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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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円山公園、雨宿り、本

深草さんの話、4話目。
一期一会、っていう言葉はありますが、
それでももう一回会ってみたい人も、いなくはないわけで。



円山公園の桜は、夜見に行くとライトアップされてて綺麗なんですが、
人が集まる分露店が多く、ゴミも多かったり酒臭かったり。
ちっちゃい子が来たら泣きますね、多分。

   円山公園、雨宿り、本

 

「でな、店出る時に、おばさんの方を、振り返ったら……」

 藤森先輩がまた、あの話をしている。祭りの夜に道に迷って、狐に化かされたという話だ。先輩は酔う度にこの話をする……うぜぇ、もう聞き飽きたっての。

「狐になってたんでしょ、そのおばちゃんが」

「……オチ言うなよ。それに、『狐になってた』んじゃない。狐の耳と、尻尾が『生えてた』んだ」

「だから狐になったんでしょ? 先輩、飲みすぎですよ」

 先輩が俺をにらんでくる。ああもう、短気だなあ。

「だから違うんだって……ああ、もういいや。ま、そーゆー話があった、ってことだ」

「へぇ~」

 新入生の桃山ちゃんが、オレンジジュースを抱えながら――未成年だからソフトドリンクである――相槌を打った。とても興味深そうに先輩の話を聞いていた彼女は突然、変なことを聞いてきた。

「あの……藤森、さんでしたっけ」

「ん? なに?」

「その……狐耳のおばさんって……どこで会いました?」

おいおい……先輩の与太話、真に受けてるのかよ? 部に入った時から、この子は「不思議ちゃん」だと思ってたけど……。

「うーん……それが、さっぱりなんだよな。四条烏丸の辺りなのは間違いないと思うんだけど、詳しい場所がさっぱり。細道を闇雲に走っちゃったからな……」

「四条烏丸、ですか。うーん……でも、橋は渡った覚えないなぁ」

桃山ちゃんの言葉に、飲んでいた部のメンバーは一斉に首をかしげた。先輩がきょとんとした顔で聞き返した。

「どういう意味?」

「あ、いえ、あの……実は……あたし、その人に借りてる物があるんです」

何を言い出すんだよ、不思議ちゃん。オレンジジュース、もしかしてアルコール入ってたのか?

「あたし、小さい頃京都にいたんです。でも、すぐ引っ越しちゃって。大学に入ってからまた、こっちに越してきたんですけど……」

 

 

 

それでですね、その、小さい頃に。家族でお花見行ったんです。その……なんだっけ、東山の、大きい桜の……あ、それです、円山公園ってところ。でも人が多くて、あたしすぐに、迷子になっちゃったんですよ。泣きながらお父さんたちを探してたんですけど、どうやっても見つからなくって。周りは知らない人ばっかりだし、お酒臭いし、ゴミ散らかってるし。すっごく嫌な気分で、ずーっと泣いてたんです。そうして歩き回ってたら、急に雨が降ってきちゃって。もう泣いてるんだか、雨で濡れてるんだか分かんないくらい、びしょ濡れになっちゃったんです。

 

そしたら、頭の上にさっと、傘を差されたんです。見上げてみると、そこに桜色の着物を着たおばさんがいたんです。

「嬢ちゃん、お父さんとお母さんはどうしはったん?」

「あ、えと、なんか、いーひんの」

「あら……迷子さんか。どないしよかな……」

おばさんはきょろきょろと辺りを見回してたんですが、雨降ってたんで、周りには誰もいなかったんですよ。

「あー……どないしよかなー……うーん、とりあえず雨やむまで、ウチで雨宿りしときなさい。そんなびしょ濡れでうろついてたら、風邪引いてしまいますしな」

おばさんはあたしの手を引いて、公園から出て、それから……うーん、それからが分かんないんですよ。小さい頃だから……って言うのもあるんですけど、この辺り、なんか覚えてないんですよね。

 覚えてないって言うか……どうしても、覚えられなかったっていうか。

 

 一緒に歩いてる間に、自己紹介してたんですよ。

「嬢ちゃん、お名前は?」

「ひめこ。ももやまひめこです」

「あら、可愛いお名前やね。うちは環。深草環って言います」

「たまきさん?」

「そう。よろしくね、姫子ちゃん」

 おばちゃん……深草さんはコロコロ笑いながら、色んなこと話してくれました。

半分遊びでお店やってることとか、最近作った狐の人形が可愛い出来で嬉しかったこととか、知り合いの神主さんが変わった人だとか、色んなことお話してくれました。

 ……その、藤森さんが言ってた、狐の耳と尻尾のことも。

「ああ、そうそう。面白いもん、見せたげよか」

「おもしろいこと?」

「ビックリするで……まあ、それはお店に着いてから見せたげますわ」

 

「さ、着いたで」

「ここが、たまきさんのおみせ?」

「そうそう。ええやろ」

「うん。なんかおもろそう」

「それでな、面白いもんやけど……ちょっとこっち、見てみ」

そう言われてあたし、素直に深草さんの方に振り向きました。そしたら、藤森さんが言ってたとおりの……狐耳と、尻尾が深草さんに生えてました。

「ひ」

あたし、ものすごく怖くなって逃げようとしたんです。でも入り口じゃなく、店の奥に逃げようとして、すぐ深草さんに捕まりました。

「あ、ちょ、ちょっと! ……そ、そないに怯えんでもええよ、何もせえへんさかい、な?」

「う、うん」

最初は怖かったんですけど、深草さんはいい人だって、お話してもらってた時に分かってたんで、すぐに慣れちゃって。尻尾なでてました。……はい、本物でした。本物の、動物っぽい耳と尻尾でした。……はい、フサフサで気持ちよかったです。

 

「姫子ちゃん……そろそろ、離れてもろてもええかな? おばちゃん、お仕事せなあかんから」

「えー……もうちょっと、さわりたい」

「うーん……ゴメンなぁ。手が空くまで、この本読んで待っとってくれへんかな?」

その時、深草さんに絵本渡してもらったんです。絵本って言っても、結構分厚くて……あたし、しばらくそのお店で読んでたはずなんですが、どれだけ読んでも全然終わらなくて。でも面白くって、ずーっと読みふけってました。

「あ、雨あがったみたいやね。そろそろ公園に戻ろか、姫子ちゃん」

「いやや、まだよんでるし……」

「でも、お父さんら心配しはりますよ。はよ戻らへんと……」

「うー……でも、まだ……」

 ごねるあたしに深草さん、折れてくれて。

「うーん……それやったら、貸しとこか、その本?」

「ええの?」

「ええよ、ええよ。読み終わったら、ちゃんと返しに来てな」

「はーい! おおきに、たまきさん!」

「はい、はい。それじゃ、行きましょか」

 

 

 

「……で、深草さんにまた、円山公園まで連れて行ってもらって。公園に着いてすぐ、お父さんたちに会えたんですが、深草さんはいつの間にか、いなくなっちゃってて。結局、その本まだ、家に置いたままなんです。

 そのお店、どこにあるのかさっぱり分からなくって……」

 俺たちは唖然としていた。いくらなんでも、酔っ払ってるだろ、これは。いやむしろ、素面でこんなこと言ってたら引く。というかもうすでに引いている。

「……円山公園の、近くだとしたら……確かに、橋は渡らないな。でも、狐耳のおばさん……深草さんだっけ。その人の話は、俺の体験したこととほぼ一緒だな」

 藤森先輩だけが、桃山ちゃんの話に食いついている。桃山ちゃんは先輩の顔をじっと見つめ、手を合わせてお願いした。

「藤森さん……もし、良かったらなんですが。深草さんのお店、探すの手伝ってもらえませんか?」

「………………うん、いいよ。俺も、もう一度その店に行きたいんだ。喜んで協力するよ」

 先輩と桃山ちゃんを除く俺たち部員とOB数名は完璧に興ざめし、2人を残して店を出た。

 いくらなんでも、有り得ないぜ。正気を疑う。

 

円山公園、雨宿り、本 終

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