3.
折角の再会であるし、晴奈は最初、何日か黄海に滞在することにしようと考えていた。だがエルスのせいで、晴奈はずっと不愉快な気分を抱えていた。
「まったく、ろくでもない」
黄海を散策しつつ、晴奈は「あのバカ」のことを考えていた。
「忌々しい……。私が、明奈を助けたかったのに。何であんな軟派な奴が助けるんだか」
普段の晴奈らしくない文句をブツブツと唱えながら、ある通りに差し掛かったところで――。
「ん? あの青い髪は」
少し前を、青い髪のエルフが歩いているのが見えた。そっと、声をかけてみる。
「もし、リスト殿?」
「……! あ、セイナさん、でしたっけ」
振り返ったリストは、晴奈の顔をじっと見ている。
「あの、何か?」
「……いや、ただ声をかけただけ、ですが」
「そう。悪いわね、忙しいから、また後でっ」
そう言ってリストは、また前に向き直って歩き出す。良く見ると、その少し先に――「あのバカ」が、妹、明奈を伴って歩いているのが見えた。
「もしや、エルス殿と明奈を尾行されているのですか?」
「な、何で分かったの!?」
また、リストがこちらを向く。
「いや、何故と問われても。一目瞭然では……」「と、とにかく! 邪魔しないで!」
リストは早歩きで、エルスたちを追いかける。
「あ、私も同行します、気になるので」
晴奈もリストに並んで尾行を始めた。
「しかし、一体何故、リスト殿はこのようなことを?」
尾行を続けて10分ほど経ち、そこで初めて晴奈はリストに尋ねてみた。
「あのスケベ、メイナを連れてあちこち回ってるのよ! きっとメイナを落そうと狙ってるんだわ!」
「何と……!?」
晴奈はその言葉に、また不機嫌になる。
「おのれ、渡してなるものか……!」
「でしょ!? だから、こうやって後を尾けてるのよ。もし手を出そうとしたら、コイツで無理矢理にでも止めるわ」
そう言って、リストは腰に提げていた銃――近年開発された、新種の武器だそうだ。どのようにして使うのか、晴奈にはまったく見当が付かない――に手を添える。
「ぜひとも、助太刀させていただきたい!」
「ええ、その時はお願いね、セイナさん!」
妙な連帯感が、二人を包んだ。
その後も2時間ほど、エルスたちはあちこちを回っていた。そのほとんどが商店や露店めぐりで、どうやら女物の小物を買い集めているらしかった。
「何よあれ、完璧にデートじゃないの!」
「でえ、と?」
「えっと、その、何て言ったらいいかな。……イチャイチャしてる、ってコトよ」
「む、確かに……!」
言われてみれば、確かに二人の雰囲気は、知らない者が見れば、恋人のようにも見える。晴奈たちにもそう見えており、二人の怒りはますます燃え上がっていた。
やがて日も傾き、エルスたちはもと来た道を引き返していく。どうやら、黄家の屋敷へ戻るつもりらしい。
「っと、隠れて隠れて」
リストが物陰に晴奈を引っ張り込む。そのまま隠れてエルスたちが通り過ぎるのを待ち、また後をつける。と、エルスが急に立ち止まり、明奈に何かを話しかける。
「……メイナ、これ……」
二人の話し声は完全には聞き取れないが、どこか楽しそうにしている。
「ほら、……見せたら、……きっと……」
「そうかしら? ……それじゃ……」
エルスが抱えていた袋から何かを取り出し、明奈に手渡す。遠目には良く分からないが、どうやら髪飾りのようだ。
「おー、可愛い。これは……、似合う……」
「まあ、エルスさんったら」
エルスの言葉に嬉しそうに笑う明奈を見て、晴奈はいよいよ爆発した。
「も、もう……、我慢ならん!」
「えっ、セイナ?」
リストがその声に反応した時にはすでに、晴奈はエルスたちの、すぐ後ろに迫っていた。
「あ、そうだ。メイナ、これ今付けてみない?」
帰り道に差し掛かったところで、エルスが袋を足元に下ろし、中を探る。
「え?」
エルスは袋の中から髪飾りを取り出し、明奈に差し出す。
「ほら、お揃いって言うのを見せたら、お姉さんきっと喜ぶよ」
「そうかしら? ……そうですね。それじゃ、付けてみますね」
明奈は丸まった白い狐があしらわれた髪飾りを前髪に留めてみる。それを見たエルスが口笛を吹いてほめちぎった。
「おー、可愛い。これは買って大正解だったね。きっとお姉さんにも、良く似合うだろうなぁ」
「まあ、エルスさんったら」
髪留めを付けた姉を想像し、明奈はクスクス笑っていた。
そこに、怒り狂った晴奈が割り込んできた。
「エルス・グラッド! 今すぐ、明奈から離れろッ!」
いきりたつ晴奈とは正反対に、エルスはのほほんと笑っている。
「うん? ああ、セイナさん」
「ああ、では無いッ! 成敗してくれるッ!」
ヘラヘラと笑うその顔が癪に障り、晴奈の怒りはさらに膨れ上がった。
その怒気を察したのか、エルスはヘラヘラ笑いながらも――後に聞いたところによると、どんな時でも笑ってしまうのは彼の「病気」であるらしい。どうやっても、笑い顔を直せないのだそうだ――すっと、拳法の構えを取る。外国の人間とは思えない、見事に隙の無い、完璧な構え方だった。
「えっと、どうして怒ってるのか、良く分からないけれど……。何にもせずに、やられるわけには行かないよねぇ、あはは」
「どうして、だと!? 本気で言っているのか、貴様ッ!」
晴奈が先に刀を抜き、仕掛ける。ところが――。
「えいっ」
パンと、手を打つ音が響く。あろうことか、白刃取りである。
「そん、な、……馬鹿な!?」
焔流免許皆伝の、晴奈の刀が――「燃える刀」ではないし、本気を出してはいなかったのだが――あっさりと防がれてしまった。
「ねえ、落ち着いて話し合おうよ」
「だ、黙れッ!」
晴奈はエルスの腹に蹴りを入れて、弾き飛ばそうとした。だが、その行動も読んだらしく、エルスはぱっと、刀から手を離して飛びのく。
「やめて、お姉さま!」
明奈が悲鳴じみた声を上げるが、晴奈の耳には入らない。二太刀、三太刀と繰り出すが、すべてひらりひらりとかわされる。
(この男……、思っていたよりも、ずっと手強い! 『猫』の私と、遜色ない身のこなしだ)
四太刀目を放とうとして、一瞬踏みとどまる。
(どうする……? 焔を、使うべきか?
格下相手に使うのは、恥ではある。だが、彼奴はどうやら、私に並ぶ強さだろう。使っても、恥にはなるまい)
心の中を整理し、精神を集中させる。自分の両手に、熱いものが溜まっていくのを感じる。程なくして、晴奈の刀に炎が灯った。
「火、か。それが焔流の真髄、ってやつかな。
ねえ、セイナさん。本当にもう、やめにしない? 不毛だと、思うんだけど」
エルスは笑い顔を曇らせて――それでも、「苦笑」と言った感じだが――和解を提案する。だが怒り狂った晴奈は、それを却下した。
「断るッ! 勝負が付くまでだッ!」
「そっか。じゃあ、うん。やるよ」
エルスはふたたび構え直し、晴奈の攻撃に備えた。そのままにらみ合ったところで――。
「お姉さまッ!」
明奈が二人の間に入り、晴奈の頬をはたいた。