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4.
8日ぶりに戻ってきた晴奈を見て、柊は安堵のため息を漏らした。
「良かった……! 晴奈、無事に戻ってきたのね」
「はい。ご心配を、おかけいたしました」
晴奈は深々と、頭を下げた。その様子を見た柊は、晴奈の変化をすぐに感じ取った。
「ん? 晴奈、何かあった?」
「……いえ。特に、何も」
紅蓮塞に戻ってからすぐ、晴奈は精神修養を積むことにした。刀を振るうこともせず、黙々と座禅を組む晴奈の姿に、柊は不安そうな顔を重蔵に見せていた。
「大丈夫でしょうか、晴奈は」
「んー、まあ」
重蔵はぷい、と晴奈から顔を背け、腕を後ろに組んでこう言った。
「ここしばらく浮ついておった心が、程よく落ち着いたのは確かじゃ。悪いことでは無い。放っておいても、問題は無いじゃろ」
重蔵の言葉に、柊も「そうですね……」とうなずく。
「ま、無事に帰ってきて何よりじゃ」
戻ってから一週間ほど経ち、晴奈はすっかり元のように、稽古に姿を見せていた。
(あのエルフの言う通り、私は確かに愚かだったかも知れぬ。気ばかり焦って、とんでもない失態を犯すところだった。今一度、修行のやり直しだ)
そんな風に考え、黙々と木刀を振るっていたところに――。
「知ってるか? 『旅の賢者』の話」
「何だそりゃ」
門下生たちの話し声が聞こえてきた。あまり長くなるようであれば諌めようかと考えていたのだが、その内容を聞くうち、晴奈は目を丸くした。
「何でも、旅人の前に現れて、色々ためになることを教えてくれるって言う、変な奴らしいんだけどな」
「うさんくせぇー」
「友達から聞いたんだけど、この前黒荘に現れたんだってさ」
「へー」
(こ、黒荘?)
叱るのも忘れ、晴奈は話に耳を傾ける。
「何でも、ウチの人間ともめたんだって」
「ホントかよー」
「見た奴がいるとか、いないとか」
「いなきゃうわさにならねーよ」
「そりゃそうだ、ははは……」
(……汗顔の至りだ)
修行によるものとは別の、ひやりとした汗が額に浮き出てくる。
「もし、お主ら」
「あ、先生」
門下生たちはしまったと言う顔をしたが、晴奈は諌めようとせず、逆に話を聞こうとした。
「その、旅の賢者の話、詳しく聞かせてくれないか?
いや、単に興味があるだけなのだが。別に気になるとかでは、無いのだが」
「はあ? えー、まあ、話せと仰るなら」
門下生もうわさに聞いた程度であるらしく、説明はたどたどしいものだった。
「まー、何て言うか、めちゃくちゃ長生きな奴だそうで、あの『黒い悪魔』と同じくらいか、下手するとそれ以上生きてるとか、何とか。
世界中を旅してて、そいつに出会った歴史上の有名人は、何人もいるらしいですよ。まあ、俺も良く知らないんですが。
で、確か名前が、……何だっけなぁ? 外国っぽい名前で、えーと、確かー」
門下生はしばらく記憶を探った後、手を叩いて叫んだ。
「そうそう! モール、でした。『旅の賢者』モール。それが、そいつの呼び名ですよ」
「ふむ、モール、か。そうか……」
晴奈はそれを聞くと、門下生たちの前から立ち去った。
「……怒られると思ったんだけど。どうしたんだろう、黄先生?」
「さあ?」
残された門下生2人は、きょとんとした顔を見合わせていた。
(そうか、モールと言うのか)
モールの憎たらしく、ふてぶてしい態度と言葉を思い出し、晴奈はほんの少し、イラつきを覚える。
(まったく、情けない。今一度、気を引き締めないと)
自分のふがいなさを改めようと、ぐっと拳を握ったところで――。
「あ、姉さん」
目の前を良太が通りかかる。
「お、良太。稽古はどうした?」
「さっき終わりました。姉さんもですか?」
「ああ。一風呂浴びてから飯でもと思っていたが、一緒に食べるか?」
「ええ。……あの、姉さん」
にこやかだった良太の顔に、困ったような顔色が浮かぶ。
「ん?」
「ちょっと、お話があるんです……、が。良かったらちょっと、書庫まで」
「……?」
良太の様子が気になり、晴奈は何も言わずに付いていく。書庫に着くなり、良太は中に誰もいないことを確かめ、扉を閉める。
「どうした? 妙だぞ、良太」
「ええ、まあ、その。あんまり、他の人に聞かれたくなくって」
良太はもう一度、辺りを見回す。
「えー……、その」
良太の顔が赤くなってくる。晴奈はなぜか、身構えてしまう。
「何だ?」
良太は一歩晴奈に近付き、ぼそっと一言発した。
「実は、あの……」
蒼天剣・遭賢録 終
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