[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
7.
晴奈は良太の手をつかんで、どうにか立ち上がる。
「大丈夫ですか、姉さん?」
晴奈は良太の顔をじっと見ている。と、唐突に顔を傾け、耳を叩く。すると、真っ赤な血がボタボタと、もう片方の耳から垂れてきた。
「ひゃっ!?」
「あの叫び声で、鼓膜がおかしくなった。お前が何言ってるか、分からぬ」
今度は反対側に首を傾ける。同じように耳にたまった血を抜き、ようやく地面に落ちていた刀を手に取る。
「うー、吐きそうだ。何故、こんなに地面が揺れているのだ」
その言葉と、ユラユラと体を揺らす仕草から、良太は昔読んだ医学の本に、そう言う症状が書かれていたことを思い出した。
(あの術、多分音で耳を潰すんだ。いや、耳だけじゃなく、耳の奥――脳まで揺さぶってるんだ。多分姉さん、平衡感覚がおかしくなってる。
そんな状態で、戦えるのか……!?)
良太の心配は当たっていた。晴奈が刀を構えるが、構えた途端に、体が右に傾いていく。
「お、っと」「姉さん!」
とっさに良太は、晴奈の肩をつかむ。顔を向けてきた晴奈の目が、うつろになっている。
「無理ですって!」「何だって? ……いいや。何か心配は、してくれてそうな顔だ。問題ない、大丈夫だ良太。いいから手、離せ」
晴奈は身をよじって良太の手をはがし、もう一度構え直す。
「はー、あー、すー、はー、すー、はー」
晴奈は深呼吸をして、何とか平衡感覚を戻そうとするが、地面は一向に傾いたままだ。
(参ったな、急坂だ)
右脚にこれでもかと力を入れ、無理矢理に踏ん張る。
この間、イチイは何とか頑張ってくれていたようだが、どうやら限界に達したようだ。純粋な獣の声で、くあああ、と叫んだ。
「来い、白狐」
体を傾けたまま、晴奈が挑発した。その挑発にイチイが乗り、叫びながら飛び込んできた。
「『火射』ッ!」
晴奈の刀から炎が走る。凍てつく空気を切り裂き、燃える剣閃がイチイへと飛んで行く。
「『マジックシールド』!」
どうやら獣になっても魔術は使えるらしい。イチイのすぐ手前で、炎は魔術の壁に阻まれ四散した。
「姉さん、あの」
良太はイチイが殺されないよう晴奈に耳打ちしようとするが、まだ鼓膜の治らない晴奈が応えるはずも無い。
「おおおおッ! 『火閃』!」
晴奈は刀に炎を乗せたまま、イチイへと飛び込む。刀を振り上げ、イチイのすぐ手前、「壁」に向かって振り下ろした。
「グアッ!?」
振り下ろした瞬間、炎は火花に形を変え、飛び散る。炎が散ると同時に、「壁」に幾筋もの亀裂が入り、消滅する。
「はー、はー、はーっ、はーっ、ぜぇ、はああ……」
だが、その一撃で晴奈の体から、力が抜ける。肩で息をし、体勢を整えようとするが、脚に強い痺れが走り、動けなくなった。
「くそ、ここまで、か……ッ」
晴奈の手から、刀が落ちる。晴奈自身もその場に崩れ落ち、動かなくなった。
「ね、姉さん!」「落ち着いて、良太」
いつの間にか柊も回復したらしく、良太の後ろに立っていた。
「あれは相討ちよ」「え?」
おたおたしながらも、良太は晴奈とイチイの様子を伺う。晴奈はうずくまったまま動かない。イチイは――晴奈の一撃で額を割られ、仰向けに倒れていた。
「姉さん、聞こえますか?」「ああ、聞こえている」
柊の癒しの術で、何とか晴奈の聴力は戻った。だが、脳への衝撃はすぐに治るものでは無く、近くの小屋まで運んでもらい、横になっていた。
イチイも倒れている間に鎖と荒縄で縛り、檻に入れた。そのまま目を覚ますのを待ち、話ができるようならしてみようかと言うことで、謙たちを呼んでおいた。
「んで、その狐、何て名前だったって?」
「えっと、アマハライチイさんです」
「アマハラ……、天原、か?」
「多分、そうかも……」
なぜか、謙の顔が険しくなる。良太の顔も、ひどく不安そうだ。周りの自警団員たちも、神妙な顔をしている。
「天原って、まさか、あの天原か?」
「まさか。名士だぞ、天原家は」
「いや、しかし。うわさに聞けば、桂氏は……」
「言うなって。どこに奴の間者がいるやら」
晴奈は小声で、良太に尋ねてみた。
「良太、天原って何だ?」
良太も小声で、ゆっくりと説明する。
「えっと、この辺り一帯を治めてる『狐』の名家で、天玄に住まわれてるんです。何でも、今の当主はそのー、……変わり者、だとか」
「ふむ」
と、その時。檻の方からガタ、と音が聞こえた。
「ガッ、グアッ、ギャッ」
イチイが檻を揺らし、しきりに吠えている。どうやら、今は獣の状態らしい。
「イチイさん、あの、イチイさーん」
良太が檻に近寄り、イチイに声をかけてみる。
「ギャウッ、グウウ」
だが、一向に人間の言葉をしゃべる気配が無い。団員たちも、懐疑的に見ている。
「本当に、あれが人の言葉を……?」
「どう聞いても、獣が吠えているとしか」
「ガセじゃないのか?」
良太もやや、困り気味に声をかける。
「イチイさんー、あの、起きてくださいよー」
「ギャッ、ギ……、ぎ、ぎ、き、つい。しょう、ねん。なわを、といて……、もらえ、ないか?」
団員たちがそれを聞き、ざわめき出す。
「……今の聞いたか?」
「あ、ああ。人の、言葉だ」
「まさか、本当に?」
良太は檻を開け、縄と鎖を解いてやった。イチイは少し深呼吸をして、周りにいる者たちを一瞥した。
「あ、あ。ありが、とう、しょうねん。……だんだん、頭が、はっきりして、きた。……ここは、どこだ? えーと、その、……少年」
「あ、良太と言います。桐村良太。えっと、ここは天玄から南にある、英岡と言う街です」
「そうか、ありがとう良太君。
……改めて、名乗らせていただこう。小生の名は、天原櫟。天玄の……」
名乗ろうとした、その一瞬。小屋全体が、グラリと揺れた。
「な……」
声を出す暇も無かった。
切れたのだ。
まずは、小屋。良太の目の前から真横に。線を引くように。
続いて、檻。鋼鉄製の檻が、粘土のように叩き斬られた。
そして最後に、檻の中のモノ。
「あ……」
良太の前半身が、真っ赤に染まった。
しかし――良太には、ケガは無い。
「い……」
晴奈も、柊も、そして謙たち団員も。
何が起こったのか分からず、そして、動けなかった。
「イチイさん!? い、イチイさあああん!?」
良太は力の限り叫んだが、それに答える声は無かった。
「作戦終了しました」
《ご苦労でした。まったく、あっちこっち逃げるから面倒だったでしょう?》
小屋から離れた、小さな丘に。顔を布で覆った、黒ずくめの人間が立っていた。
「いえ、それほどでも。……それと、もう一つご報告が」
《何でしょう?》
「従姉妹殿を見つけましたが、どう致しましょう?」
《従姉妹? 僕の? 誰?》
「棗様です」
《ああ、そんなのいましたね。でも、まあ、今さら来られても相続問題とか、色々面倒です。とりあえず、放っておいてください》
「分かりました。それでは帰投します」
黒ずくめの人間は、夕闇に溶けるように姿を消した。
11 | 2024/12 | 01 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
29 | 30 | 31 |