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4.
「うーん」
良太は腕を組んでうなっている。
晴奈の部屋に集まった三人は、重蔵の言葉を考えていた。……と言うよりも、晴奈も橘も、うすうすその答えはつかんでいる。晴奈と橘は悩む良太をよそ目に、柊のことを話していた。
「それにしても、雪乃と家元さん、何の話をしてるのかしらね?」
「さあ……? 案外打ち解けて、酒でも呑んでいるのかも」
「あはは、ありそうねぇ」
笑う橘に、ついに良太が不機嫌な顔を見せた。
「すみません、お二人とも」
「あ、うるさかった? ゴメンね、良太くん」
「いえ……」
良太はまた、腕を組んでうなる。
「付き合うなら、仇討ちをやめろ……、か。どう、つながりがあるんだろう?」
「ふふふ……」
「何ですか、姉さん? ……あ、もしかして答え、知っているんでしょう?」
「ああ、いやいや。知っている、と言うか。予測は付いている」
良太は顔を上げ、晴奈に手を合わせる。
「教えてもらってもいいですか?」
「いやいや、これは良太自身が理解しなければならぬことだからな。『それは私が出すべき答えでは、無いな』」
そう言って晴奈は、良太に「助言は与えたぞ」と言いたげに人差し指を立てた。
「……!」
どうやら、良太も答えに行き着いたらしい。がばっと立ち上がり、慌てて部屋を出て行った。
「おじい様っ!」
良太は重蔵の部屋の戸を開け、大股で上がりこんだ。重蔵とともに酒を呑んでいた柊は、半ばとろんとした目で良太を見つめる。
「良太、答えが分かったの?」
「ええ、恐らくは。……よろしいでしょうか?」
柊と向かい合って座っていた重蔵は、良太に顔を向ける。
「言ってみなさい」
「はい。えーと、恐らくは、『仇を討とうとするならば、討たれることもありうる』。もし僕が結ばれた後も、諦めることなく仇を討ちに行けば、返り討ちに遭う可能性は少なくありません。それだけではなく、雪乃さんにも迷惑が及ぶかも知れない。
敵を作れば、その敵に自分だけではなく、自分の親しい者、愛する者にまで危険が及ぶ。だから、愛する者と結ばれることを考えれば、それを脅かす敵など作ってはならないし、追ってもならない、そう言うことですね?」
「うむ」
重蔵はぱたりと膝を打ち、柊の手を取って立ち上がる。
「それが分かれば、文句は無い。さあ、良太。雪さんに、『仇は追わん』と誓うんじゃ」
「……しかし」
「む?」
答えを導きつつもなお、良太は逡巡する。
「それなら、僕の無念はどうなるのでしょうか」
「……」
「無残に殺された両親の無念を、僕は……」「それなら良太」
開いたままの戸から、晴奈が入ってきた。
「その仇、私がいつか必ず取ってやろう。私なら、託すに十分だろう?」
「姉さん……?」
「良太、お前は清く、優しい男だ。そんなお前が、『仇を討つ』と言う呪縛に捕らわれるのを見過ごしておくのは、どうも忍びない」
良太の目からまた、涙がこぼれてくる。
「そんな、だって姉さんは、無関係……」
「無関係なものか、『弟』よ。お前と師匠の幸せのためなら、一肌脱いでやるさ」
「姉さん……」
「さあ誓え、良太」
良太は涙を拭い、真剣な目をして柊の手を取った。
「ち、誓います。誓います……っ! 僕は仇を討つと言う志を、晴奈姉さんに託します!
だから、おじい様! 認めて、くださいますか!?」
最後はほとんど絶叫に近い声で、良太は嘆願した。
「うるさいわいっ。……くく、まあ、良しとしようかの」
重蔵は苦笑しながら、二人の仲を認めた。
こうして柊と良太の仲は公認のものとなり、良太は仇を追わないことを誓った。と同時に、良太は剣の修行をやめることにした。
「仇を追うことを諦めた今、剣の腕を磨く意味も無くなりました。今後は、紅蓮塞の書庫番になろうかと考えています」
「確かにそっちの方が、良太には似合うな。……そう考えると悪かったな、しごいたりなんかして」
晴奈の言葉に、良太は笑って首を振る。
「いえ、あれは僕から頼んだことですし、姉さんには感謝してます」
姉さんと呼ばれ、晴奈はクスクスと笑う。
「姉さん、か。もう柊一門から抜けたのだから、そう呼ばずとも良いのに」
「いいえ! 晴奈姉さんは、ずっと僕の姉さんですよ」
良太は晴奈に、深く頭を下げた。
「……本当に、色々とありがとうございました、姉さん」
「折角家元さんも認めてくれたんだからさー、さっさと結婚しちゃえば良かったじゃない。あの誓いの時なんか、いかにもそんな雰囲気だったのに」
橘の言葉に、柊は飲んでいたお茶を吹きそうになる。
「ゴホ、ゴホ……。そ、そんなわけには行かないでしょ、いくらなんでも。ま、まだ早いわ」
「まーた、足踏みしてるわね。……ま、それもアンタらしいか」
「……色々ありがとね、小鈴」
橘はニヤニヤ笑って、柊の耳をくいくい引っ張った。
「礼なんかいいわよ、別に。
ま、結婚式とかあったら呼んでよ。もっともあたし、旅の途中だから行けるかどうか、分かんないけどね」
「ええ、ぜひ呼ぶわ。……今度は、自力で式まで、こぎつけるからね」
重蔵は一人、紅蓮塞の南東にある霊園を歩いていた。手には花束を持っている。一番奥の、大きな墓の前で立ち止まり、一礼してから花を添える。
「晶良、お前の息子にいい人が見つかったぞ」
重蔵は亡き娘に声をかけ、手を合わせる。
「お前さんには悪いかと、ちと思うたが、良太にはお前の仇を討たせることを、諦めさせた。その際に晴奈と言う子が、いいことを言ってくれたんじゃ。『良太が仇討ちなどと言う呪縛に捕らわれるのは、見ておけん』とな。
わしもずっと、そう思っておった。あの子は、優しい。到底、敵を狙い続け、敵に狙われ続けると言う修羅の道に、入り込める人間では無いからのう。
……しかし、じゃ。その代わりに、晴奈にその呪縛を背負わせてしもうた。常識で図るならばまったく、愚かしく卑怯で、悪い判断でしか無いのじゃが――正直な気持ちと言うか、直感として、あの子ならやり通してしまえる、そんな気がするのじゃ。あの子には、そんな艱難辛苦など、やすやすと吹き飛ばしてしまえる、修羅の気がほの見える。
晴奈に背負わせたことがわしの、人生最後の過ちなのか、それとも人生最大の英断なのか……。後はただ、祈るばかりじゃ」
重蔵はもう一度礼をし、立ち去る前に一言、付け加えた。
「近いうち良太とその相手を、見せに来てやるからの。楽しみにしていなさい、晶良」
蒼天剣・懸想録 終
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