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3.
晴奈たちが紅蓮塞で夕食をとっていた、丁度その頃。
「すまんな、チェスター君」
「いいわよ、これも仕事だしー。……はーぁ」
黄海・黄屋敷にて、紫明とリストがどっさりと積まれた書類に判子を押していた。紫明が主席になったため、多忙の日々を送っていた。
もっとも、普段はエルスとリストが補佐に回ってくれるため、紫明の仕事もいくらか減るのだが、この時はエルスが紅蓮塞に行ってしまっている。この三人の中で最も仕事ができるエルスがいないため、二人はいつもより長めに机に縛り付けられていた。
「この調子だと、今日もまた泊まってもらうかも……」
「えぇ?」
申し訳無さそうにリストを見た紫明に、リストは非常に気だるい声をあげる。
「勘弁してよぉ……」
「まあ、夕食ご馳走するから」
「……そりゃ、コウさん家のご飯は美味しいけど。でもさー、ハッキリ言って」
「うん?」
リストは書類の山から顔を上げ、吠える。
「あののんきバカがセイナと一緒に紅蓮塞まで行っちゃうから、そのしわ寄せがこっちに来てんのよ! しかも、『まあ、ちょっとした旅行って感じかなー』とか言い捨てくし!
アンタのせいでこっちは死にそうになってるってのに、アイツ今頃『いやー、温泉って本当にいいもんだねー』とか言ってんのよ、絶対!」
「ま、ま、チェスター君、落ち着いて。……お返しに、グラッド君だけ残して、晴奈と明奈とで、旅行にでも行ってしまえばいい」
「……それもいいわね。でもさ、コウさん」
リストは書類に視線を戻しつつ、紫明に尋ねる。
「今回、セイナたちとエルスを行かせたけど、不安じゃないの?」
「うん?」
「だって、スケベと美人姉妹よ」
「……ああ、問題は無いだろう、きっと。
グラッド君は好色とは聞いているが、晴奈はまずなびかん。明奈に言い寄るにしても、晴奈がまず許さんだろう」
「……なーるほーどねー」
リストは紫明の人物眼に少し、感心した。
夕食が終わり、晴奈たちは風呂に入っていた。
「師匠……、その、何と言いますか、その」
「ん?」
「変わられましたね、大分」
雪乃は汗を拭きながら、「そうかしら?」と聞き返す。
「ええ。特に、その……、大きく」
「ああ、そうね。ちょっとね、うん」
晴奈の言葉の裏に気付き、師弟揃って顔を赤くする。
「やっぱり、小雪が生まれたからね。でも、まだちょっと腰周りが、太いのよねぇ」
「そうですか? ぱっと見た感じでは、それほど変わっては……」
「あら、そう? それなら、いいかな」
少し嬉しそうな顔をして、雪乃は明奈の方を見た。
「……明奈さんと晴奈、似てるなーって思ってたけど、やっぱり違うところ、あるのね」
「むう」
晴奈もチラ、と明奈を見て、うなだれながら湯船に頭を沈めた。
「でもお姉さまの方が、背は高いんですよ。すらっとしてて、綺麗ですし」
「……そうかな」
猫耳の辺りまで沈んでいた晴奈の頭が、ぷかっと浮き上がる。
「わたしなんて、運動不足で太っているだけですよ」
「……都合のいい肥満だな、それは。胸と尻だけ太るのか」
また晴奈が沈んでいった。明奈が慌てて話題を変える。
「あ、あの、えっと。重蔵さま、お体の方は大丈夫なのでしょうか? ご夕食の時、お姿を見かけませんでしたが」
「ええ、さっき様子を見に行ったら、『寝たら回復した』って言ってたわ。今は男湯の方で、良太たちと一緒に入ってるはずよ」
「そうですか……。少し、心配でしたので」
「大丈夫よ、おじい様は。根が頑丈な方ですもの」
また、晴奈の頭が浮かんできた。
「良太も、同じことを言っていましたね。『根が頑丈だから、長生きするに決まっている』と笑い飛ばしていました」
「あら、そうなの。……うふふ」
「ほーれ、綺麗にしてやるぞー」
男湯の方では、重蔵が小雪を洗っていた。後ろで見ている良太は、心配そうな顔をしている。
「あの、優しくお願いしますね……」
「分かっとるわい、ふんっ」
重蔵は後ろを振り返り、舌を出して良太を黙らせる。
「それなら、えっと、はい……」
湯船につかりながら様子を見ていたエルスは、クスクスと笑っている。
「押しが弱いよー、リョータ君。父親ならもっと頑張らないとー」
「は、はい……。あの、おじい様。僕が……」「黙っとれ」「……はい」
気の弱い良太はしゅんとした様子で、湯船に入ってきた。
「……僕、へたれです」
「まあまあ……。まあ、孫もひ孫も可愛いんだろうね、本当に」
「でしょうねぇ」
エルスはニヤニヤしながら、博士の思い出を語り出した。
「僕の師匠にナイジェル博士って言う人がいたんだけどね、この人も子沢山、孫沢山の人なんだ。で、央南に引っ越して来た時もお孫さんを一人連れてきてたんだけど、やっぱり可愛かったんだろうね、良くお小遣いあげたり物をあげたりしてたよ」
「へぇ……」
「……そのお孫さんに不条理に殴られた時も、僕が悪者にされたしね」
「あ、あら……、そうですか」
その時、小雪を洗い終わった重蔵が湯船に入ってきた。
「ナイジェル……、と言うのは、エドムント・ナイジェルか?」
「ほえ? 家元さん、博士をご存知なんですか?」
思いもよらない反応に、エルスは目を丸くした。
「昔の囲碁友達じゃった。負けん気の強い奴で、よく夜明けまで打っておった」
「博士は央南に何年か滞在していたと聞いています。昔から、性格は変わっていないみたいですね」
「今はどうしておるんじゃ?」
重蔵の質問に、エルスは一瞬言葉を詰まらせる。
「……亡くなりました。今年の初めに」
「そうか……。因業で偏狭で不躾で嫌味で頑固な奴じゃったが、いい奴じゃったのにのう」
場が少し湿っぽくなってしまったので、エルスは慌てて湯船からあがる。
「そろそろあがりますねー。あ、良かったら小雪ちゃん、連れて行きますよ」
「おう、すまんなエルスさん」
くるりと振り返ったエルスを見て、良太は一瞬目を見開き、うなだれながら湯船へと沈んだ。重蔵は笑ってエルスの後ろ姿を見送る。
「ははぁ……、やはり外人は違うのう、ははは」
「うぐ……、自信、失くしそうです……」
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