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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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蒼天剣・逢妖録 6

晴奈の話、42話目。
妖狐との再戦。


6.

 1時間後、散歩から戻ってきた柊は、すっかりいつも通りの優しげな顔に戻っていた。

「お待たせ、二人とも。さあ、巡回に行きましょ」

 その顔を見て、晴奈も良太もほっとした。

(機嫌が良くなったようだ。まったく、普段怒らぬこの方にあんな態度を見せられると、ヒヤヒヤしてしまうな)

 

 

 

 巡回が始まる頃には、短い日差しで若干温くなった空気がもうすでに、冷えかかっていた。夕べよりも空気が乾燥し、より寒さが増している。

「はぁ、寒い」

 良太が鼻まで巻いた襟巻き越しに、白い息を吹く。

「これも修行みたいなもんだ。我慢しろ」

 そう言う晴奈も、良太同様鼻を隠すように襟巻きをしている。

「姉さんも寒いんじゃないですか?」

「何を根拠に」

「ほら、動物の猫だって寒いの、苦手じゃないですか。猫獣人なら、やっぱり」

「馬鹿なことを」

「……耳、プルプルしてますよ」

 晴奈は掌でぺた、と猫耳を覆う。

「うるさい。……ほら、巡回に集中しろ」

 会話をずっと聞いていた柊は、たまらず笑い出した。

「……ふ、ふふ、あははっ。本当に二人とも、姉弟みたいね」

「また、そんなこと……。勘弁してくださいよ、師匠」

 晴奈もつられて笑う。ところが、柊はひとしきり笑った後、唐突に黙り込んでしまった。

「……姉弟ねぇ。いたのかしら、わたしに」

「え?」

 柊が言っていることが分からず、問い返そうとしたその時だった。

「……晴奈、良太! 何か、感じない?」

 柊の顔が、険しくなった。

 

 柊に言われて、初めてその気配に気付いた。空気が、異様に冷え切っているのだ。すでに日は暮れているとは言え、落ちてからたったの数十分で、ここまで気温は下がらない。それに何より――獣の臭いが、漂ってきた。

「これ……は……」

「間違いない、奴だ。良太、下がっていろ」

「やっぱりまだ、この辺りにいたのね」

 晴奈も柊も静かに刀を抜き、良太を挟むように身構える。くおおん、と言う甲高い叫び声が、辺りにこだまする。

「う、わ……! 耳が、痛い!」

 良太は叫びに嫌悪感を覚え、耳をふさぐ。晴奈と柊は、身構えたまま動かない。

「ど、どこから?」

 良太はきょろきょろと、辺りを見回す。だが、昨夜の大狐の姿は、どこにも見当たらない。ふたたび、くあああ、と叫ぶ声が響き渡る。

「ひ、い……」

 良太の頭が、締め付けられるように痛む。

(よ、良く平気でいられるな、二人とも)

 耳を押さえながら、良太は周りの二人に感心していた。

 だが――よく見てみると、二人とも脚がガクガクと痙攣している。後ろを向いたままの頭が、異様に震えている。そして、耳からはするる、と血が――。

「え……!?」

 晴奈と柊は刀を握りしめたまま、二人同時に膝を着いてしまった。

「『ショックビート』……、これ、で……、うご、け……、ない」

 真正面からのそのそと、大狐が歩いてきた。

「き、みは、とっさに……、みみを、ふさいだか。にど……、も、かけた……、のに。できれば……、てあら、な、こと……、は、したく、な、かった、……のだ、が」

 狐はパクパクと、口を動かしている。それに合わせて、狐の方向から人間のような声が聞こえてくる――紛れも無く、この大狐がしゃべっているのだ。

「ひ……」

 良太は慌てて刀を構えるが、恐怖で脚が震え、動けない。

「うごか……、ないで、くれ。あまり……、てあらな、こと、は……、した、く、ない」

「た、助けて……」

 良太は怯えつつも、刀を正眼に構えて牽制しようとする。ところが、ここで大狐が妙なことを言い始めた。

「たす、けてほしい、のは、こ、……っちの、ほう」

「……え?」

「しょ、……うせい、あま、……あ、ら……、い、ち……と、もうし、ま……、す」

「あまあら、いち?」

「ああ、はら……、ちい」

「ああはら、ちい? ……あまはら、いちい? アマハラ・イチイさん、ですか?」

 大狐――イチイは大儀そうに、あごを下ろす。どうやら、うなずいているようだ。

「いか、に……も。しょう、せい、あに……えに、たばか、られ、……のよう、な、すがたに」

「え、え……?」

 イチイの声には半ば獣の吠える声が混じり、正確には聞き取れない。だが、何となくは分かってきた。

「てん、……えん、をぬけ、だし、ここ、ま、で……、にげて、きた、のだが。この、ような、すが、……たになって、は、だれ、……も、まとも、に……、せっして、くれな、……い」

 良太は混乱しつつも、イチイの話を整理する。

(アマハライチイさん、って言う、……人で。あにえ、って人にだまされて、こんな姿になって、てんえん……、天玄かな? を抜け出して、ここまで逃げてきた? でも、この姿じゃまともに取り合ってくれる人なんかいないから、……それが、妖怪の正体?)

「あ、あの、イチイさん」

「なん、だ」

 良太は恐る恐る、イチイに近付く。

「あの、街の人を襲ったって、聞いたんですが」

「そ、れは、……おそって、きた、から。……い、いや、しょうせい、もわる、……い、のだ。と、きおり、……じ、じせいが、きか……、なく、な、なる。

 あ、たま、が……、け、け……けも、の、に……」

 イチイのしゃべり方が、次第におかしくなってくる。獣の咆哮が混じり、非常に苦しそうにうめきだした。

「う、うぐ、……はなれ、ろ、しょう、ねん。しょ、しょう、せい、もう、じせいが……、が、がっ、ガアッ、グアアア!」

 突如、イチイは吠えた。どうやら、時折自制が利かなくなるらしい。良太は慌てて、倒れたままの晴奈たちを起こそうとした。

「先生! 姉さん! 襲ってきます! 早く……」

 晴奈の襟巻きを引っ張ろうと、手をかけたその時。

「しゃべるな。耳が痛い。……ゴボゴボ言ってるんだ」

 晴奈が顔を上げた。
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