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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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蒼天剣・鞭撻録 2

晴奈の話、51話目。
晴奈、ある意味撃沈。
 
 
 

2.

 双月暦513年の早春、晴奈は20歳、良太は17歳になっていた。

 入門したての頃はひ弱で、すぐにばてていた良太だったが、柊師弟の指導のおかげで、今では年相応に筋肉もつき、他の門下生と見劣りしないまでに成長していた。

 

「うん。強くなったな、良太」

 良太に稽古をつけていた晴奈は、一段落したところで良太をほめた。良太は嬉しそうにぺこりと頭を下げる。

「はい、ありがとうございます」

「これなら教団が攻めて来ても十分護りにつける、……かも知れないな」

 晴奈の言葉に、良太はきょとんとした顔をする。

「教団が、攻めて来る?」

「あ、そうか。良太はまだ、知らないか」

 よく考えてみれば15の時に来襲されて以来、ずっと教団からの音沙汰は無いのである。晴奈は良太に教団が数年に一度、紅蓮塞に攻め込んでくることを説明した。

「へぇー。怪しい集団とは聞いていましたが、そんなことまでしているんですか」

「まあ、もしかしたらそろそろ、来るかも知れないな。以前襲ってきた時から、もう何年も経っているし」

「へぇ……」

 そこで良太が黙った。会話が不自然に途切れ、晴奈は良太の目を見る。何かを考え込むような目つきで、宙をじっと見つめているのが見えた。

「良太?」

「証明に、なりますかね?」

「え?」

 唐突に、良太が質問してくる。

「何の証明だ?」

「えっと、もしも、僕がその防衛戦で活躍できたら、僕の強さの、証明になりますか?」

「……?」

 唐突な言葉が続き、晴奈は首をかしげる。

「良太。もっと、落ち着いて説明……」

 言いかけて、晴奈は既視感を覚えた。

(……? 前にも、こんなことを良太に言ったな、そう言えば?)

「あ、えっとですね」

 良太は深呼吸し、ゆっくりと説明した。

「ほら、その、以前に、柊先生は強い男を好まれると、姉さんが言っていたじゃないですか。でも、僕はあまり、強くないですから。姉さんに稽古をつけてもらって、それなりに力はついたとは思うんですが、それを実証する機会が、あんまり無くって」

「ああ……」

 晴奈はようやく、以前良太が柊のことを好きだと告白していたことを思い出した。

「そうか、なるほど。もし教団が来て、追い返すことができれば、強いことの証明になる、と」

「はい、そう思うんですが、どうでしょうか?」

 晴奈は深くため息をつき、良太の額を指で弾いた。

「あいたっ!?」

「寝言は寝て言え、馬鹿者」

「ダメ、ですかね?」

「物事の履き違え、はなはだしいことこの上ない。強さとは、そんなものではない」

「は、はあ……?」

 良太は一瞬きょとんとし、すぐに腕を組んで晴奈の言葉の意味を考え始めた。

「強さ……。強い証明……」

「……モール殿がいればなぁ。あの方なら、納得の行く説明をしてくれそうなんだが」

 晴奈は一人悩む良太を置いて、修行場を後にした。

 

 稽古でかいた汗を流すため、晴奈は浴場を訪れた。

「そろそろ、他の者も来るかな」

 蛇足になるが勿論、ここは女湯である。男ばかりの場所とは言え、紅蓮塞にも女は少なくない。焔流剣術は剣の腕だけではなく魔力も必要になるため、平均的に男より魔力が高いと言われる女の割合が、他の剣術一派よりも多い。

 それにもう一つ、各地から修行に来る者も多いからだ。紅蓮塞は宿場としての機能も備えているため、混浴では何かと都合が悪いのだ。

「先客は、……いるようだな」

 湯煙の中を一瞥すると、うっすら人の影が1つ、湯船に見えた。

「お邪魔します」

「ん? あれ、晴奈ちゃんじゃないの」

「え? その声は……」

 先客はここに何度か足を運んでいる旅客、橘だった。

「来ていらしたのですか」

「ええ。やっぱココのお風呂、冬には最高だし。ま、今年はちょーっと遅くなっちゃったんだけどね」

 そう言って橘は、楽しそうに笑う。晴奈は体を洗いながら、橘と世間話に興じた。

「今回の目的は、湯治ですか」

「うん、そんなとこ。いいわよねー、ココ。温泉沸いてるし」

「山の中ですからね」

「ホント、隠れた名湯よ。で、今日も修行だったの?」

「ええ、勿論。……横、失礼します」

 体を洗い終わった晴奈は湯船に入り、橘の横に座る。

「……ふー。やはり、風呂は気持ちがいい」

「ホントねぇ。あー、これでお酒があったらいいのになぁ」

「橘殿は、呑む方ですか?」

「うん、大好き。こーゆートコで熱燗を、きゅーっとやるのが、いいのよねぇ」

 橘はくい、とお猪口で呑む真似をする。そのしぐさがあまりに堂に入っていたので、晴奈は思わず吹き出した。

「ぷ、はは……。なるほど、それは美味しそうだ」

「晴奈ちゃんも、お酒呑めるの? って言うか、そっか、もう大人よね」

 そこで橘は晴奈の体を、チラ、と見る。胸の辺りで視線を止め、もう一度同じことを言った。

「……大人よね?」「失敬な」

 晴奈も負けじと、橘を見返すが――。

「……完敗だ」「ふっふっふ、参ったか」

 晴奈は猫耳を垂らし、そっぽを向いた。

 

「そう言えば、橘殿」

 しばらくそっぽを向いていた晴奈はふと思い立ち、橘に質問してみた。

「ん?」

「その、色恋の話は、得意でしょうか?」

 橘の長耳が、嬉しそうにピクピク跳ねる。

「え? なになに? 晴奈ちゃん、恋してるの?」

「あ、いや。私の、弟弟子の話です」

「弟弟子とデキちゃった?」

「なっ、違います! そうではなくっ!」

 晴奈は水面でパチャパチャと手を振り、否定する。

「弟弟子から、色恋の相談を受けたのです!」

「あーら、なーんだ残念。んで、どんな話?」

 晴奈は少し前に、良太が柊に対して恋をしていることと、彼が強くなりたいと願っていることを説明した。

「ふーん、雪乃をねぇ。まあ、あの子もキレイだもんね」

「私は、どうするべきなのでしょう」

「ん?」

 きょとんとする橘に、晴奈は困った顔で心境を話す。

「もしも、師匠と良太が結ばれたりすれば、私は二人にどう、接すればいいのか。祝福すべきなのか、それとも修行中の身でありながら師匠をたぶらかすとは、と怒るべきなのか」

「んー」

 橘は一瞬、チラ、と浴場の入口を見る。

「まあ、それはさ。それはそれで、アリじゃないの? 結ばれたってコトは、二人とも幸せってコトなんだし。アンタに人の幸せ、邪魔する権利も無いわけだしね」

「まあ、それは、確かに」

「それにさ、聞いてるとその良太って子、戦いには向いてる気、しないんだよね。もしそんな関係になって、剣の道から外れるなんてコトがもしあったとしても、その子にとってはそっちの方が、結果的にはいいんじゃないかな」

「……ふ、む」

 その言葉に晴奈も、納得させられるところがあった。

 以前、良太を鍛え直した際に、良太の口から親の仇を取りたい、と発せられたことがある。それを聞いた時、晴奈はとても心苦しかったのだ。

 「仇を討ちたい」と言うのは心優しい良太には似つかわしくない、呪われた感情だったからである。

「まあ、もしそんなコトになったらさ」

「はい」

 橘は親指を立て、ニッコリ笑った。

「アンタの師匠と弟くんのお祝いゴトなんだし、思いっきり祝福してあげなさいよ」

「……そうですね」

 晴奈も微笑み返し、親指を立てた。

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