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因縁、電話、夢
京都から神奈川へ戻ってからの、2週間。
あたしの母とその一家は、最悪の、一歩手前の状態になった。
修学旅行から帰るなり、母が倒れたことを、父から伝えられた。
原因は、不明。ストレス性の胃炎と診断されたが、詳しいことは分からないそうだ。倒れてからすぐに、起き上がれなくなるほど症状が悪化し、今も病院で、検査と治療を受けている。
次に、母の実家から泣きつかれた。
母方の父――祖父は小さな会社を経営しているのだが、不渡りを出してしまったらしい。その額は聞いてはいないが、電話を受けた父がへたり込み、「すみませんが妻が倒れて物入りなので、これで失礼しますっ」とまくしたて、電話を叩きつけるように切っていたので、とんでもない金額であることは察せられた。
その、次に。
母の妹さん――路子叔母さんが、母と同じように倒れたそうだ。こちらはまだ、比較的症状が軽く、あたしは一度だけ、話をすることができた。
その時の話が、これである。
「うう、ああ……」
胃の辺りを押さえ、路子さんは病院のベッドでうめいている。母と同じ病院に収容されたので、あたしと父は彼女を見舞っていた。
「大丈夫、叔母さん?」
「うう、痛い」
「大丈夫じゃ無さそうだよ、葛葉。そっとしておきなさい」
父が静かにあたしを諭し、その場を離れようとした。その時、路子さんが息も切れ切れに、ボソボソと話し始めた。
「き、つね」
「え?」
「きつねが、かみついてくる」
狐。あたしも、父も、狐にはある、恐ろしいイメージを抱いている。二人同時にビクッと震え、路子さんに向き直った。
「すみません、路子さん。狐が、何ですって?」
父が震える声で、そっと尋ねる。
「夢の中で、狐がわたしに噛み付くの。尻尾を怒らせて、ガリガリ噛み付いてくるのよ。そして噛み付きながら、こう言うの。
『本家がいない今、儂が畏れるものは無い。10年余縛られた恨み、お前とその姉をもって晴らしてくれる』って」
意味が分からず、父もあたしも顔を見合わせて黙り込む。路子さんはさらに続ける。
「噛まれながら横を見ると、姉さんが同じように、狐に噛まれてるのが見えた。私の様子を見た狐は、噛みながら笑ってこう言ったわ。
『お前の父親は愚かだ。吊りあわない願いをするから、こうなるのだ』――助けて、お義兄さん、葛葉ちゃん」
そう言うなり、路子さんは気を失った。たちまちお医者さんが駆けつけ、面会謝絶――それ以上のことは、何も聞き出せなかった。
叔母の話は不気味で、不可解なものだったが、どうやら祖父が何か、関係しているらしかった。とは言え、今祖父のところに行けば、資金繰りのゴタゴタに巻き込まれる。父もあたしも、祖父に話を聞かないように約束しあった。
家に戻り、父とあたしは黙って夕食を食べていた。母は料理が得意なのだが、父はそうではない。母の味に断然劣るコンビニの弁当を、もしゃもしゃとのどに押し込んでいた。
「……名刺、見せてくれ」
不意に、父が口を開いた。
「名刺? あの、『たまきや』のやつ?」
「うん。狐、って言ってただろ、叔母さん。同じ狐なら、あの人に聞けば、何か分かるかもしれない」
「……でも、大丈夫かな」
あたしは狐に化けた、深草さんの真剣な顔を思い出し、ぶるっと身震いする。
――これは、冗談でもお茶目でも、ましてや夢でもありまへんのんや。お父さんとお母さんに、すごい危険なことが迫っとるんです。どうか、忘れへんようにお願いします――
だけど。思えば、あの時の深草さんは、とても心配そうにしていた。本気で、あたしと両親を心配してくれた目つきだった。
同じ「狐」でも、母や路子さんに噛み付いた奴とは違う――そんな気がした。父も多分、そう思っていたに違いない。きっと16年前も、深草さんは父の身を案じて、あんな顔をしていたのかもしれない。
「はい、『たまきや』です」
名刺に書いてあった電話番号にかけると、普通につながった。受話器の向こうから、深草さんの声が聞こえてきた。
「あの、こんばんは。橋本です」
「はし、もと……、ああ、はいはい、こないだの。……何か、ありましたか?」
あたしは父に電話を変わり、事情を説明してもらった。
「ええ、そうなんです。扇子が折れた途端です。……はい、何だか虫に食われたような。……え? ……はい、見てみます」
父は受話器に手を当て、あたしに声をかけた。
「葛葉、お父さんたちの部屋にある、白いタンスの左上に白木の箱が2つ入ってる。それ、持ってきてくれ」
「はーい」
持って来た箱を手に取った父は、ふたたび受話器を耳に当てる。
「はい、持って来ました。……はい、分かりました」
受話器を耳に当てたまま、父は箱を開ける。そこには虫に食われた扇子があった。
いや、虫に食われている、と言うよりも、これは――もっと大きな、中型犬くらいの獣に噛み千切られたように見える。よく見ると、ところどころに金色の毛が付いている。父もそれに気付いたのだろう――声色がより、怯えたものに変わった。
「はい、そうです、はい。……はい、付いてます。……ええ、はい。……え、はあ。……いや、仕事があるので、……葛葉ですか? あの子も学校が、……いや、それは、そうなんですが」
父はまたあたしに顔を向け、すまなさそうに尋ねた。
「葛葉、学校、ちょっと休めるか?」
「え?」
「深草さん、僕か葛葉に、京都に来てほしいって。4~5日くらいかかるらしいんだけど、大丈夫か?」
どうやら、深草さんはこの「事件」を解決できるようだ。あたしも、この異常事態を早く解決して、母の美味しいご飯が食べたい。そして、祖父の電話に気兼ね無く出られるようになりたかった。
行ける、と答えた。
次の日、すぐに京都行きの新幹線に乗り、あたしは一人、京都に向かった。新幹線の中で、あたしは箱の入ったカバンを抱え、懸命に祈っていた。
どうか、母と叔母の病気が良くなりますように。
どうか、祖父の会社が持ち直しますように。
どうか、あたしには、災いが降りかかりませんように。
でも、「狐」の脅威は、あたしにも迫っているらしい。座席でうとうとしていた時、ほんの一瞬、恐ろしい夢を見てしまった。
座席に座るあたしの足元に、しゅっと金色の帯が走った。そしてどこからか、おどろおどろしい声が響いてきたのだ。
「次はお前だ。七代、祟ってやるから覚悟しておれ。
その扇子、いつまでもお前を護れると思うなよ?」
カバンに入れた箱の中から、ミシミシと、扇子がきしむ音で、目が覚めた。
因縁、電話、夢 終
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