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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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犬矢来、水撒き、人形

新しい小説できました。
僕の好みが色濃く現れてます。
それだけに、友人に試作版を見せたとき、あちこち突っ込まれちゃいました。
もちろん、その分洗練されたと思いますが。

追記をクリックしてお読みください。


<2007.7.25追記>
・タイトル変えました。
・友人から指摘を受けた部分を修正しました。

   犬矢来、水撒き、人形

 

 あれは6年前の夏だった。当時大学生だったあたしは夏休みを使って、京都を旅行していた。京都と言えば祇園、という妙なイメージがあたしの中にあったので、そこをブラブラとうろついていた。

「わあ~……本当にこんなのあるんだ。時代劇みたい」

 古風な通りを歩いていると、竹で作られた柵のようなものが目に入る。

「何て言うんだろ? うーん……」

 あたしがその柵の前に突っ立って眺めていると、横から声をかけられる。

「それは、犬矢来(いぬやらい)言いますのんや」

 振り向くとそこには割烹着を着た、着物姿の女性がいた。声の感じでは40くらいだと思ったが、姿はもっと若く見える。

「雨が跳ねたりとかで壁が汚れるのを防いでますのんや。見栄えの悪いお店さんなんか、お客さん、よう入って来いひんからね」

 それでようやく気付いたのだが、どうやらそこは何かのお店だったらしい。すぐ前に立っていたあたしは慌てて飛びのき、おばさんに頭を下げる。

「あっ、す、すいませーん、気がつかなくって」

「ええよ、ええよ。どうせ道楽で出してるさかい」

 おばさんはコロコロと笑う。

「良かったら、見て行ってください。ええもんありますえ」

 

 中に入ると、そこは雑貨屋のようだった。棚にいろんな小物が置いてある。壁や天井からも色々と吊り下げられ、ゴチャゴチャした感じだ。でも不思議と、せわしない印象は受けない。むしろ、きっちりまとまっているような……このお店全体が、ひとつの完成した世界のように感じられた。

「ここにあるのんはみんな、うちの手作りなんですわ」

「え……これ、全部ですか!?」

「はい、うち器用やさかい、何でも作れますのんや」

 おばさんはまたコロコロと笑い出す。

「へぇ~……あ、この狐ちゃんかわいー」

 あたしは棚の上に置いてある、陶製の白い狐に目をやる。

 良く見ると、このお店には狐をモチーフにした小物が多い。その中でも、その狐人形はつるんとした丸っこい顔と体に、陶製とは思えないふさふさ感を持つ耳と尻尾が付いていて、ひときわ愛らしく見える。あたしはその人形の前で足を止め、熱心に見入っていた。その様子を横で見ていたおばさんが嬉しそうに声を上げた。

「ええでっしゃろ、それ。うちも気に入っとりますのんや。今まで色んなお人形さん作ってきたんですけど、その子は一番ようできとりましてなあ……そやから、お売りは出来ませんのやけどね」

「あらー……残念ですね」

 あたしもその狐は一目で気に入ってしまった。他にいいものは無いかとあちこち見回すが、残念ながらこの狐より目を引く物が見当たらない。

 どうしてもその人形が欲しくなったあたしは、少しわがままを言いたくなった。

「あの……どうしても、売っていただけませんか?」

「せやから、うちも気に入っとりまして……」

「そうですか……」

「それにねえ、この子もここ離れたくない言うとりましてな……」

「この、子……が? 」

 おばさんが何を言っているのか良く分からず、あたしはおばさんと狐を交互に見ていた。

「ええ、言葉はしゃべらへんのやけど、目で語りかけてきますのんや」

「……目、で、ですか?」

 あたしは人形を見つめてみる。しかし、どう見てもその目は釉薬を付けられた、ただの点にしか見えない。

「うーん……どう見ても、ただの人形にしか……」

するとおばさんが変な事を言い出した。

「うち、狐なんですわ。せやから少し、面白い力ありましてな……」

「は……はあ?」

 突拍子も無いおばさんの言葉に、あたしはおばさんの正気を疑った。いぶかしげに見つめるあたしを残し、おばさんは桶と柄杓を持ってお店の外に出る。

「ま、そこで見ていておくれやす」

 そう言うとおばさんはぱっ、ぱっと水を撒き始めた。

 

 

 

 水音がしない。撒かれた水が、一滴も地面に落ちていかない。空中で無数の水玉になって止まっている。

「え……!?」

 あたしは思わす声をあげる。瞬く間に、お店はキラキラと光を反射する水玉で覆われた。

「これは……え……どういう……!?」

 状況がまったくつかめず、まともな言葉が口から出てこない。

「ま、こんな感じなんですわ」

 おばさんはコロコロ笑いながらお店の中に戻る。戻った途端、外に浮いていた水玉がバシャバシャと地面に落ちていった。

「え、こ、これ……えっ、ええ!?」

 戻ってきたおばさんを見て驚いた。先ほどまで普通の人間だったはずだが、耳がケモノっぽくふさふさとした耳に変わっている。良く見れば、同じようにふさふさした尻尾も生えている。まるでさっきの人形のような……。

「き、き、き、きつっ、狐!?」

「はい、うち狐ですねん」

 おばさんは事も無げに返す。あたしはその場にへたり込んでしまった。

「あら、大丈夫ですか? ちょっとー……びっくりさせ過ぎてしまいましたな……」

 

 おばさんが申し訳無さそうに椅子とお茶を持ってきてくれた。あたしは椅子に座り、先程の不思議な「水撒き」を何度も思い出し、湯飲みを手にしたまま呆然としている。

「ホンマにすんませんでした……お客さんそないに驚くとは……」

「あ、いえ……もう、大丈夫です。……あの、良かったら……」

「はい? なんでっしゃろ?」

「……耳、触らせていただいてもいいですか?」

「ああ……ええよ、ええよ。ほれ」

 おばさんはあたしが座ったまま触れるように、あたしの前に屈んでくれた。触ってみると、確かに動物っぽい……本物の狐耳だった。

「うわあ……ふさふさ。……可愛いかも」

「もう、お客さん何言うとりますのんっ」

 おばさんは少し恥ずかしそうに笑う。

「本当に、狐……さん、なんですね」

「ええ、神通力言いますか、そういうのがありますのんや。それでか知らんのんやけど、作る人形にも、何ちゅうか……魂こもってしまいますねん」

「あ、それで……『語りかけて』って」

 おばさんは立ち上がり、さっきの人形を持ってきてくれた。先程は何も感じられなかったが、改めてこの人形をじっと見ていると不思議な躍動感を感じる。何も言わず、ピクリとも動かないが、その目は本物の……生き物の目のように、見えた。

 

 その様子を見ていたおばさんが「あらぁ……」と声を上げた。

「この子、お客さんの事えらい気に入らはったようですわ。……ええでしょ、お譲りしますわ。大事にしてやっておくれやす」

「あ……ありがとうございます!」

 あたしは椅子から立ち上がり、おばさんにお礼を言う。

「お代は……そうですなぁ。ちょっと高う付きますさかい、そのー……時計、と交換で、よろしおすか? ……うちも、その時計ええなあと思うてしまいまして」

 おばさんは恥ずかしそうにまた笑った。あたしもこの時計は気に入っていたのだが、この狐人形にすっかり心を奪われていて、すんなりと交換を承諾してしまった。

「……はい、分かりました。じゃあ……これで」

「おおきに……また来ておくれやす」

 おばさんは交換した時計を腕にはめる。着物姿と妙に似合っていて、あたしは少し悔しくなった。おばさんは時計が気に入ったらしく、時計をはめた手を振って、またコロコロと笑った。

 

 

 

 その時の狐の人形は今でもあたしの部屋に飾ってある。でもなぜか、あの時感じた生き物っぽさはあれ以来感じられなかった。また、それから2度、あたしは京都を訪れたが、あのおばさんのお店はあれ以来、どうしても見つける事が出来なかった。

 今でも、あのお店とおばさん、そして幻想的な水撒きの様子は鮮明に覚えている。出来るならもう一度あのお店に寄って、あの綺麗な水撒きを見てみたい。それから、おばさんがまだあたしの時計をしてくれているのか、も。

 

犬矢来、水撒き、人形 終

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