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4.
新居も決まり、早速エルスたちは家具の買出しに出た。
「ふーむ、食器や棚はともかく、ベッドは流石に無いか」
市場を回りながら、博士が残念そうにつぶやく。
「央南の人は大抵、布団ですからねぇ」
「まあ、無さそうなら造ってもらおうかの」
「その方が早いでしょうねぇ」
付き添いのエルスは適当に相槌を打ちながら、市場の売り物を眺めていた。
「……お。エドさん、いいのがありますよ」
「うん?」
エルスの指差す方を向いた博士は、「ほう」と声を上げた。
「なかなかの年季物じゃな。材質は、樫か。手入れも行き届いておる。……買ってしまうか?」
露天の軒先にあったその碁盤を見て、博士はニヤリとエルスに笑いかける。エルスもニヤリと笑い返し、うなずく。
「買ってしまいましょう」
「ひゃひゃひゃ……」
博士は特徴ある高い笑い方で返し、売主に声をかけた。
「もし、店主。この碁盤、いくらかの?」
「えーと、んー……、5千玄でいいや」
「よし、買った」
「まいどありー」
即金で買い、博士は碁盤をエルスに持たせる。
「ひゃひゃ、いい買い物をしたわい」
「そうですね。後で一局、打ちましょうか」
「そうじゃの、楽しみじゃ。……おう?」
エルスたちの前を、少女が一人横切った。
「どこかで、見たような……?」
首をひねる博士をよそに、エルスは声をかける。
「リューカさーん、こんにちはー」
「……あっ」
呼びかけられた少女は振り向き、エルスたちに駆け寄った。
「こんにちは、エルスさん。久しぶりね」
「どもども。ほら、エドさん、この前家を買った人の娘さんですよ」
「おお、そうか。初めまして、えーと、リューカさん、でしたかな」
「はい、楊柳花と言います。あ、母から家のこと、伺いました。ありがとうございます、博士」
博士はニコニコと笑って返す。
「いやいや、礼を言うのはこちらの方です。いい家をいただきまして……。こちらのグラッド君とはもう、お知り合いのようですな」
「ええ、少し前に知り合いました。随分、面白い方で……」
柳花も笑って博士に会釈する。
なお、この間――。
《エルス。お前さん、この子に手、付けたりしてやせんだろうな?》
博士が手信号――北方の諜報員が使う、手を使った暗号――でエルスに尋ねていた。
《まさか。友人ですよ》
エルスも碁盤を持ったまま、指先で会話する。
「お二人とも、家具をお求めにこちらまで?」
《本当かのう? お前さん、手が早いからな》
「そうなんだ。でも、なかなかいいのが無くってね。ついつい、余計なものばっかり買っちゃうんだ」
《自分の先生に嘘をつくほど、僕はひねくれてませんよ》
「その碁盤も?」
《本当かのう……? ま、どちらでもええわい。後腐れないからのう》
《……何ですか、それ》
「うん、そうなんだ。僕も博士も、囲碁が大好きでね」
《そのまんまの意味じゃ。引っ越す子じゃし、手を付けたところでゴタゴタせんじゃろうしな》
「へぇ……。博士さん、お強いの?」
《いくら何でも僕、怒りますよ? そんな言い方したら》
《したらなんじゃい? ワシゃ、お前さんの先生じゃぞ? 師に文句垂れてどうする?》
「ええ、少なくとも小生の故郷では一番だったと自負しております」
「はは……」
《『例え王侯貴族が相手でも間違いを正さなければ忠義とは言わない』ってエドさん言いませんでしたっけー? 言っておきますがこれ以上侮辱されたら僕に青い髪のお孫さんが乗り移って碁盤がとんでもない方向に飛んで行くかも知れませんがそれでもいいですね?》
エルスの顔は笑いながらも、手信号が段々荒々しくなってくる。博士はそこで、ようやく退いた。
《ま、ふざけるのもこの辺にしとくかの。信じておるて、お前さんはそんな下劣な真似なんかせんよ》
《……なら、いいです》
「確かエルスさんって、北方の人でしたよね。 博士さんも、北方の方なの?」
「うん」
「北方って、温和な人が多いのかな?」
柳花の言葉に、エルスと博士は一瞬、きょとんとした。
「え?」「それはまた、どう言う理由で……?」
「だって、エルスさんも博士さんも、ずっとニコニコしてるから」
「いやいや、そんなこと無いよ。中には好々爺みたいに見えて実は腹黒い人もいたりするから、出会った時は気をつけなよー?」
「うふふ、そうするわ。……それじゃ、またね」
柳花は軽く会釈して、その場を去った。残ったエルスと博士は、ほんの一瞬――周りを通る人々が気付かないくらいの、ごく短い時間――同時に、互いを睨んだ。
(誰が腹黒いじゃと、このボケナス!)(僕エドさんが、なんて言ってませんよー?)
すぐに二人ともにっこりと笑い、同時につぶやいた。
「さ、帰って一局やるかの」「帰って一つ、打ちましょうか」
笑いながらも、二人の間にはバチバチと火花が散っていた。
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