へ続く道を駆け下りていった。
「あ……」
「藤森さん!」
あたしも太丸さんの後を付いていき、下で倒れていた藤森さんを見つけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だよ。……アホで、悪かったな」
うわぁ、聞かれてた。ごめんなさい、藤森さん。
「いてて……」
「あきませんよ、こんな夜に山道歩いてたら」
太丸さんは藤森さんに肩を貸しながら、あたしたちに説教をしていた。
「すみません、ホンマ」
「前にも、同じような子がいましてな、グルグル同じところ回って、挙句に『化かされた』言いましたんや。
ホンマにもう、うちを狐の総本山みたいな風に思てる人多いんですわ」
その言葉に、あたしと藤森さんは顔を見合わせ、バツの悪そうな顔をした。
「大体ね、百歩譲ってうちがそうやとしてもね、何で人に悪さするのかと。神社ですよ、神社。罰当たりなことでもせえへん限り、悪さなんてせえへんて」
「そ、そうです、よね」
太丸さんはドンドン加熱してくる。
「というかね、そもそも『化かされる』とか『祟られる』なんてのはね、人が悪いことするからですわ。こっちが変なことせえへんかったら、そんなんされるワケ、無いんですよ」
「は、はあ」
「まったくもう、あの子もきつ……、あ、コホン。まあね、こっちが変なことしなかったら、化かされたりしませんよ。気をしっかり持ってはったら、落っこちたりしません」
「お手数、かけます」
藤森さんが、しゅんとした表情で謝っていた。
きつ……、何?
何とか下山したあたしと藤森さんは、太丸さんにお礼を言って、タクシーを呼んでもらった。しかし――。
「藤森さん、ちょっと待ってて」
「え?」
あたしはすぐ、社務所に行って太丸さんのところに戻った。
「あれ? さっきの「ちょっと、すみません。聞きたいこと、あるんですけど」え?」
太丸さんはけげんな表情を浮かべている。あたしは恐る恐る、尋ねてみた。
「前に迷った子、って――」
迷子、円、その店 に続く
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