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今出川、電話、再会
太丸さんからのメールを受け取ってから、3日後。あたしの携帯に、非通知で着信が入った。
普段なら、非通知には出ない。何があるか分からへんし、何か怖いから。でも、その時だけは、すっと、電話に出てしまった。
「もし……、もし」「あ、どもども~」
あどけない、明るい女の子の声が、携帯から響いてきた。
「あ、の。どちら様、ですか?」
「『たまきや』広報の、深草円と申しますー。太丸さんからお話聞いて、ご連絡しましたー」
「あたしの、電話番号は?」
どこで知ったん、円ちゃん?
「太丸さんから、教えてもらったんです」
あ、そっか。サイトのアドレスと、メールアドレスと一緒に、教えてた気もする。
「うちの店に来たい、言うたはるって聞きましたー。うちの事情も聞いてはるみたいなんんで、とりあえず今から招待しますねー。今、どこにいはります?」
「あ、えっと。その、えっと……、あ、あの、家に、あ、いや、今出川です」
「じゃあ、15時になったら地下鉄今出川駅の、4番出口前で。うち、茜色の着物着て、立ってますさかい」
そう言って電話は切れた。15時? ……ちょ、後20分やん!?
とにかくあたしは急いだ。藤森さんに電話して、化粧して、着替えて、玄関を出……かけて、あれを忘れたことに気付いた。
「あ、アカンアカン! あれ、あれ持って行かな!」
靴を履いたまま、玄関から居間に走って、机の中からあれを――14年前、深草さんから借りた本を取り出し、もう一度玄関へ飛んだ。
今出川駅へ着いたのは、15時を少し過ぎた頃だった。
「ゼェ、ゼェ……」
地下鉄への出入り口前に、オレンジ色の和服を着た、17、8くらいの女の子がいる。その子はあたしに気が付くと、ふにゃりと笑って――太丸さんがそう表現したのが、本当にしっくり来る笑い方だ――会釈してきた。
「あ、こんにちは~。桃山さん、ですか?」
「は、はぁ、い。遅れて、すみません」
息を切らせながら、あたしは遅刻したことをわびた。
「ううん、うちも今、来たところやから」
円ちゃんはまた、ふにゃりと笑って許してくれた。……ええ子やなぁ。
走っている間に震えていた携帯を確認すると、藤森さんから「仕事の都合でどうしても遅れる。ゴメン」と言うメールが入っていた。
「え~……、もう一人の人は来られへんのん? 残念やなぁ」
円ちゃんはちょっとつまらなそうな顔をしたが、すぐに笑顔を作る――今度はいかにも営業スマイルみたいな笑い方だ。
「まあ、それやったら仕方あらへんなぁ。ほな行きましょ、桃山さん」
そう言うなり円ちゃんはあたしの手を引っ張って、路地へと連れて行った。……あれ?
「ど、どこに、行くんですか?」
「うちの店。そーゆー約束やったでしょ?」
「あ、うん」
でも、その路地は――あたしが今来たばかりの、学生向けの下宿が立ち並ぶ路地なんやけど?
戸惑っているあたしをよそに、円ちゃんはあたしの手を引いたまま、グングン路地を歩いていく。いつも見慣れていた、何てことの無い路地に、本当にお店への入り口があったのだろうか?
「あ、こっちやで」
「え? え?」
円ちゃんは不意に、男の人の肩幅ぐらいの間しか無い、ものすごく細い路地へと入り込む。
「手、離さんといてなー」
「う、うん」
どこに連れてくん、ホンマ? ……いや、分かってるんやけど、聞かずにおられへんよぉ。
「もうちょっと、先やから、頑張って付いてきてなー」
「は、はぁい」
3分ほど進んだところで、あたしたちはその細い路地を抜けた。そこからさらに少し歩いて、円ちゃんはある建物の前で立ち止まった。
「はい、ここ」
「こ、こ?」
目の前には、いかにも由緒ある感じの町屋が建っていた。辺りを見回してみると、まったく見たことの無い街並みが連なっている。
「あれ? ここ、今出川じゃ」「あ、ちょっと飛んだから」
飛んだ? ワケ、分からへんよぉ、円ちゃん。
助けてぇ、藤森さん。あたし、化かされてるぅ。
戸惑い、立ち尽くすあたしに、円ちゃんは何事も無いかのように、中に入るよう促す。
「ほら、姫子ちゃん、早よ入って。お母さん、待ってるから」
お母さん――深草さん。混乱するあたしの頭は、辛うじてその情報だけは飲み込めた。何とか頭の中を整理しよう――そう、相手は狐さん……神通力……深草さん……お店……藤森さん……サイト……お店……路地……化かす……ちゃう、神通力……不思議な……力……お店……藤森さん……一緒に……探す……お店……深草さん……返す……本――やっと頭の中が静まってきた。
そう、目の前にある、このお店。このお店こそが、あたしが14年間ずっと、もう一度訪れたいと願っていたお店なのだ。そして深草さんに会い、ずっと借りたままだった本を返す。
「……うん。今、行きます」
あたしは深呼吸をして、ゆっくりと店へと歩いていく。戸口に立ち、そっと、戸を引く。
「あら、いらっしゃい。珍しいなぁ、直に来はったんですか」
中には優しく微笑みかける、綺麗なおばさんがいた――14年経っても、全然変わってへんかった。
「……お、お……」
「お?」
「おひっ、お久しぶり、です、深草さ……、ううん、たまきさん」
緊張で声が出えへんよぉ。噛んでもうたし、……最悪やぁ。
「ああ、お久しぶりですなぁ、姫子ちゃん」
「え」
「元気、してはりました?」
覚えてて、くれたんですか?
「ええ、覚えてますよ。ホンマに、大きくならはって」
何で、考えてること……、ううん、いいや、今はそんなこと、どうでも。
「そ、そのっ……」
舌が、回らへん。落ち着いて、落ち着いて、あたし。
「その、……あ、……会いたかったです、深草さん」
「あら、ありがとさん」
そう言って、深草さんはコロコロと笑った。
今出川、電話、再会 終
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