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6.
某所。
「ふー」
央中風の大きな椅子にもたれた天原はため息をつき、虚空に声をかけた。
「篠原くんは、戻りましたか?」
《いえ、まだ戻っておりません》
「そうですか。意外に、てこずっているのかな。
はー……、猫女に追い掛け回されてのどが渇きました。飲み物を持ってきてください」
少し間を置き、部屋の戸を開けて黒ずくめの少女が現れる。
「失礼します、殿」
「ありがとう、藤川くん」
「いえ……」
飲み物を用意した黒ずくめ、藤川は小さく頭を下げ、部屋を出ようとした。
「あ、ついでに」
「はい、何でしょうか」
「天玄館の執務室に行き、棚の後ろにある魔方陣を消してきてもらえますか? 聖下が万一あちらに現れたら、大変なことになるでしょうから」
「かしこまりました」
藤川はもう一度頭を下げ、部屋を出た。
「あ、お頭……」
「今、戻った」
扉の向こうで、藤川と篠原の話し声がする。すぐに篠原が戸口から顔を出す。
「殿、ただいま戻りました」
「ご苦労様でした、篠原くん。あの猫女は、片付けてくれましたか?」
篠原は首を振り、窪んだ目をさらに落ち窪ませる。
「恐れながら……。邪魔が入り、退却いたした次第です」
「ほーぉ」
篠原の報告を聞いた途端、天原の顔が不満げに歪む。
「じゃあ何ですか、篠原くんともあろう者が何もできず、戻ってきたと?」
「面目ございません」
天原はしばらく篠原を睨みつけていたが、もう一度ため息をつき、眼鏡を外して横を向いた。
「……まあ、いいです。後は、つけられてないでしょうね?」
「はい」
「なら、そっちは問題なしですね。
……多分、黄大人が央南連合に介入して私の素性も知れるでしょうから、天玄に入ることはできなくなるでしょう。一応、天原家の財産の一部はここに蓄えてありますけれど、まだ半分くらい天玄に残ってますからねぇ。それを失うのも嫌ですし、ウィルソン聖下からのご勅命を無碍にもできませんし。
近いうち天玄に攻め込んで、連合代表の地位復権に臨まないといけませんねぇ」
天原は眼鏡を拭きながらチラ、と篠原を見た。
「……我ら篠原派焔流一同、殿のご命令とあらば、いかような任務にも就く所存です」
「ええ、頼りにしていますよ」
翌日、天玄は大騒ぎになった。
連合の代表が、実は敵対している組織、黒炎教団の手の者だったことが公になり、天玄館に激震が走った。と同時に、これまで天原が手がけていた業務のほとんどに不正――連合への業務妨害が行われていたことも発覚し、連合は大慌てで事態の収拾に当たった。
その際にエルスが知恵を貸したことと、黄商会が多額の資金援助を行ったこともあって、次の主席には紫明が就任することとなった。これにより紫明は連合軍を自由に動かせるようになり、所期の目的であった黄海への援軍も達成された。
しかし同時に、ある不安が晴奈の胸中に沸いた。
(一体、天原はどこに雲隠れしたのだ? あの男のことだ、恐らく天玄に舞い戻ろうと画策するだろう。恐らく、実力行使によって。
そしてあの男、篠原龍明。焔流剣士と名乗り、確かに技も持っていた。何より気になるのが、あの『地面を叩き斬った』技。もしや、あの時イチイ殿を屠ったのは、篠原に縁ある者では無いのか?)
考えれば考えるほど、不気味な影が見え隠れしてくる。
(探らねばなるまい。今一度、紅蓮塞に戻るとしよう)
晴奈の不安を感じ取ったエルスが、やんわりと声をかける。
「セイナ、あの男の調査をするんだろ? 焔流って言ってたから、晴奈の修行場に行くつもりだよね?」
晴奈は腕を組み、エルスの笑い顔をけげんな表情で見つめる。
「いつもながら、どうしてお主は私の心を読めるのか。……その通りだ」
「なら、僕も付いていくよ」
思いもよらない提案に、晴奈は目を丸くする。
「何?」
「これは、僕の勘なんだけど」
珍しく、エルスの顔から笑みが薄れた。
「何かすごく、危険な匂いがするんだ。あのアマハラ御大と、シノハラと言う侍から。
彼らを放っておいたらきっと、戦争どころじゃなくなる……、そんな気が、する」
エルスの言葉に、晴奈も無言でうなずいた。
晴奈もまた、エルスと同じ危機感を、うっすらとではあるが抱いていたからだ。
蒼天剣・権謀録 終
12 | 2025/01 | 02 |
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