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桃山、新聞配達、飴玉
俺と姫子ちゃんは深草さんを探すため、まずは情報を集めることにした。手始めにウェブサイトを作って、ネット上で情報を募ってみた。最初は「狐? バカじゃないの」だの「深草さん萌え」だの、滅茶苦茶な感想しか寄せられなかったが、次第に「その噂は聞いた」「私もそれっぽい人に会ったことがある」という、信憑性のある投稿が増えてきた。
その中に一人、「深草さんと話をした」というメールがあった。とても詳しく、その時の状況が書かれていたので、俺たちはその人と直接会って、話を聞くことにした。以下、その人から聞いた話を記しておく。
ええ、深草……さん、でしたっけ、私が若い頃、そうですね……まだ高校生の時、何度か会いましたよ。名前は、伺ったこと無いんですが。
その頃私、新聞配達のアルバイトをしていたんです。でもねぇ、京都の伏見桃山って言えば酒処なんですが、お酒造りに適した土地ということで、その分とても寒いんですよ。しかも新聞配達って言えば早朝の仕事――もう、夏以外は寒くて寒くて。原付で配りに行くんですが、走っていると耳が千切れそうに痛くなるんですよ。
あ、すいません、話がそれちゃって……深草さんの話、でしたね。ええ、そのアルバイトをしていた頃に、会ったことがあります。朝の……そう、4時半くらいですかね。そんな時間帯でも、割と起きている人は多くて。犬の散歩をさせていたりとか、開店準備していたりとか――その人も似たような理由で、起きていたそうです。
後で聞いた話なんですが、その頃かなり手のかかる物を作っていたそうで、その時だけ集中的に早起きしていたそうなんです。普段はあんまり早起きしないと言っていました。……その、朝が弱かったそうで。
「寒いなぁ……」
秋の終わり頃で、さっきも言ったようにとても、寒い。さっさと配達を終わらせて、早く帰りたいと配達の間中、心の中で唱えていました。それで、ある酒蔵の横を通ったところで、その人に会ったんです。
「ふあ、あぁ……」
とても、眠そうにされていました。その人が出てきた家――うーん、暗かったのでお店……だったかも、知れませんが――の隣に新聞を投函していたんですが、始終、その……あくび、されていました。
「おはようござい……ま、す」
まあ、そのまま無言で通り過ぎるのも変ですからね、軽く挨拶しておこうと思ったんです。でも、その……、本当に、朝が弱かったんでしょうね。
「……もしかして、朝弱いんですか?」
「ふあぁ……え? どうして分からはりました?」
「………………い、いえ。なんとなく、そんな風に思ったので」
ええ、そうなんです。その人に、狐のような耳と、尻尾が生えていたんです。とても眠たそうにしていたので、気が抜けていたんでしょうかね。「化け損ねた」っていう、そんな感じでした。でも、自分では気付いていないのか、あんまり堂々としていたので……。
「そ、そ、それ、じゃっ! 今日も一日、頑張ってくださいねっ!」
「あ、はい、ありがとさんー。……ふあ~ぁ」
耳と尻尾のことは、結局その時、言い出せなくって――逃げるように、その場を後にしました。
次の日、またその人に会いました。
「お、おはよう、ございます」
「ふあぁ……ああ、おはようさん」
その日は、耳も尻尾も生えていませんでした。でもやっぱり、気になっちゃって……新聞を投函する間、チラチラ見ていたら――その人が、コロコロという感じで笑って。
「今日は大丈夫ですわ。昨日は驚かせまして、すみまへんなぁ」
「あ、は、はい、いえ」
「いやもう、いっつもうち朝遅いんですわ。せやから、こんな時間に起きると眠とうて、眠とうて……ふぁ、あぁ」
大丈夫、と言っていましたが、その人があくびをする度に、耳が――人間の状態だと、髪で隠れていたんですが、その辺りがピクピク動いていました。
「ふぁ……。あんた、学生さんか?」
「はい、高校に……」
「そうかぁ……。大変やねぇ、こんな朝早ようから。頑張りや~」
「ありがとうございます。それじゃ、また……」
今度は、きちんと挨拶ができました。
それから……えーと、一月半くらいはその人と会っていました。2、3日に一回くらいしか会わなかったんですが、それがちょっと楽しみになっていましてね。結構、その……着物姿がきれいな、美人さんだったので。その間、あんまり込み入った話とかはしなかったんですが、最後に会った日だけ、じっくりお話、しましたね。
「おはようさん」
「おはようございます」
「ああ、そうそう。うちな、一仕事終えまして。せやから、明日からはいつも通りに――朝遅くに起きるようにしようか思いましてな」
その言葉を聞いた時、もう会えないのかと思って残念がりました。
「そうなんですか……お仕事、お疲れ様でした」
「ありがとさん。……それでな、あんたとも多分、会わへんようになるやろうから、お仕事終わったら、またうちに来てもろてもええかな? 最初会うた時、驚かせたおわびしとかなと思いまして……」
「……はい、行きます!」
名残惜しい、っていう気持ちが強かったので、仕事を終えた後すぐ、その人のところに戻りました。
仕事が終わったのが5時半くらいでしたが、まだ辺りは暗くって。その人のいるところに戻ったんですが、やっぱり最後まで家か店か、良く分かりませんでした。
「おつかれさんでした」
「ありがとうございます。それで、あの……」
「ああ、はいはい。おわびの品、ということで」
その人は着物の袖から、袋を取り出しました。
「飴ちゃん、ですわ。うちが作ったんですが――生姜が入っとりましてな、なめると体が温こうなって、風邪の予防にもなります。
これから寒うなりますし、これなめて頑張っておくれやす」
「ありがとう、ございます……」
無作法だったと思いますが、私、そこで一ついただいたんです。
とってもうまくって……涙が、思わず出そうになるほど、うまかった。
「今度は、伏見桃山か……京都中、あっちこっち回ってるみたいだな、深草さん」
話を聞き終えた俺たちは、帰りの市バスの中で話を整理していた。
「えーと、これまでの目撃場所は……円山公園、河原町、祇園、それから……伏見桃山、ですか。バラバラですねぇ、ホンマ」
姫子ちゃんはメモ帳に眼を通しながら、頬に手を当ててうなっている。
「まだまだ、見つかりそうにないですねぇ。ホンマに会えるんかなぁ、深草さん」
桃山 新聞配達 飴玉 終
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