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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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蒼天剣・逢妖録 7

晴奈の話、43話目。
見えない敵の片鱗。

2008.7.15 修正。



7.

 晴奈は良太の手をつかんで、どうにか立ち上がる。

「大丈夫ですか、姉さん?」

 晴奈は良太の顔をじっと見ている。と、唐突に顔を傾け、耳を叩く。すると、真っ赤な血がボタボタと、もう片方の耳から垂れてきた。

「ひゃっ!?」

「あの叫び声で、鼓膜がおかしくなった。お前が何言ってるか、分からぬ」

 今度は反対側に首を傾ける。同じように耳にたまった血を抜き、ようやく地面に落ちていた刀を手に取る。

「うー、吐きそうだ。何故、こんなに地面が揺れているのだ」

 その言葉と、ユラユラと体を揺らす仕草から、良太は昔読んだ医学の本に、そう言う症状が書かれていたことを思い出した。

(あの術、多分音で耳を潰すんだ。いや、耳だけじゃなく、耳の奥――脳まで揺さぶってるんだ。多分姉さん、平衡感覚がおかしくなってる。

 そんな状態で、戦えるのか……!?)

 良太の心配は当たっていた。晴奈が刀を構えるが、構えた途端に、体が右に傾いていく。

「お、っと」「姉さん!」

 とっさに良太は、晴奈の肩をつかむ。顔を向けてきた晴奈の目が、うつろになっている。

「無理ですって!」「何だって? ……いいや。何か心配は、してくれてそうな顔だ。問題ない、大丈夫だ良太。いいから手、離せ」

 晴奈は身をよじって良太の手をはがし、もう一度構え直す。

「はー、あー、すー、はー、すー、はー」

 晴奈は深呼吸をして、何とか平衡感覚を戻そうとするが、地面は一向に傾いたままだ。

(参ったな、急坂だ)

 右脚にこれでもかと力を入れ、無理矢理に踏ん張る。

 この間、イチイは何とか頑張ってくれていたようだが、どうやら限界に達したようだ。純粋な獣の声で、くあああ、と叫んだ。

「来い、白狐」

 体を傾けたまま、晴奈が挑発した。その挑発にイチイが乗り、叫びながら飛び込んできた。

「『火射』ッ!」

 晴奈の刀から炎が走る。凍てつく空気を切り裂き、燃える剣閃がイチイへと飛んで行く。

「『マジックシールド』!」

 どうやら獣になっても魔術は使えるらしい。イチイのすぐ手前で、炎は魔術の壁に阻まれ四散した。

「姉さん、あの」

 良太はイチイが殺されないよう晴奈に耳打ちしようとするが、まだ鼓膜の治らない晴奈が応えるはずも無い。

「おおおおッ! 『火閃』!」

 晴奈は刀に炎を乗せたまま、イチイへと飛び込む。刀を振り上げ、イチイのすぐ手前、「壁」に向かって振り下ろした。

「グアッ!?」

 振り下ろした瞬間、炎は火花に形を変え、飛び散る。炎が散ると同時に、「壁」に幾筋もの亀裂が入り、消滅する。

「はー、はー、はーっ、はーっ、ぜぇ、はああ……」

 だが、その一撃で晴奈の体から、力が抜ける。肩で息をし、体勢を整えようとするが、脚に強い痺れが走り、動けなくなった。

「くそ、ここまで、か……ッ」

 晴奈の手から、刀が落ちる。晴奈自身もその場に崩れ落ち、動かなくなった。

「ね、姉さん!」「落ち着いて、良太」

 いつの間にか柊も回復したらしく、良太の後ろに立っていた。

「あれは相討ちよ」「え?」

 おたおたしながらも、良太は晴奈とイチイの様子を伺う。晴奈はうずくまったまま動かない。イチイは――晴奈の一撃で額を割られ、仰向けに倒れていた。

 

 

 

「姉さん、聞こえますか?」「ああ、聞こえている」

 柊の癒しの術で、何とか晴奈の聴力は戻った。だが、脳への衝撃はすぐに治るものでは無く、近くの小屋まで運んでもらい、横になっていた。

 イチイも倒れている間に鎖と荒縄で縛り、檻に入れた。そのまま目を覚ますのを待ち、話ができるようならしてみようかと言うことで、謙たちを呼んでおいた。

「んで、その狐、何て名前だったって?」

「えっと、アマハライチイさんです」

「アマハラ……、天原、か?」

「多分、そうかも……」

 なぜか、謙の顔が険しくなる。良太の顔も、ひどく不安そうだ。周りの自警団員たちも、神妙な顔をしている。

「天原って、まさか、あの天原か?」

「まさか。名士だぞ、天原家は」

「いや、しかし。うわさに聞けば、桂氏は……」

「言うなって。どこに奴の間者がいるやら」

 晴奈は小声で、良太に尋ねてみた。

「良太、天原って何だ?」

 良太も小声で、ゆっくりと説明する。

「えっと、この辺り一帯を治めてる『狐』の名家で、天玄に住まわれてるんです。何でも、今の当主はそのー、……変わり者、だとか」

「ふむ」

 と、その時。檻の方からガタ、と音が聞こえた。

「ガッ、グアッ、ギャッ」

 イチイが檻を揺らし、しきりに吠えている。どうやら、今は獣の状態らしい。

「イチイさん、あの、イチイさーん」

 良太が檻に近寄り、イチイに声をかけてみる。

「ギャウッ、グウウ」

 だが、一向に人間の言葉をしゃべる気配が無い。団員たちも、懐疑的に見ている。

「本当に、あれが人の言葉を……?」

「どう聞いても、獣が吠えているとしか」

「ガセじゃないのか?」

 良太もやや、困り気味に声をかける。

「イチイさんー、あの、起きてくださいよー」

「ギャッ、ギ……、ぎ、ぎ、き、つい。しょう、ねん。なわを、といて……、もらえ、ないか?」

 団員たちがそれを聞き、ざわめき出す。

「……今の聞いたか?」

「あ、ああ。人の、言葉だ」

「まさか、本当に?」

 良太は檻を開け、縄と鎖を解いてやった。イチイは少し深呼吸をして、周りにいる者たちを一瞥した。

「あ、あ。ありが、とう、しょうねん。……だんだん、頭が、はっきりして、きた。……ここは、どこだ? えーと、その、……少年」

「あ、良太と言います。桐村良太。えっと、ここは天玄から南にある、英岡と言う街です」

「そうか、ありがとう良太君。

 ……改めて、名乗らせていただこう。小生の名は、天原櫟。天玄の……」

 名乗ろうとした、その一瞬。小屋全体が、グラリと揺れた。

 

「な……」

 声を出す暇も無かった。

 切れたのだ。

 まずは、小屋。良太の目の前から真横に。線を引くように。

 続いて、檻。鋼鉄製の檻が、粘土のように叩き斬られた。

 そして最後に、檻の中のモノ。

「あ……」

 良太の前半身が、真っ赤に染まった。

 しかし――良太には、ケガは無い。

「い……」

 晴奈も、柊も、そして謙たち団員も。

 何が起こったのか分からず、そして、動けなかった。

「イチイさん!? い、イチイさあああん!?」

 良太は力の限り叫んだが、それに答える声は無かった。

 

 

 

「作戦終了しました」

《ご苦労でした。まったく、あっちこっち逃げるから面倒だったでしょう?》

 小屋から離れた、小さな丘に。顔を布で覆った、黒ずくめの人間が立っていた。

「いえ、それほどでも。……それと、もう一つご報告が」

《何でしょう?》

「従姉妹殿を見つけましたが、どう致しましょう?」

《従姉妹? 僕の? 誰?》

「棗様です」

《ああ、そんなのいましたね。でも、まあ、今さら来られても相続問題とか、色々面倒です。とりあえず、放っておいてください》

「分かりました。それでは帰投します」

 黒ずくめの人間は、夕闇に溶けるように姿を消した。

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