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6.
「……面妖な」
式の合間に話を聞いた晴奈は、橘たちから聞いた雪花の話に眉をひそめていた。
「確かに、師匠の母上は雪花と言う名前ですし、それを知る者はいないはずです。橘殿の話ですし、信じるには十分なのですが……、うーん」
霊能関係を嫌う晴奈としては、なかなか信じられる話ではない。
「まあ、式が済んだら、師匠に話をしてみましょうか」
「そうね。お母さんからの祝辞も預かってるし」
話を聞いていた柏木は、真っ青な顔をしていた。
「あ、あれ、幽霊だったんですか……」
「やっぱり、気付いてなかったんだな」
謙は今頃怯え出す柏木を見て、笑っていた。
「はい、ただいま……、って。先生、また飲んでたね?」
戻ってきた店主、モールが一人席でいびきをかいている重蔵を見て、呆れた声を出す。
《珍しいわ、いつもは先生、こんなに飲む人じゃないのに。よほど、嬉しいのね》
「だろうね。人の酒、こんなに飲むなんてね。……げ、これ『白狐』じゃない。たっかい酒、こんなにガブ飲みするかね、普通?」
モールは口をとがらせつつ、重蔵が抱えていた酒瓶を取り上げ、棚にしまおうと戸を開ける。
「げ」
棚の中にあったはずの酒が半分ほど、無い。
《ごめんなさい、モール。……だいぶ、開けてしまわれて》
「人の隠れ家、飲み放題の酒蔵か何かだと思ってるのかね、まったく。……はぁ。『猫桜』も、『雪兎』も残ってない。いくらすると思ってるんだかね、もう」
空になった酒瓶を恨めしそうに眺めるモールを見て、雪花は頭を下げる。
《ごめんなさいね、本当に。……美味しかったわ》
「そりゃそうだろうねぇ、秘蔵の逸品だったし。
……と、そろそろ戻ってもらわなきゃ。あんまり魂を引っ張ったまんまじゃ、体に悪いね」
モールは酔いつぶれた重蔵の肩を叩き、起こそうとする。
「ほら、先生。そろそろ起きてくださいね」
「うう……む」
「ほら、起きて」
何度か肩をゆすり、ようやく重蔵が頭を上げる。
「おお、すまんのう」
「すまんじゃないですって、先生。ほら、帰りますね」
重蔵はフラフラと立ち上がるが、足取りがおぼつかない。見かねたモールが、肩を貸す。
「うっげ、酒臭っ。……ほら、帰りますって、ね」
「……柊先生」
重蔵はよたよたと歩きながらも、雪花に話しかける。
《はい、何でしょう?》
「また、会いましょう」
《ええ。また、今度》
重蔵は小さくうなずき、モールとともに店の奥へ消えた。
「……お?」
新郎控え室の、畳の上。重蔵はようやく、目を覚ました。
「いかん、寝てしもうた」
周りを見ると、自分の世話をしていたらしい門下生が一人、うたた寝している。そして視界に入った時計は、すでに4時を回っている。
「……しまった!」
慌てて立ち上がり、式場へと走ろうとして――。
「……う、え」
口を押さえ、反対側にある手洗い場へ逆走した。
「いかんいかん、飲みすぎたわい。まったく、この歳にもなって酒に呑まれるとは」
式場へと急ぎつつ、自分の悪酔いを恥じていると――。
「あ、おじい様!」
「おう、良太。……しまった、間に合わなんだか」
良太と雪乃、晴奈、他友人たちがぞろぞろと、式場から出てきた。
「気分の方は大丈夫ですか?」
「ああ、ちと酔いが残っておるが、まあ、悪くは無い。
……すまんかったのう、よりによってお前の式に行きそびれるとは。一生の不覚じゃ」
がっくりとうなだれる重蔵を見て、棗に背負われていた桃がなぐさめの声をかける。
「だいじょうぶ、おじいちゃん? おげんき、だして」
「……はは、心配いらんよ桃ちゃん。式が無事済んだのなら不満なんかありゃせんよ」
重蔵は自分の失敗を笑い飛ばし、場を和ませようとした。だが、その場にいた桃を除く全員が、不気味なものを見るような目で重蔵を見ている。
「……ん? どうかしたかの、みんな?」
「な、何で家元、俺の娘の名を、ご存知なんですか? お会いするのは、初めてのはずなんですが?」
謙が恐る恐る尋ねてくる。桃が何てこと無い、と言う感じで答えた。
「おみせで、あったもん」
「おう、そうじゃ。『狐』の店で、な」
今日起こったことのすべてを聞き、雪乃と良太は目を丸くしている。
「小鈴たちがわたしの母さんと会って」
「おじい様と桃ちゃんが、同じ店にいた、と」
二人は顔を見合わせ、笑い出す。
「クスクス……、今日はみんな、大変だったのね」
「そうみたいですねぇ、ふふ」
橘たちもつられて笑い出す。
「あはは……、不思議な日だったわ、ホント」
「なかなか無い体験だった、うん」
重蔵も嬉しそうに腕を組み、うなずいている。
「めでたい日にこれだけ、不可思議なことが起こる。間違いなく、吉兆じゃな。
……これは式で言うつもりじゃったが、すっかりすっぽかしてしもうた。名誉挽回のつもりも兼ねて、ここで言うておくかの」
重蔵は真面目な顔になり、雪乃と良太に祝辞を述べる。
「良太。雪さん。おめでとう。相思相愛で何よりじゃが、時には……」
重蔵の長い祝辞に、良太は心の中で辟易していた。
(……これ、さっき何回も聞かされたのと同じ内容だ)
その様子を察した雪乃が、片目をつぶって目配せする。
(いいじゃない、おじい様がわたしたちを大事に思ってくれている証だから)
(そうですね)
良太も片目をつぶって、雪乃に応えた。
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