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3.
小屋の外に出た晴奈は辺りを見回す。どうやら黒荘の外れらしく、少し離れたところに人家が見える。
「ホラ、突っ立ってないでさっさとそっちに行くね」
すぐ後ろにエルフが近付き、背中をバン、と叩いてくる。
自分をおざなりに扱うエルフに、晴奈の怒りはさらに膨れる。
「はい、んじゃ、まー。ちゃっちゃと、やろうかね」
エルフはどこからか杖を取り出し、気だるそうに身構える。
(何が『高くなった鼻をポッキリ』だ! お前自身が増長すること、はなはだしいではないか! その油断、高く付くぞ!)
エルフが構えた瞬間、晴奈は駆け出し、初太刀を入れようとした。
「わ、バカだねー」
エルフはまた晴奈をあざ笑い、ゆらりと杖を振った。
その、瞬間。
「……!?」
地面がひっくり返り、景色が勢い良く滑る。……いや、晴奈がさかさまになりながら、吹っ飛んだのだ。
「敵を知り、己を知れば百戦負け無し。だのに今のキミ、私をどれだけ知ってるって言うね?」
エルフの声がやけに遠く、尾を引くように聞こえる。
「……な、何を、した?」
エルフのはるか後方まで飛ばされた晴奈は、混乱しつつも空中で体勢を立て直して着地し、刀を構え直す。
「んでもって、キミは」
構え直し、エルフの位置を確認しようとしたが、どこにも姿が無い。
「ど、どこだ!?」
「どれだけ自分がバカでマヌケで向こう見ずで身の程知らず、ってコトを知ってるね?」
「……!」
晴奈の背後、右肩から電流が走る。その痛みが魔術か、
それとも杖を振り下ろしたせいか良く分からないまま、晴奈の脚から力が抜けていく。
「ぎ……ッ」
急速に遠のいていく意識の端で、エルフがまた自分をあざける笑い声が聞こえた。
「……う、っ」
気が付くと、また小屋の中だった。先ほどと同じように、エルフが傍らに座っている。
「目、醒めたね?」
晴奈は自分に何が起こったのか、懸命に整理し――負けたことを、理解した。
「ま、それじゃ。まず考えていこうかね」
エルフは小屋のものを勝手にいじって、茶を沸かしている。
「何で、キミは勝てると思ったね?」
「それは、その。私は、焔流の免許皆伝であるし」
「うんうん、それはさっき聞いた。で、免許皆伝だから、何で勝てるって?」
「え」
そう問われ、晴奈の思考は止まる。
「それは、キミの剣術が一端のモノになったって言う証明であって、誰にでも勝てる証明では無いよね」
「それ、は……」
エルフの指摘、批評は止まらない。
「もしそんな風に思ってるなら、それはキミの先人全員に対する侮辱だね」
「え?」
「だってね、キミが浅はかにもさっきの街中で叫んでいたら、きっと街の人はみんな、キミを殺しに来るね。そこで負けてさ、『焔流、敵にあらず!』なーんて言われちゃったら、焔流のみんなはどんな気持ちになるだろうね」
「……!」
エルフの言った光景を想像し、晴奈はひやりと冷たいものを感じた。
「免許皆伝は無敵の証明じゃないね。己の属する流派でひとかどの人物、その流派の代表になったと言う証明だ。
それを履き違えて、『自分はとっても強いんだ』なんて公言したりなんかしたら、とんでもない大恥を、キミだけじゃなく、キミの剣術全体にかかせることになる」
「……」
エルフの説教を、晴奈は頭も猫耳も垂れてただ、聞いていた。エルフは沸かした茶を晴奈に差し出して、説教を締めくくった。
「敵のことはおろか、自分のことすら知らない、分かってない。
そんなヤツが勝てるわけなんて、無いね」
最後に晴奈は、自分が見た夢の話を尋ねてみた。
「私は、妹をつかむ夢を見たのです」
「ふーん。それで、現実でも妹を救えるかも、って?」
「はい……」
「ふーん、それはそれは」
エルフはまた、鼻で笑った。
「きっかけを何かに求めるのは自由だけどね。立ち止まってじっくり、考えた方がいいね。『今が本当に、その機なのか? 本当は自分の、思い込みでは無いのか?』ってね」
「……」
ずっとうつむいたままの晴奈を見て、エルフはふー、とため息をついた。
「まあ、そう落ち込むなってね。もしかしたら、本当に吉兆かも知れない。無闇に期待するのはおろかだけど、さらりと流すのも味気ないしね。
『何かいいコトあるかもー』
くらいで考えた方がいいねぇ。頼るのはダメだね」
いいとも、悪いとも言い切れない結論に、晴奈は少し困惑した。
「そんなもの、ですかね」
「そんなもんだね。
……さてと。そろそろ私は行くね。精進しなよ」
エルフは茶を飲み終え、そそくさと小屋を後にした。晴奈は小屋に残り、気が抜けたような
心持ちで茶をすする。
「……あ」
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