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8.
確かめるまでもなく、イチイは死んでいた。
この惨劇と、想像を絶する天原家の「死刑執行」に恐れをなした自警団員たちは、緘口令を敷いた。妖怪が出たこと自体は隠さなかったものの、この地で捕まえたこと、また、その正体については、一切口を閉ざすことにしたのだ。
晴奈も良太も不満ではあったが、家屋を気配も無くぶつ切りにする相手では、手も足も出ない。いずれ何かの機に恵まれるよう、口をつぐむしかなかった。
イチイの死体は、秘密裏に埋葬された。
イチイの墓の前で、良太は泣いていた。
「イチイさん……」
ぐすぐすと鼻声で、ずっと名を呼んでいる。と、そこへ誰かがやってくる。
「あ……」
それは棗だった。棗は良太と同じように墓の前に座り、手を合わせた。
「あの、何故泣いていらっしゃるのですか?」
「え?」
棗は手拭を差し出しながら、不思議そうな、そして悲しそうな顔で尋ねる。
「この、櫟と言う方はあなたにとって、縁もゆかりもない人ですよ。それなのに、何故?」
「イチイさんは、僕を襲いませんでした。それに、鎖を解いた時、ありがとうと言ってくれましたし、名前も、覚えてもらって……」
良太は手拭を受け取り、涙と鼻水を拭く。その様子を見ていた棗は、悲しげな顔のまま、くすりと笑う。
「……お優しい方ですね。うちの人も優しいけれど、あなたの優しさは一層、骨身に染み入るよう」
棗は墓に手を添え、涙を流した。
「この方の言葉が正しければ、この人はわたくしの従兄弟でした」
「え……」
「この方もお優しい方で、幼い頃から良くしていただきました。頭も良く、きっと次の天原家当主はこの方になるだろうと、囁かれていました。
……きっと、この方を妖怪に仕立て上げたのは兄の、天原桂おじ様。櫟おじ様と同じくらい頭は良かったのですけれど、とても偏狭なお方でした。わたくしも櫟おじ様も、桂おじ様を嫌っていました。
ですからわたくしは天玄を出たのですけれど、おじ様は、逃げることができなかったのでしょうね」
棗は立ち上がり、その場を後にしようとした。
「あ、あの、棗さん」
「はい?」
「……その、何と言えばいいか」
棗は振り返り、ふるふると首を振って、優しく返した。
「いいえ、お気になさらないで。櫟おじ様もようやく楽になれたのですし、わたくしももう、天原棗ではございません。呪われた血筋とは、無関係です」
そしてまた、踵を返す。良太に背中を向けたまま、棗はこう、言い残した。
「そっと、しておいてくださいませ」
たった二日、三日の滞在だったが、晴奈たちにとってはとても、中身の濃い旅になった。
「何だか、どっと疲れてしまいました」
「そりゃ、昼夜逆転してた上に鼓膜破れて頭痛めて、ってなれば疲れもするわよ」
「そうですよね、はは……」
帰路に着いた晴奈たちは、途中で良太の元気が無いことに気付いた。
「良太、どうした?」
「……いえ、何でも」
「無いわけないじゃない。顔、青いわよ」
柊がぺた、と良太の額に手を当てる。
「……あら、今度は赤くなった。風邪?」
「い、いえ、それは、先生が」
「あら、わたしが、……どうしたの?」
柊はいじわるっぽく笑っている。傍目に見ればこれも、弟をからかう姉、と見えなくも無い。しかし晴奈は、柊のわずかな不自然さを見抜いていた。
(……師匠も、何だか顔に赤みが。旅の疲れで熱、出たんじゃないだろうか)
「あ、晴奈。置いてかないでよー」
いつの間にか、晴奈が二人の前に出ている。それに気付いた柊が、またもイタズラっぽい声を出す。
「おっと、失礼しました。……みんな疲れていることですし、早めに帰りましょう。双月節も間近ですし」
「あら、そう言えばそうだったわ。早くしないと年が明けちゃうわね。
よーし、急いで帰りましょ、晴奈、良太!」
「はいっ」
駆け足になる柊に応え、晴奈と良太も走り出した。
蒼天剣・逢妖録 終
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