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京都駅、名刺、写真
緑色のバスから降りたあたしたちは、旅行のしおりを握りしめながら、鏡張りのケバい建物――京都駅ビルの前の、バス乗り場で雑談していた。
「ふつーだったね、銀閣寺」「うん、ふつー」「銀色じゃないじゃん」「ふつー閣寺だよね」「あはは、マジうける、それ」
あたしたちは市内観光で行った銀閣寺が、何の変哲も無い普通のお寺だったことにがっかりし――後で先生から、「お前ら、帰ったら日本史の追試させるぞ!」とバカにされた――次にどこへ行くか、相談していた。
「五重塔は?」「ダメ、入場料高い」「じゃあ清水寺」「坂きついらしいよ、アタシはやだ」「じゃ、祇園は?」「あ、いいね! 舞妓さんいるかもー」「行こう行こう!」「近くに繁華街あるらしいから、お土産も買っちゃおーよ!」
話が観光よりも、お土産の話で盛り上がりかけたその時。
「お土産やったら『たまきや』がえーよー」
突然、後ろから声をかけられた。振り向くと、あたしたちと同い年くらいの、オレンジ色の和服を着た、吊り目気味の女の子が立っていた。
「たまき、や?」
「そう、『たまきや』。可愛いもの、揃えてんでー」
「……ふーん」
あたしたちは全員、警戒していた。いきなり輪に割って入る子に、そうそう気は許せない。でもその子は、あたしたちの様子などお構い無しに話を続ける。
「あ、コレ住所書いてあるし。はい、はい、はいっと」
女の子はあたしたち全員に、ポンポンと小さな紙を渡す。その店の、案内用の名刺のようだ。でも――。
「あ、あの? コレ全部住所違くない?」「え? あ、ホントだ。アタシの『伏見区桃山……』って書いてあるのに、葛葉のは『西京区嵐山……』だって」「あ、アタシのも違う。『東山区祇園……』――ちょっと、アンタこれなに……」
あたしたちが質問しようとした時、すでに女の子の姿は無かった。
「よろず雑貨 たまきや
店主:深草 環 電話:075―XXX―XXXX
営業日:火曜~土曜(日、月、祝 休み)」
結局、あたしたちの班5人に渡された名刺は、どれも住所が違っていた。イタズラかな、とも思ったが、里香からこんな推測が出た。
「ほら、支店じゃね? 有名で大きい店なら、1号店、2号店ってあるじゃん。きっとこの『たまきや』とかって、京都では割と大きい店なんじゃん?」
「おー」「なるほどねー」「さすがぁ」
里香の意見にあたしたちは納得し、そのお店に興味を持った。とりあえず、名刺に書かれた住所を頼りに、あたしたちはそのお店を探した――お店の一つはどうやら駅ビルの下、地下街にあるらしいので、あたしたちは地下街の案内所で地図をもらって、店の名前をさがしてみた。でも――。
「ねー、地図には『たまきや』なんて書いてないよー?」「マジ?」「マジマジ、ほら」「ホントだ、どこにも書いてないじゃん」「じゃコレ、やっぱイタズラ?」「マジで?」
あたしたちは全員、名刺と地下街の地図に目を落としてマジマジ言い合っていた。と、ここであたしがあることに気付いた。
「あれ? この名刺――よく見たら、『営業時間:14時から20時まで』って書いてある。今、13時50分だよね」「ん? あ、ホントだ。書いてある」「マジで?」「うん、マジ」
「でもさー、地図に無いじゃん。地図に無かったら……」
相談しているうちに、時間がドンドン過ぎていき――14時を過ぎた。
結局、名刺はイタズラだろうと言う結論になり、あたしたちはバス乗り場に戻ることにした。
「あーあ、なんなのアイツ」「ありえなくね?」「マジありえねー」
あたしたちは全員、ブツブツ文句を言いながら地下街を歩いていく。横のお店はそれなりに活気があり、華やかだが、その時のあたしたちには怒りをぶつける対象でしかない。
「へー、京都にもスタバあるんだ。全然観光地じゃなくね?」「無い無い、マジありえない」「なにこれ、でかいパフェ! うけるんですけどー」「こんなもん頼む奴いなくね?」「無い無い」「あ、たまきや」「マジうけ………………え? マジで?」「ほら」「あ」「マジ」
並ぶお店の中に、あたしたちは探していたお店を見つけた。マジマジ言っていたあたしたちは、マジで言葉を失った。
「え? だって地図に無いじゃん」「でもほら、看板」「うん」「入る?」「……入ろっか」
あたしたちは恐る恐る、店に入る。店の奥から、薄い紫色の着物に、和風なエプロンっぽいものを付けた、結構美人なおばさんが出てきた。この人が、深草さん?
「いらっしゃいませ――あら、修学旅行の方?」
「あ、はい。あの、コレもらって」
「んー? ……あらもう、あの子はー」
深草さんは名刺を見てため息をつく。なんだか、恥ずかしそうに笑っている。
「あのー」「ああ、すんまへんなぁ。ご迷惑と違いましたか?」「いえ、あたしたち、お土産買おうって言ってたんでー」
それを聞いた深草さんの顔に、途端にニッコリとした顔が浮かぶ――営業スマイルだろうか。
「あらあらあらあら、どーもどーも。さ、見てっておくれやす」
「きつねー」「きつねー」「こんこーん」「それうけるー」
里香たちが狐耳付きのヘアバンドを付けて遊んでいる。この店はなぜか、狐をモデルにした商品ばかり置いてある。あたしも狐のストラップを手に取り、鼻先に持っていって眺める。
「あらっ?」
深草さんが、あたしの後ろで驚いたような声を上げた。振り返ると深草さんは、青い顔をしている。
「お客さん、ちょっと聞いてもええかな?」
「なん……、ですか?」
「お客さんのー、うーん――お母さんくらいかなぁ――うちのお店に、来たことあらへん?」
「へ?」
妙な質問に、あたしはただ首をかしげることしかできない。
「んー、15、6年くらい前かな。うちで扇子買わはったお客さんの、恋人さんが――今の、根付眺めとったお客さんと、そっくりなんですわ」
「は、あ……」
「ちょっと、こっち来てくれへんかな?」
深草さんはあたしの手をつかみ、奥へと誘う。あたしは特に断る理由が無かったので、そのまま付いていった。
店の奥へ連れてこられたあたしの前に、深草さんはある包みを差し出した。
「これ、その時のお客さんが忘れていかはったもんなんですけどね」
包みを開くと、そこには写真があった。随分前に撮られたものらしく、若干色あせている。写真に写った、その顔は――。
「あ……!」
「知って、はるんですね?」
「若いけど、その――うちの、母です」
「やっぱり、そうでしたかー」
深草さんはしみじみとうなずき、写真をあたしに手渡した。その顔には、さらに不安げな影が増している。
「――ずっと気になっとったんですわ。
さっき扇子渡した言いましたけど、その扇子、実は魔除け用なんです。お客さんたちに変な空気漂っとりましたし、忘れていかはったこの写真見て、すごい不安になりましたんや。ほら、これ」
私に手渡した写真の中から、深草さんは一枚引き、あたしに見せた。
「ひ」
あたしは思わず、悲鳴を漏らしてしまった。見せられた写真は――真っ黒だ。母さんと、父さんの2ショットらしいが、首から上が塗りつぶされたように黒くなっている。
「あ、えーとお客さん、名前聞いてもええかな?」
「橋本です。橋本葛葉って言います」
「葛葉さん、家に戻ったらすぐ、お父さんに扇子のことを聞いてください。それから、電話もお願いします」
「は、はい――ひ」
また、悲鳴が漏れる。深草さんに、狐耳と尻尾が生えている。
「これは、冗談でもお茶目でも、ましてや夢でもありまへんのんや。お父さんとお母さんに、すごい危険なことが迫っとるんです。どうか、忘れへんようにお願いします」
忘れられない、絶対に。
このありえなさ――狐の耳と尻尾が生えた人間など、どうして忘れられるだろう?
「あ、葛葉からだ。もしもし? いま、修学旅行中だろ? なんで僕に電話……?
え? 京都? ああ、昔行ったよ、母さんと一緒に。せ、扇子? 何でそれ知ってるんだ、葛葉? ……ッ! き、狐、の? そ、そう……、か。お前も、あの店に。
扇子は、まだ持ってるよ。うん、ちゃんとしまって――あ、ああっ!? い、いや、食われてる。虫に食われてしまってるんだ!
嫌な、予感がする。とても、悪い予感が……」
京都駅、名刺、写真 終
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