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五条坂、コイン、コイン
「ゲホ、ゲホッ」「大丈夫ですか、藤森さん」
電話の向こうで藤森さんが苦しそうに咳をしている。季節の変わり目のせいか、風邪を引いてしまったらしい。
「悪い、大丈夫じゃない。悪いけど、ゲホ、今日の聞き込み、姫子ちゃんだけで言ってきてくれないか、ゲホッ」
「え、ええ!? あたし、一人で?」
「大丈夫だって、ゲホ。メールで話、通しといたからさ。ゲホ、頼む、ダル過ぎて動けないんだよ……」
とにかく藤森さんについては、後で様子を見に行くことにして、あたしは今日話を聞きに行く大学に向かった。レンガ造りの校舎を進み、先生のいる研究室の前に立つ。
「失礼します。本日約束していた桃山です」
トン、トンとノックすると、奥から「どうぞ」と声が返ってきた。恐る恐る中に入ると、先生の方からニッコリと微笑んで会釈してくれた。
「こんにちは、善広と申します。さ、こっちに座って」
いかにも優しそうな名前で、性格もそれに違わずおおらかな人だった。先生は終始にこやかに応対してくれたので、最初はすごく緊張していたあたしも、和やかな気分で話を聞くことができた。
私、あちこち行ってまして。ええ、京都だけやなく、あちこち。研究のため――だけやなくて、趣味も入ってますが、はは。まあ、でも。今日お話することが、旅行した中で、一番印象に残っとりますね。
あれは、えーと、10年前になるんかな。今と同じくらいの時期で、紅葉が綺麗な年でした。折角なので清水寺の紅葉を見に行ってたんです。
話は変わるんですが、私旅先で色々、集めてるんですよ。ほら、これもその時買ったものなんですけどね、可愛いでしょ、これ。あと、外国に行った時にも色々とね。その中にね、あのー、コインがあったんですが、これが、何と言うか――家に置いとくとなぜか消える。いつの間にか財布に入ってる。ひどい時にはスーツに食い込んでる。「逃げる」んですよ。
清水寺の紅葉を堪能して、帰り道の――五条坂を降りてたんですが、バス代を用意しておこうかと思って財布を開いたら、そのコインが財布から落ちてしもて。
「あっ、おい! 止まれっ」
急な坂道ですから、コインが転がる転がる。私、慌てて追いかけましてね。そしたら前の方に、女の方がいてはりまして。
「きゃあっ!」「お、おわ! す、すみません」
坂道で、ブレーキが効かず――その方にぶつかってしまいました。
「なにしはるんですか、もうっ!」「す、すみません、失礼します!」
頭をしきりに下げながら、コインを追いかけようとしたんですが、そうこうしてる間にコインはどこか行ってしもててね。
「あ、あー……」
辺りを見回しても、全然見当たらない。ああ、これはもう見つからへんなと諦めかけた時に――。
「あの、もしかしてこれ、お探しですか?」「え? あっ! はい、それです!」
先ほどぶつかった方が、そのコインを拾ってくれてました。ただ――。
「あ、左手、大丈夫ですか?」
右手でコインを差し出しながら、少し痛そうな顔で左手を隠されていたので、気になって尋ねてみたらやっぱり、ケガしてはりました。
「ちょっと、すりむいてしまいまして」
「ああ、すみません……。あ、私絆創膏持ってますよ」
「あ、いえ、大丈夫ですから」
「いやいや、私のせいでケガさせてしもたんで」
「いえ、ホンマに」
「いやいやいや」
申し訳ないな思って、手当てしようと半分無理矢理に、左手をぐいっと引っ張ったら――。
「え?」
「あっ、困ります」
左手が、その、フサフサとして、指が短くて、掌に肉球が――狐みたいな、手になってました。
「あ、あの」
「……そ、その。……ちょっと、うち近いんで」
女の方はそそくさとコインを渡して、その方が経営してるって言うお店に私、引っ張っていかれました。
お店の中に入るなり、その方両手を合わせて――片方人間、片方狐の手で――謝ってきはりました。
「すみません、うち気が動転してまして、その、驚かせましてすみません」
「いえ、あ、大丈夫ですか、手?」
「ああ、はい。こんなんは、こうして……」
そう言ってその方、右手で狐の手をすっとなでると――人間の手になって、擦り傷も綺麗に治ってました。
「お……?」
「うち、神通力ありますのんや。っと、わざわざお連れしてしまいまして」
「ああ、いえ。急ぐ用事もありませんから」
ようやく場の空気が和んできたので、店の中を見回してみたんです。ざっと見回したら、まあ、狐だらけでしたね。狐の人形やら、狐の絵が描かれた扇子やら、どこを見ても狐だらけ。「狐」がやってはるお店やから、ですかね。
「狐、ばっかりですね」
「ええ、うちは狐に重点を置いてやらさせていただいてますから」
なんとも変わった経営方針でしたね。
少しばかり、じっくり見させてもらうことにしたんです。そうしてるうちに、展示棚の中に、気になるものを見つけたんです。
「あ、これ!」
「ああ、前に外国の方、行ったことがありましてな。向こうの工芸品、勉強させてもらおう思いまして。その時に、向こうで買いましたんや。お客さん、知ってはるんですか?」
そこにあったのは、ずっと昔外国に行った時、一度だけ見たコイン――あ、逃げるコインとはまた、違うやつです――で、狐が銃を持っている「狐狩り」の絵が圧されたものでした。
「ええ、私も以前、見たことがあります。残念ながら、その時は売り切れで、見本しかなかったんですが」
「そうでしたか……、それは、残念でしたなあ」
「うーん……」
見ているうちに、どうしてもほしくなってきてしもて。
「あの、良かったらこれ、売っていただけませんか?」
「え……、うーん、売り物のつもりやないんですけどねぇ」
「そうですか……」
「まあ、でも――何かと、交換でしたら」
私はコインと吊り合うものが無いかと思って、ポケットやらサイドポーチやら探ってみたら、さっき言うてた逃げるコインが出てきまして。
「あ、それじゃ、コインにはコイン、ということでこれはどうでしょうか? まあ、そのー、厄介なコインなんですけどね」
「厄介な、コイン?」
逃げる、って言うことを説明してみると、その方面白そうにコロコロと笑わはりました。
「面白い子やねぇ、そのコイン。……ええでしょ、それと交換と言うことで」
「それで、いま私の手元にこれがあるんです」
「へぇ~」
あたしはそのコインを手に取り、まじまじと見つめていた。と、そこで先生が尋ねてきた。
「ところで、メールには『狐のおばさん(深草さん)について知りたい』と書いてはりましたけど、狐調べるんでしたら、もうあそこには行かはりましたか?」
「あそこ?」
先生はあれ? という顔をされ、話を続けた。
「ほら、あそこ。京都で狐言うたら、あそこが有名でしょ。ほら、この近所にある……」
そこでようやく、あたしはその場所を思い出した。
そう。京都で狐と言えば、あそこだ。京都の、伏見稲荷大社。
五条坂、コイン、コイン 終
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