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河原町、タクシー、お茶
なんで倒れているのかな? 起き上がれない。
なんで倒れているのかな? えーと、ここはどこ? 僕は……いや、それは分かる。
確か僕は、河原町に来ていたんだ。うん、それは覚えてる。何時間経ってるのか分からないけれど、来たのは夕方のはず。まだ夏だから、空は明るかった。それは確かだ。
だから、えーと。うん……なんだったっけ……なんで倒れているのかな……?
そうだ、飲みに来てたんだ。確か……合コンだっけ。いまいち盛り上がらなかったから、一気飲みで盛り上げようとしたんだった。何杯飲んだっけ?
あ、そうだ。大ジョッキで、4杯だっけ? 本当に倒れるんだな……冗談だと、思ってた。
でも、なんで……僕一人なんだろう? みんな、どこに行ったんだ?
ああ、そうだ……結局盛り上がらなくって、解散したんだった。僕は四条駅に行こうとして、……行こうとして。どうしたんだろう?
そうか。だから倒れているんだ。
「お兄さん」
なんですか?
「お兄さん、生きてはります?」
生きてます。はい。
「お兄さん、お兄さん……アカンわ。返事しはらへん……」
いや、生きてますって。……あれ? 声、出てない?
「うーん……どないしよかなぁ……」
……ごめんなさい。頑張ってみましたが、声、出せませんでした。……あ、目は開く。このおばさん、かな? うわぁ……すごく心配そうな目で見つめられてる。……綺麗だな、この人。
「あ、起きはった。お兄さん、大丈夫?」
大丈夫じゃないです。
「うーん……ちょっと、ゴメンなぁ」
え? ん? 背中に何か当てられてる……あったかい。手、かな?
「むにゃむにゃ……活っ」
「う」
痛い……何したんですか?
「気、つかはりました?」
「うー……うん。らいりょうう、れす」
「いやぁ……大丈夫そうや無さそうですわ。ろれつ、回ってはりませんもん」
「いあ、ほんろうり、らいりょううれすっれ」
あー……本当だ。自分でも何言ってるか分かんないや。幻覚まで見えてる……おばさんに、狐耳が生えてるし。めちゃくちゃ酔ってるんだな……。
「とりあえず、ウチに運びますわ。このまま放っとったら、いくら夏でも体壊してしまいますわ」
すみません、ありがとうございます。……まだ幻覚が見える。遠ざかっていくおばさんに、尻尾が生えてる。
おばさん、どこに行ったのかな?
「……すみまへん、ホンマに……うち一人では、よう運べませんで」
「いえいえ、深草さんのお願いでしたらいつでも来ます」
「おおきに……」
あ……タクシー、呼んでくれたんだ。深草……って、あのおばさんのことかな? ……やっぱりさっきのは幻覚だったのかな。狐耳なんて、生えてない。もちろん尻尾も、無い。
「あー、このお兄さんですね。よ……っと」
あ、痛てて。引きずってます、痛い。
「それじゃ、深草さんは前に……」
「はい……あ、一応手当てはしましたさかい、吐いたりはない……と思います」
「助かります」
手当て……確かに、「手」当てかな。うん……なんか、さっきよりずっと、楽になってる。なに……したんだろう、深草さん?
「よいしょー、っと! ここでいいですか?」
すみません、痛いです。
「あ、ちょっと待っとってください。今、ゴザ持ってきますさかい」
度々すみません。
「よし……それじゃ、私はこれで」
「おおきにー」
乱暴だな、この運転手さん。グイグイ引きずるから、あちこち痛い……。
「さて、とー……お兄さん、気分はようなりました?」
「えー……さっいよりあ、ようなっらんれすけろ」
「まだちょっと、きつそうな感じがしてはりますねぇ。……ちょっと待っとってくださいね」
ご迷惑おかけします。……なんだろう、ここ? お店……かな。なんか色々置いてある……。
あれ……? あの兎がついたカラビナ。確か、雑誌で見たことある……確か、3年前に話題になった、どこかのアクセサリ専門店の、限定商品だっけ。
……先輩の話、思い出した。学生時代、狐に化かされた話……コインを買うのに、お金の代わりにカラビナ渡した、って言ってたっけ。カラビナ……狐……雑貨屋……まさか、僕が今いるお店って……。
「お待たせしました。はい、お兄さん。これどうぞ……」
「あ、すいあせん」
お茶……かな。いい香りしてる……うげ、すっごい苦いけど、口のなかがすっきりして……美味しい。
「どうです? 気分、ようなってきはりました?」
「え……そう言えば、はい」
「これ、胃薬にも使われるお茶やさかい、胸がすーっとしますやろ? 最初はちょっと苦いねんけど、人によっては病みつきになる方もいはりますのんや」
「そうなんですか……」
本当に、美味しいなあ……。
「もう大分、落ち着かはりました?」
「はい……すっきりしました」
すっかり長居してしまった。かなり長い間、横になっていたような気がする。
「あの……深草、さんでしたっけ」
深草さんがきょとんとした顔をする。
「あれ? うち、名前教えました?」
「いえ、タクシーに乗せてもらったときに……」
深草さんがポンと手を打った。
「あーあーあーあー、なるほど~。そう言えば言うてはりましたな。……それで、なんでしょ?」
「その……ご迷惑かけて、すいませんでした。お店のど真ん中で……」
「ああ、まあ……あんなところで倒れてはったら、こらアカンと思いまして……まあ、店は道楽でやってますさかい、気にせんでええよ」
深草さんは口を隠し、コロコロと笑っている。
「いや、でも……」
「そうやなあ……それやったら、助けたお礼もかねて、ってことで何か、買っていかはりますか?」
そうだな……そうしようかな。むしろ、営業妨害してしまったんだし、何か買わないとまずいよな……。
「えっと、それじゃ……この、お茶って、まだあるんですか?」
「お茶ですか? ありますけど……そんなんで、ええんですか?」
「はい……美味しかったので」
またコロコロと笑っている。
「お兄さんも、このお茶のとりこにならはりましたか。……いいでしょ、それじゃ……こんなもんで、どうですやろ?」
和服に電卓……うーん、マッチしないなぁ。……って、えぇ!?
「う……こ、これは」
「高いですか? 申し訳ないんやけど、これ以上はちょっと勉強できまへんですわ……」
まずい、なんか変な空気になってる。なんとかしなきゃ……そうだ!
「そ、そのっ……この、サイドバッグと交換じゃ、ダメですか?」
これなら吊りあうかも。……まだわりと新品で気に入ってたし、もったいないけど。
「うーん……むー……まあ、これと交換ということやったら……分かりました、手ぇ打ちましょか」
あー……呆れられてる。悪いことしたなあ……本当に。
深草さんには大変申し訳ないことをしたと、今でも思っている。あの後改めて、お茶の代金を渡そうと店を探したが、2年経った今でも、まだ見つけられない。
お茶は本当に美味しかった。サイドバッグと交換して手に入れた分は、すぐ飲み干してしまった。どうしてもまた飲みたくなって、わずかに残った茶葉を持って京都中のお茶処を回ったが、どこにも同じお茶は置いていなかった。どの店からも、「こんなお茶は一度も見たことが無い、一体どこで手に入れたんだ?」と不思議がられた。
あれ以来、酒はあまり飲まなくなったが、こっちの方はまた……飲みたい。
河原町、タクシー、お茶 終
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