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2.
ともかく柊の友人からの願いを受けた柊は、手伝いのために晴奈を、後学のために良太を連れ、友人のいる央南中部の街、英岡(えいこう)へとやって来た。
「やあ、良く来てくれたな、雪乃」
街に着くなり、あごひげを生やした道着姿の、人間の男が出迎える。道着の型とたすきのかけ方からして、確かに同門であるらしい。
「久しぶりね、謙」
謙と呼ばれた男は晴奈たちを見て、軽く会釈した。
「君たちが雪乃のお弟子さんかい? 俺は樫原謙と言う者だ。雪乃とは10年ほど前に、一緒に稽古していた」
晴奈はつられて挨拶を返す。
「黄晴奈です。お初にお目にかかります、樫原殿」
「ほお、今どき珍しい、堅い挨拶だな。よろしくお願い申す、黄殿、と」
良太も晴奈に続き、挨拶をする。
「桐村良太と言います。始めまして、樫原さん」
「よろしく、桐村くん。……はは、やっぱり堅っ苦しいのはかなわん。黄くんも楽にしてくれていいからな」
「さてと、謙。挨拶も済んだことだし、そろそろ例のこと、説明してもらっていい?」
柊に問われた謙は「おう」と応え、街の方に向かって歩き出す。
「ま、立ち話もなんだから。俺の家で話そう。飯も出すぜ」
立ち話も、と言った割には、謙は家までの道中、しゃべり倒した。よほど旧友に合ったのが嬉しかったのだろう。
「しっかし、雪乃は変わんないな。やっぱり、エルフだからかな」
「ふふ、そうね。謙はどうなの? ヒゲが生えてるくらいで、見た目はそんなに変わってないけれど」
「いや、やっぱり34ともなるとどこかしら、おじさん臭くなっちまうみたいだな。嫁さんにもよく、からかわれてるよ」
「ああ、そう言えば結婚したのよね。奥さん、元気なの?」
謙は嬉しそうに声をあげる。
「おお、元気元気。もう4年経つけど、いまだに熱々だよ」
「あら、のろけちゃって」
柊は口に手を添え、クスクスと笑う。
「雪乃はどうなんだ? そろそろ、いい相手はできたか?」
「ぅへ?」
謙に尋ねられた柊から、妙な声が出る。
「はは、まだいないみたいだな。っつーか、オクテなところ、まだ治ってないんだな」
「い、いいじゃない、わたしのことは」
柊は顔を赤らめ、パタパタと手を振ってごまかした。
「あ、そこを右だ」
謙が指し示した方向に、小ぢんまりとした家が立っている。
「あ、嫁さんに雪乃たちのこと、言ってくるから。ちょっと待っててくれ」
謙は一足先に家へ入っていった。晴奈たち三人はその間、謙について話す。
「大分、気さくな方ですね」
「ええ、とっても話しやすい人よ。腕も立つし、塞では人気者だったわ」
「そうなんですか……」
なぜか、それを聞いた良太の顔が曇る。
「やっぱり、その、先生も強い方を好まれますか?」
「え? うーん、まあ、どっちかって言えば、だけど。何でそんなことを?」
「あ、いえ」
そうこうするうちに謙が、「狐」の女性を伴って戻ってきた。
「待たせたな、みんな。彼女が俺の嫁さんだ」
紹介された狐獣人の女性はぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、棗(なつめ)と言います。主人がお世話になっております」
その上品な振る舞いから見て、どうやら良い家柄の者のようだ。柊たちも同じように頭を下げ、挨拶を返す。お互いの紹介が済んだところで、謙がその場を締めた。
「じゃ、そろそろ家で話をしよう。飯は、その後で」
家に入ってすぐ、棗が台所の方に向かう。
「ご飯の用意をいたしますから、その間……」
「おう。見とくわ」
謙がひらひらと手を振り、何かを了承する。謙は柊たちを居間に案内した後、「ちょっと待っててくれ」と言ってどこかに消えた。
「見とく、って何でしょう?」
晴奈の問いに、柊はクス、と笑う。
「そりゃ新婚さんで、奥さんが忙しい間見るものって言ったら」
「あ、なるほど」
そこで晴奈も良太も、答えに行き当たる。間もなく柊たちの予想通りに、謙が「狐」の幼児を抱きかかえながら戻ってきた。
「いや、すまんすまん。待たせたな」
「いえいえ。……わあ、可愛い」
柊は子供の顔を覗き込み、その頭を優しく撫でる。自分の子をほめられた謙は、気恥ずかしそうに笑う。
「へへ……」
「『狐』だけど、顔は謙に似てるわね。名前は?」
「桃って言うんだ。ほら、耳と尻尾がちょっと桃色だろ?」
「なるほどねー」
余談になるが、この世界にはいわゆる「ハーフ」が存在しない。
例えば、エルフと人間が結婚し、子供が生まれたとしても、その子供の耳が足して2で割った大きさ、と言うことは無い。若干の遺伝はあるが、その子供は人間か、エルフのどちらかにしかならない。
謙と棗の子、桃も顔立ちは父親似だが、身体的特徴は母親のそれである。
「あ、そうそう。和んでる場合じゃなかったな」
謙は居間に腰を下ろし、ようやく本題に入った。
「手紙にも書いていた妖怪なんだが、最近は英岡の東側、天神川下流でよく目撃されているらしい。これまでの目撃例を辿ると、どうやら天玄からこっちに、南下しているようだ」
「天玄から? あんな大都会で、妖怪が出たって言うの?」
前述の柊の言葉を借りれば、人間が多く暮らす場所では妖怪や化物は現れにくいはずなのである。だが謙は深くうなずき、それを肯定する。
「ああ、その時も大騒ぎになったんだ。もっとも、うわさがうわさを呼んで、妖怪が出たこと自体がうやむやになったが。
ともかく、その妖怪はこっちに向かって動いている。すでに旅人や郊外の家屋など、被害もチラホラ出ていると言うし、この街を警護している俺としては早急に捕まえるか、殺すかしたいところなんだ」
「なるほど。それで、次に現れる場所とかはもう、目星が付いてるの?」
謙はもう一度うなずき、宙を指した手を下ろしていく。
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