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1.
「人の出会いは、不可思議で心躍る」。
こう言ったのは、黒白戦争時の女傑、ネール大公である。
ある出会いが、思いがけず生活を、人生を、そして世界をすら、変えることがある。黄晴奈とその男の出会いも、歴史的な邂逅(かいこう)の一つだった。
双月暦515年初秋、晴奈22歳の時。その報せは突然、届いた。
「晴奈! 晴奈、大変よ!」
今日も黙々と座禅を組んでいた晴奈は師匠、雪乃のいつに無く慌てた様子に、その構えを崩した。
「どうされたのですか、師匠」
「あなたの妹さんが、黄海に帰ってきたって!」
「……何ですって?」
この報せを聞くや否や、晴奈は飛ぶように黄海へと戻った。
明奈がさらわれて以来、焔流との交流もその一因と言うこともあって、晴奈はここ数年、故郷を訪れていなかった。が、妹が帰ってきたと言う吉報を聞いては、じっとしてはいられない。街に入ってほとんど一直線に、晴奈は自分の家に飛び込んだ。
「父上! 母上! 明奈は、明奈はッ!?」
玄関の大広間に飛び込んだ瞬間、央南ではほぼ見ることの無い、銀髪・銀目の、人間の男と目が合った。
「……誰だ、お主?」
「えーと、はは。……君は、誰かなぁ? メイナの、お友達?」
やはり、央南人では無いらしい。央南の言葉で話してはいるが、その発音は少し、現地の者にとっては違和感を覚える。
「い、や。その、姉だ、が。……そうではなく、お主は何者か、と聞いているのだが」
銀髪の男はへら、と笑って答える。……いや。
「そっか、お姉さんかー。へー、キレイな人だなー」「名前は?」
男は一向に、晴奈の問いに答える様子を見せない。
「やっぱり『猫』は目の形がいいねぇー。ちょっと吊り目で、しゅっと縦長の細い瞳。うーん、エキゾチックな感じがするなー」
(何を、ベラベラと……。えきぞちく、って何だ? 竹か?)
名前や単語以外は異様なほど、流暢なしゃべり方である。どうやら相当、央南語を熟知しているらしい。それに元々、口もうまいようだ。
「名前は?」「それにその耳と尻尾、三毛ってところもまたいい! 黒い髪にすっごく映えてるよー」「な・ま・え・はッ!?」
晴奈が怒鳴ろうとも、男はまったく意に介さない。それどころか――。
「ねえ、お姉さん。名前は何て言うの?」「それは私が聞いているのだッ!」
いよいよ、晴奈は怒り出す。だがそれでも、男は止まらない。
「メイナから聞いたっけなー? えーと、何だっけ。レナだっけ? あ、セナだったかな? えーと、違うな、んー」「いい加減に……」
晴奈がもう一度怒鳴ろうとした、その時。
「いい加減にしなさいよ、このナンパ男!」
大広間の階上から、本が飛んできた。
「あいたッ、……うー、く、く」
本の角が後頭部に直撃し、男は頭を抱えてうずくまった。
「痛いじゃないか、リスト。本は読むものであって、投げる道具じゃないよ」
「出会いがしらに女を口説くヤツが、常識語ってんじゃないわよ!」
男を罵倒しながら、大広間の階段を青い髪のエルフが下りてきた。
「ホントに、ごめんなさいね。コイツ、バカだから気にしないでいいわよ」
リストと呼ばれたエルフは、恥ずかしそうに頭を下げ、男を軽く蹴った。
「あ、ああ。まあ、その、……どうも」
晴奈はまだうずくまったままの、この銀髪の男を、神妙な面持ちで見つめていた。
会うなり晴奈を口説いたこの男こそ、後に世界のトップとなる「大徳」、エルス・グラッドである。
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