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再会、祟り、たそがれどき
京都に着いとすぐ、深草さんが迎えに来てくれた。
「ホンマに、よう来はりましたなぁ。ご苦労さんです」
「あ、いえ、そんな……」
「さ、こっちに」
深草さんはあたしの手を引き、タクシー乗り場へと向かう。
「今日は、お店お休みなんですか?」
「ええ、まあ。道楽でやっとるお店やさかい、少し休んでも問題ありまへん」
「すみません、あたしのために」
「いえいえ、それだけや無いですよ」
「え……?」
聞き返そうとしたが、そこでタクシーの前に着いた。そのままタクシーに乗り、深草さんは運転手さんに行き先を告げる。どう言う意味なのか、聞きそびれてしまった。
「東山の方で」
「はい、分かりました」
運転手さんとは知り合いなのか、たった一言で、タクシーは動き出した。運転手さんはミラー越しに、深草さんに尋ねる。
「深草さんの、お客さん?」
「はい、こないだ来はりまして」
「ほー。お嬢ちゃん、深草さんとはどこで知り合ったんです?」
運転手さんがバックミラー越しに、あたしに尋ねてきた。
「あ、京都駅の……」
「ああ、はいはい、あそこなー。あそこは見つけにくかったんとちゃいます?」
え、ちょっと。あたし、しゃべってるよね?
「え、あ……」
「いやね、おじさんもこの前、探してみたんやけどねー。なーかなか見つからへんねん、ははっ。
でな、円ちゃんに電話してみたら、『今日お休みするって言うてはったー』って言うんやな、ははははっ。おもろい話ですわ」
「は、はあ」
この運転手さん、乱暴なしゃべり方をしてくるし、笑い声もでかくて、マジうるさい。話をすると言うよりも、一方的にまくし立てられている感じだ。誰よ、円ちゃんって?
「ちょっと、羽鳥さん。そんなぺちゃくちゃされてたら、困らはるでしょ」
あたしの気持ちを察したのか、深草さんが運転手さん――羽鳥さんをたしなめた。
「あはは、こりゃ失礼しましたっ」
羽鳥さんはゲラゲラ笑って謝っている。ああ、笑い声がうるさい。何か、マジむかつくなぁ、このオッサン。
羽鳥さんの話に付き合わされているうちに、あたしたちは目的地に着いたらしい。タクシーが止まり、ドアが開いた。
「はい、到着です。お忘れ物、無いようにね」
深草さんはそのままタクシーから降りる。あれ、お金は?
「ほな、また」「はい、どーもー」
タクシーはそのまま走り去っていった。振込みか、何かで払うのかな?
「さ、こっちに」
タクシー代を気にするあたしに、深草さんが声をかける。
「あ、はーい」
我に返り、慌てて付いていく。少し歩いたところで、古めかしいお店に着いた。あ、この柵みたいなのって、何か京都っぽいな。
「それは、犬矢来言いますのんや」「ひゃ」
何であたしの考えてること分かったの、深草さん?
店の中に入ると、奥のレジ前に、あたしと同い年くらいの、黄色い着物を着た女の子がちょこんと座っていた。
「あれ?」
よく見てみると、その子は以前、修学旅行の時に、あたしたちの班に名刺を渡した子だ。あ、もしかして、この子が――。
「円、来てたんか」
「うん。嵐山のんに行ったら、閉まっとったから。何も聞いてへんから、何かあったんかなー思て」
円ちゃんは深草さんにふにゃりと笑いかけ、そこであたしに気付いてぺこりと頭を下げた。
「あ、はじめまして。深草円って言います」「……あほ」
円ちゃんが挨拶した途端、深草さんが呆れた顔で、円ちゃんの頭をぺしっと叩く。
「いたぁ、何すんの~?」
「何やないでしょ、円。この子に名刺あげたん、誰やのん?」
「……あ」
あたしのことを、マジで忘れていたようだ――円ちゃんはすぐに申し訳無さそうな顔をし、謝ってきた。
「ごめんなさい、うち忘れっぽくて、えへへ」
「あの、円ちゃんって、深草さんの?」
「あ、はい。うちの母さんです」
円ちゃんはまた、ふにゃりと笑った。
深草さんが気恥ずかしそうに咳払いし、話題を変える。
「コホン。ええと、それでな。『狐護扇』ってあったやろ? あれ、関東の方で強い邪気に触れて、痛んでしもたらしいんや」
「えー、それって危ないんちゃうん?」
円ちゃんは途端に、不安そうな顔になった。その様子を見たあたしも、不安になる。
「あの、渡した方が、いいですよね、これ」
あたしがカバンの中から箱を取り出そうとした時、深草さんがカバンに手を添えてさえぎった。
「あ、ちょっと待ってください。今開けると、多分えらいことになります」
「え」
その言葉に何か恐ろしいものを感じ、カバンを開けずにそのまま、深草さんに手渡した。
「葛葉さんも、夢、見てまへんでした?」
「え、えーと、狐のですか? あ、はい、ここに来る途中の新幹線で――ほんの一瞬ですけど――狐があたしの足元に来て、『七代祟ってやる』とか言ってた夢を」
「うーん、そうですかー……」
深草さんはカバンを床に置き、はーっとため息をついた。
「お父さんに聞いた話と、その祟るっていう夢――葛葉さんの、お母さんの血筋の人が、何か、狐に罰当たりなこと、したみたいやね」
「狐の、祟り、ってことですか?」
「そう、そんな感じですわ。
でも、詳しいことはまだ、よく分からへんから――ちょっと、見に行ってみましょか」
そのまま夜を迎え、あたしと深草さん、円ちゃんは夕焼けに染まった道を歩いていた。
「昔からね」
深草さんがぽつり、ぽつりとあたしに説明する。
「夕暮れは『たそがれどき』言いますねん」
「たそ、がれ?」
「今は『黄昏時』と書くんですが、語源は『誰ぞ彼(たぞかれ)時』言いまして、夕焼けで暗くなっとると、向こうから歩いてくる人の顔が、誰やら分からへんから、そう言っとったそうです」
「へぇ~」「ふーん……」
円ちゃんが感心したようにうなずいている。あたしも同じように、うなずいていた。
「でも、『たそがれどき』にはもう一つ、呼び名がありましてな――何やら分からへんモノに出会う時、『逢魔が時』とも言いますねん」
「おうま、が、とき」
その恐ろしげな語感に、あたしはぞくりと寒気を感じた。
「この時間帯は、何や分からへん、誰や分からへんモノに、出会えるんです――逢い方さえ、知っとったら」
深草さんがそう言った瞬間、狐耳と尻尾が深草さんに現れ、そして地面が少しだけ、傾いたような、気がした。
気が付くと、景色がまったく変わっていた。さっきまで、夕暮れの京都を歩いていたはずなのに、まったく違う場所に、あたしたちは立っていた。茜色だった空も、真っ黒な夜空に変わっている。
「え……?」
「さ、見てみましょ。昔、何があったのか。何を、したはったのか」
そこは、とても見覚えのある場所――祖父の会社の近所だった。
再会、祟り、たそがれどき 終
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