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4.
結局奇襲戦法も実らず、教団は今年もすごすごと引き上げた。
「くそ、南から攻めろなんて叔父貴め、適当なこと言いやがって」
ウィルバーはブツブツ文句を言いながら、帰路についていた。まだズキズキと痛む鳩尾をさすりながら、ウィルバーは晴奈のことを思い返す。
「いてて……。あの猫女め、今度は真っ向から邪魔しやがったか。前みたいに頭カチ割ってやろうと思ってたのによ。
……セイナか。覚えておいてやる――今度こそ、ボッコボコにしてやんよ」
ケガ人の治療や修行場の修繕作業による喧騒を避け、晴奈と良太はまた、書庫の中で話をしていた。
「怖かった、本当に……」
「まあ、そうだろうな」
今日ばかりは流石に、良太も本を読んではいられない。ずっと、両手を堅く組んだままだ。
「多くの人間は修羅場など、そうそう遭うものではないからな。それでも一度や二度で慣れるものでは無いし、私だっていまだに、平静にはなり切れない。あそこで奮い立つことができるだけ立派だよ、良太」
「……そう、ですかね」
良太の顔は青ざめ、意気消沈していることが伺える。
「本当に、怖かった。前と違って、少しは力が付いたはずなのに、やっぱり怖くてたまらない。僕は本当に、仇を討てるんでしょうか……」
「それは私が出すべき答えでは、無いな」
晴奈は良太に向き直り、昔聞いた、ある言葉を伝えた。
「これは、ある者の言葉なのだが。
『敵を倒すならば、倒される覚悟を持て』。仇を討つと言うことはそのまま、敵を倒すと言うことだ。であるならば、倒されること、返り討ちに遭うことも、考えなければならぬ。
良太、いつかお前に強さを問われたことがあったが、それが答えのひとつだ。その覚悟が、本当に持てるのかどうか。自分の意志を貫くために、死ぬ覚悟、何か大きなものを失う覚悟があるか。
その覚悟が持てるのなら、仇を討ちに行けばいい」
良太は晴奈の言葉を、黙って聞いていた。その目には深い、諦めの色が浮かんできていた。
「元気にしてる、雪乃?」
柊の部屋を、橘が訪れた。
「あら、小鈴? ひさしぶり……」「何言ってんのよ。お風呂で会ったじゃない」
橘の一言に、柊の表情が凍った。
「甘いわね。知ってたわよ、アンタがあたしと晴奈ちゃんの会話、聞いてたの」
「そ、そう」
橘はイタズラっぽく笑い、柊の横に座り込む。
「で、どうなのよ?」
「どう、って?」
「良太くんのコト」
橘が尋ねた途端、柊の顔に、赤みが差す。
「な、何にも? 大事な弟子としか……」「またまたぁ」
言いかけた柊の長耳を、橘がくいくいと引っ張る。
「いたっ、何するのよ?」
「嘘、下手くそねぇ。顔に書いてあるじゃないの。『わたしは良太君のことが……』」「言わないで!」
長耳を真っ赤にし、顔を伏せる柊を見て、橘はため息をつく。
「ホント、柊一門は恥ずかしがりやばっかりねぇ。もっと素直になればいいじゃないの」
「そう言う問題じゃ、無いの」
顔を伏せたまま、柊はブツブツとつぶやく。
「だって、家元から任されたお孫さんよ? それに、わたしの弟子だし。年も、離れてるし。ここでもし、結ばれたり、なんか、したら、焔流の師範として、他の剣士に示しが付かなくなるじゃない」
「……雪乃ぉ」
橘はもう一方の耳もつかみ、ピコピコ揺らす。
「アンタ、好きなんでしょ? で、向こうが好きだってコトも分かってる。他の要素なんか、どうだっていいじゃないの」
「そうは、行かないわよ……」
「なら、どうにかしなさいよ!」
橘の一喝に、柊はビクッと震える。
「アンタ、そんな言い訳ばっかりするから、恋が実らなかったんじゃないの? 前に聞いた、初恋の人にも結局告白しないで、それっきりだったんでしょ? もういい加減、動いてみたらいいじゃない。じゃなきゃこの先もずっと、片思いばっかりしちゃうわよ」
「……」
耳をつかまれたまま、柊はじっと、橘の顔を見つめていた。その目はまるで、助けを求めているように見える。
「良かったら色々、手伝ってあげるわよ」「……うん」
紅蓮塞に今、春の嵐が吹こうとしていた。
蒼天剣・鞭撻録 終
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