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夜行、邪気、狐護扇
どう見ても、そこは神奈川――あたしの祖父の、会社の近所だ。
「あれ?」
しかし、よく見てみると――何か、違う。あたしの知るその町は、寂れた工場が立ち並び、後は公園と駐車場しか無いようなところだったはずだ。だが、この場所にある工場は、夜でもなお、明かりが点いていて、あちこちで機械がうなっていた。公園や駐車場なんか、一つも無い。
「何か、違う」
「ちょっと、邪気を読んでみたんです」
「え?」
相変わらず、深草さんの言うことは唐突で、何度も聞かないとマジで分からない。
「さっきの箱から、邪気を感じましてな。そこから読み取って、原因は『この辺り』やないかと読んで、来てみたんです」
そう言うと深草さんは、どこかへと歩いていく。円ちゃんが慌てて付いていく。
「どこ行くのん?」
「それらしいとこ、探してみましょ。
……あ、はぐれんといてくださいね。迷ったらここ、出られまへんから」
その言葉にぞくりと寒気を感じ、あたしも慌てて付いていった。
どうやら、ここは現実の世界では無いらしかった。
町のあちこちが、妙に暗く、黒い――まるで、その先には何も無いかのようだった。気になって、暗い道に向かって、小石を投げてみると、コツ、コツと2、3度跳ねた後、急にしんと――何かに吸い込まれたように、いきなり――静まり返った。
やがて、深草さんはある神社の前で立ち止まり、「ここやわ」とつぶやいた。
「ここ? ……うん、それっぽいなぁ」
円ちゃんも鳥居を見上げている――いつの間にか、2人には狐耳と尻尾が生えていた。
「何か、気味悪い……。邪気がプンプンやわ」
「ホンマにねぇ。これは、何か悪いもんいてても、おかしないわ」
深草さんはそう返して、神社の奥へと進んでいく。あたしたちも一緒に、深草さんを追いかけた。
邪気、と言うのが何なのか、正直なところ、あたしにはさっぱり分からない。でも確かに、神社に足を踏み入れた瞬間、異様な気色悪さがあたしを包んだ。
「ひ」
思わず、声を漏らしてしまう。前を進んでいた円ちゃんが振り返り、心配そうに尋ねる。
「大丈夫、葛葉ちゃん?」
「あ、うん、大丈夫」
円ちゃんはあたしの手をぎゅっと握り、優しく声をかけてくれた。
「辛くなったら言うてね。あんまり、無理したらアカンよ」
「うん、ありがと」
円ちゃんに手を引かれながら、境内の近くまで来たところで、深草さんが足を止め、賽銭箱の辺りを指し示す。
「あれ……、やね」
賽銭箱の前に、誰かがいた。どうやら、中年の……、おじさんのようだ。
そのおじさんは、フラフラとよろめきつつ、賽銭箱の前に立っていた。どうやら、酔っているらしい。
「おお、ああ……」
何かうめいているが、何と言っているのか良く分からない。
「うう、やだなぁ」
思わず、あたしはうめいてしまう。酔っ払いは大嫌い。
「あー……、あれ、危ないわ」
円ちゃんが頬に手を当て、不安そうにつぶやく。でもこれは、深草さんのような、あたしに分からないようなことに対しての言葉じゃないだろう。あたしも見ていて、「酔っ払いだから、何をするか分からなくて危ない」と言うタイプの危険さを感じていた。
そしてあたしと円ちゃんの予想通り、おじさんは乱暴になり始めた。いきなり、賽銭箱を蹴り倒したのだ。
「ああ、アカン、アカンよぉ」
「ひどい、あの人……」
あたしたちが騒ぐが、おじさんの耳には入らない。蹴り倒した賽銭箱をさらに蹴り、中に入っていたお賽銭を拾い始めた。……マジ、ひどくない?
「ちょっと、おじさん、やめなって」
止めようと声をかけるが、おじさんは一向に収まらない。今度は壊れた賽銭箱を乗り越え、奥の本殿へと進む。戸を蹴破り、その中に入って――純真な女の子には言えないような乱暴と粗相を続け――そして一瞬、静かになった後、いびきが聞こえ始めた。
「ひどぉ……」
円ちゃんが怒っているが、深草さんは始終、冷静に見ていた。
「ふむー……、ここから、みたいやね」
深草さんが一言、そう告げたその時だった。
どこからか、暗闇を切り裂くように、しゅっと金色の筋が走った。
「あ……」
あれは、見たことがある。新幹線でまどろんでいた時、あたしの足元を走ったあの光だ。
「これは……、やってくれたのう」
そして、あの時聞いた声も、聞こえてきた。
「随分、散らかしてくれたものじゃ」
光は、本堂の中に入る。
「これ、男。起きよ」
「……」
「起きよ」
「……さい」
「うん?」
いびきをかき、それまで眠っていたらしいおじさんが、いきなり大声で叫んだ。
「うるせえっ、どっか行け!」
「……ほ、う。わしに向かってそのような口を利くか」
「うるせえ、うるせえよ! 俺は社長だぞ、社長! 文句あんなら、かかって来いよ!」
ああ、何だか――この後の展開、読めた。
一瞬静かになった後、おじさんのうめき声が聞こえてきた。
「うぐ、ぐぐ」
「ほれ、どうした? 先ほどの威勢は、どうしたのじゃ?」
光を怒らせたおじさんは、随分痛めつけられたらしい。もう、うめき声しか聞こえてこない。
「うう、うああ、助けてくれ」
「愚か者め! 寝床を汚して、あまつさえ無礼を吐き散らし、その上で許せじゃと!? 戯言も大概にせい!」
「何でも、何でもする、何でもやるから……」
おじさん、ドンドン泥沼に行っちゃってるよ。そんなこと言ったら――。
「ほう、それならば気晴らしに――お前と、その一族をいただこうかのう」
そう聞こえた後、光が壊れた賽銭箱の上に立った。
光の正体は、狐だった。それも、普通の狐ではない。全身にギラギラと、気味の悪い光をまとった、尻尾が3本ある狐だった。
おじさんの正体は、分かっていた――あたしの祖父、江野関夫氏だった。なるほど、こうして母も叔母さんも、祟られたわけか。
でも、何で――今になって?
気が付くと、あたしたちは元の場所――夕暮れの京都にいた。深草さんは店に戻る途中、両親を見た時のことと、扇子について話してくれた。
「ご両親をお見かけした時、お母さんの方に、妙な影が見えたんです。その時はただ、運気を悪しとるんやろなと思いまして、あの扇子――『狐護扇』をお渡ししたんです。
これは、そう言ったもんを払う力のある、霊験あらたかなもんなんですけどね。ただちょっと、今回は相手が悪かったみたいですわ。悪どい言うても、向こうさん、曲がりなりにも神様やったようですから。10年ちょっと、持ってくれたみたいですけど、最近になって扇子に限界、来てしもたみたいですな。
この件、うちの力だけでは、少し分が悪そうですわ――向こうさんをなだめたり、話をするのは、難しいと思います。せやから、助け、呼びますね」
店に戻るなり、深草さんはどこかに電話をかけた。そして2、3分話し込んだ後、ニッコリと笑って、こう言ってくれた。
「頼りになる人に、連絡付きましたわ。すぐ、こっち来れるそうです」
夜行、邪気、狐護扇 終
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