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迷子、円、その店
「あれ? さっきの「ちょっと、すみません。聞きたいこと、あるんですけど」え?」
太丸さんはけげんな表情を浮かべている。あたしは恐る恐る、尋ねてみた。
「前に迷った子、って――どんな子、ですか?」
太丸さんは困った顔で首を振る。
「あ、いやいや。それはちょっと、言われません。ほら、個人情報の保護とか、そんな感じで」
「そこを何とか」
「いや、あきませんて」
「どうしても、ダメですか?」
「はい、どうしても」
太丸さんは頑として譲らない。そこであたしは、鎌をかけてみることにした――確実に、太丸さんは「あの店」を知っている、あたしの直感はそう言っていたのだ。
「ほな、これだけ聞きます」
「……何ですか?」
「狐も、山で迷うんですか?」
太丸さんの顔が凍りついた。
「……コホン。何の、冗談です?」
太丸さんは明らかに、動揺している。あたしはさらに押していく。
「太丸さん、言うてましたよね。『あの子も狐なのに何で、山で迷うんやと』って」
「言うてませんよ、そんなこと」
「えー、山歩いてた時に言うてましたよ」
「いやいや、言うてませんて」
「いや、言うてましたって~」「……何を探ろうとしてるのか、知りまへんけどな」
そう言って、太丸さんはあたしに顔を近づけ、耳打ちした。
「あんまり、それは言いふらさへんように言われてますんや。後で、こっそり話しますから、今日はこれで帰ってもろてええですか?」
結局、その日は太丸さんに話を聞くことはできなかった。だが次の日、太丸さんはあたしたちのところに、メールを送ってくれた。
「こんにちは、太丸です。サイト、拝見いたしました。
桃山さまがお尋ねされた件、こちら側の諸事情により、その場で話すことがはばかられたため、こちらでお話します。
まず、山で迷った狐の件ですが、確かに、2年ほど前に会ったことがあります。ただし、その子と本宮に、関係はございません。それについては後述します。
その子の名前は「深草 円」。お二人がお探しの、「深草 環」さんの娘さんです。詳しい家族構成は存じ上げませんが、今は母娘で暮らしているとのことです。
「……せーん。すいませーん。誰かいませんかー」
夜の見回りをしていた時です。どこからか声が聞こえてきたので、私はそれに応えてみたんです。
「どうしはりました? どこにいはりますか?」
「ここですー。すいませんー」
少し歩いたところに、その子がうずくまっていました。
「どうしはったんですか、こんなところで」
「道が、分からへん、なったんです」
暗くて顔が分からなかったんですが、声の感じでちょっと泣いとるなと分かりました。安心させようと思て、持っていた灯りでその子を照らしてあげたんです。そしたら――。
「お?」「あっ、その」
その子はすぐ、耳を手で隠したんですが、指の間から、フサフサした毛がこぼれていました――そう、狐耳が生えとったんです。
「嘘やろ、まさか」
「み、見んといてください」
「いくらうちで狐がお遣いさんになっとるからって、ホンマにこんな、その、化身がおるとは」
「あ、うち、そのー、お稲荷さんの観光来てただけで、お遣いとちゃうんです」
「は、あ?」
聞くところによると、円は京都中を周って、お母さんの商売を手伝っているそうなんです。観光客の方に名刺を配って案内したり、売れそうなものをかき集めたりね。ただ、あんまり役には立ってないそうなんですが。
「名刺はええアイデアやと思ったんですけど、お母さんに『恥ずかしいから止めてえな』言われるしー、なかなかうまく行かないんですよー」
「そうかー、そら残念やったな」
話しとるうちに、それなりに打ち解けて――と言うか、結構人懐っこい子でしてな――色々、話してくれました。でも一つ、不思議なところがあったんですよ。
「その店――えーと、『たまきや』、やったっけ――何か聞いてたら、東山やら河原町やら、支店が一杯あるみたいやけど、僕聞いたこと無いで、その店。
それに、お母さんが一人で、って言うことやけど、そんなたっぷり支店があったら、お母さん一人じゃやってけへんのちゃうん?」
私がその疑問を口にした途端、円はにやっと――それこそ、狐のように目を細めて――笑たんです。
「へっへー。そこなんですわ、うちの店のすごいとこ。
お母さん、うちと違てみょーな力、あるんですよ」
「妙な力、て?」
「あっちこっち、自由にポーンと現れよるんです。北大路にいるかと思たら、あっちゅー間に伏見に現れたりとか。後、色んな物、手を使わずに動かしたり、空中に浮かばせたり。
で、その力使て、あちこちに『入り口』作ってるんですよ」
「入り口……?」
「京都のあちこちにある空家とか、そう言うのんの玄関と、うちの店の玄関をくっつけて、入れるようにしてるんです」
まるで外国の話みたいでしたわ――聞いてて何言うてるかまったく、分からへん。
どうしても分からへんかったんで実際に、店に連れてってもらいました。
「さ、ここですわ」
ここですわ、言われましたけど――前にあるのはどう見ても、ボロ家でした。
「ここ……?」
戸を開けてみたんですけども、中もやっぱり空家でして。
「……何も、無いで?」
「あ、もうちょっと待っててください。まだつながってないです」
また、分からん話ですよ。
「はあ?」
「この場所はー、えーと――あ、10時からです。まだ、10時5分前なんで」
「うーん……」
半信半疑のまま、5分待っとったら――ボロ家から女の方が、出てきはりました。
「あら?」「おはよー」
円がひょいと手を挙げて、その人に挨拶しました。
「あら、円。その方、どちらさん?」
「伏見稲荷の人で、太丸さん。こないだ迷ってしもて、お世話になったんや」
「……あほ」
環さんは呆れた顔で、円ちゃんの頭をぺしっと叩かはりました。
「いたぁ、何すんの~?」
「あんた、狐の子やろ……。お稲荷さんで迷てどないすんのん、もう」
「……てへっ」
円は恥ずかしそうに、ふにゃっ、て感じで笑てました。
以上が、私が知る『たまきや』の話です。円より、『お母さんから、急がしなってかなわんから、あんまり宣伝せんといてー、って言われてしもたから、内緒にしといてな』と言われているので、人目につくところでの話は控えさせていただきました。
もし、もう一度会いたいと言うのであれば、円に話を通しておきます。返事、お待ちしています」
あたしたちはすぐ、太丸さんに返信した。
これでようやく、会える。そう思ったあたしたちの胸は、とても高鳴っていた。
迷子、円、その店 終
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