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5.
「仲が悪いのか、エルスと博士は?」
リストから「碁を打つ音がうるさくて眠れなかった」と言う愚痴を聞いた晴奈は、そう尋ねてみた。
「ん、いや、悪いってワケじゃないんだけどね」
リストは明奈が淹れてくれたお茶をすすりつつ、話を続ける。
「じーちゃん、ああ見えて口悪いし、結構無神経なトコあるし。で、エルスもいっつもヘラヘラ笑ってるけど、割と頑固で強情なところあるもん。
だから時々、ケンカするのよ。まあ、普段は仲いいんだけどね」
「ケンカするほど仲がいい……、と言うことですね」
晴奈にお茶を出しつつ、明奈が相槌を打つ。
「ま、そんなもんね」
「ふあ、あ……」
深夜遅くまで博士と碁を打ち続けたエルスは、しきりに生欠伸をしながら、郊外の丘に寝転んでいた。
「エドさん、しつこいんだよなぁ……」
目をつぶると、夕べの棋譜が浮かんでくる。
「あー……、あそこはもうちょっと、抑えて打つべきだったなぁ」
目を開け、棋譜を思い出しながら、空を指差して検討する。
「あと、ここももうちょい、早めに打っていれば……、ふあぁ」
夕べ満足に眠れなかったため、次第に眠気がやってきた。
「……ちょっと、寝ようかな」
もう一度目をつぶり、エルスは昼寝し始めた。
「エルスさん、エルスさん……」
誰かがエルスを呼んでいる。エルスはすっと目を開け、上半身を起こした。
「誰かな?」
「こっち、こっち」
後ろを振り向くと、あの少女――柳花が座っていた。
「ああ、こんにちは」
「こんにちは、エルスさん。お昼寝?」
「ああ、うん」
「ごめんね、起こしちゃって」
謝る柳花に、エルスはパタパタと手を振る。
「いや、いいよ。どしたの、何か用かな?」
「うん、あのね……」
柳花の顔が曇る。
「明日、黄海を出るの」
「……そっか。それで、僕にお別れの挨拶を?」
「うん。エルスさんや博士さんには、色々お世話になったし。出る前にもう一度、挨拶しておこうと思って」
「ふむふむ。……でも、博士は今、寝てると思うな。夕べからちょっと、具合が悪かったし」
「あら……」
エルスは博士に会わせたくない――むしろ、自分が会いたくないので軽い嘘をついた。
「それよりも、もう一度買い物に行かない?」
「買い物に?」
「そう。最後の記念にね」
エルスは柳花を連れ、繁華街へと入る。
「今日はどこに行くの?」
「ちょっと裏に入ったところに、いい店があるんだ」
そう言うとエルスは柳花の手を引き、細道へと入る。
「ちょ、ちょっと。危なくない?」
「大丈夫、大丈夫。僕がいるんだし」
細い路地をすり抜け、エルスはある店の前で立ち止まった。
「ここだ。良かった、開いてるみたいだ」
トントンと戸を叩き、先にエルスが店の中に入る。
「いらっしゃい」
奥で新聞を読んでいた初老の猫獣人が、顔を上げて挨拶する。
「こんにちは。あのー、作ってもらいたいモノがあるんですが」
「んー?」
老人は新聞をたたみ、のそのそとエルスのところまで歩いてきた。
「何を作ってほしい?」
「この子に似合う、うーん……、腕輪かな」
「あいよ」
老人はそう言うと、柳花の腕を取って手首を握った。
「きゃ……」
「ああ、すまん。見ないと作れんから」
「は、はあ」
老人は柳花から手を離し、またのそのそと奥へ消える。程なくして、カンカンと言う短く、高い音が聞こえてきた。柳花は握られた手首をさすりながら、エルスに向き直る。
「ああ、ビックリした。いきなりつかんでくるんだもん」
「ゴメンね、あのおじいさん、ぶっきらぼうな人だから。でも腕は確かだから。金属細工の職人なんだ」
「ふうん。あ、でも腕輪って、作るのに時間がかかるんじゃない?」
「ああ、それは大丈夫。この前、……っと」
エルスは胸元から鎖でつないだ、2つの銀輪と1つの金輪が絡んだ首飾りを取り出す。
「これ、作ってもらったんだけどね。すごく早かったんだ。確か、2時間くらい」
「へえ……」
柳花は奥の工房に目をやり、すぐにエルスへと視線を戻す。
「ずっとこの街に住んでたけど、こんなお店があるなんて全然知らなかった。エルスさんって、すごいね」
「はは、僕は昔から、物を探すのが得意だから。それでご飯食べてたしね」
エルスと柳花が談笑していると、老人の奥さんらしき人間が茶の乗った盆を持って、奥からひょこひょこと歩いてきた。
「グラッドさん、でしたっけ。良かったらできるまで、ゆっくりしていってくださいな」
「あ、すみません。それじゃ遠慮なく、いただきます」
エルスは茶を手に取り、傍らに置いてある長椅子に腰かけた。
「さ、そちらのお嬢さんもどうぞ」
「あ、はい」
柳花も茶を手に取り、エルスの横に座る。座ったところでエルスが、柳花の事情を伝える。
「この子、明日引っ越すんです。それで、思い出作りにと思って」
「まあ、そうなんですか。じゃあ、急がせないといけませんね」
お盆を傍らに持ち、老婆はいそいそと奥へ戻っていった。すぐに奥から、ボソボソと話し声が聞こえてくる。
「あなた、聞きました?」
「ああ、1時間もあればできる」
「そう、それならゆっくりしてもらってもいいかしらね」
「俺にも茶をくれ」
「はい、すぐに持ってきますね」
老夫婦の話を聞いていた柳花は、クスクスと笑う。
「なんか、いい雰囲気ね」
「そうだね。落ち着くんだ、ここ。大通りから離れてて静かだし、ちょっと暗めだけど綺麗な店だし」
「それもあるけど、あの二人がすごく仲良さそう」
そう言って柳花はため息をつく。
「はあ……。もしお父さんが生きてたら、あんな風に老けていったのかしら」
「どうかな、商売人だったそうだし……」
「そうね。死んじゃう直前まで、ずっと布団の中で『店は順調か?』ってお母さんに尋ねてたもの。……だから、死んじゃったのかな」
柳花の顔が曇り、今にも泣きそうな声になる。
「なんで落ち着いて休んでくれなかったんだろう。そしたら、病気も治ったかも知れないのに」
「……うーん」
柳花の悲しそうな横顔を見て、エルスは買った家について発見したことを思い出していた。
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