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1.
明奈との再会を喜び、数週間を黄海で過ごした後、晴奈はまた紅蓮塞に戻った。
その後ふたたび修行の日々を過ごし、年が明けた双月暦516年はじめの頃。晴奈は黒炎教団についての、不穏なうわさをしばしば耳にするようになった。「人質として得た教団員が脱走した。教団は彼女を取り戻そうと捜索を行い、その結果北方を経由して故郷の黄海に戻ったことが判明。黄海に攻め込み、身柄を奪還する準備を進めている」と言うのだ。
脱走した教団員――言うまでも無く、明奈のことである。うわさが確かならば、近いうちに教団員たちが黄海へ現れ、ふたたび明奈がさらわれる危険性が高い。晴奈はもう一度黄海へ出向きたい旨を重蔵に告げた。
「と言うわけで、近いうちにまた、黄海へと戻りたく……」「ふむ」
重蔵は腕を組んで少しうなり、静かに答えた。
「黒炎が黄海を襲うと言ううわさは、わしも聞いておる。もし真実ならば、黄海で一騒動起こるのは、免れんじゃろう。
念のため、うちの剣士を30名ほど連れて行きなさい」
「え……?」
「我々に多大な寄進をしてくれているところであるし、黒炎の非道を許すわけにもいかん。何より晴さんの故郷じゃ。こちらとしても全力で護らねば、剣士の名折れじゃろう」
「ありがとうございます、家元」
重蔵の計らいにより、晴奈は焔流の剣士30余名を引き連れて黄海へと戻った。
「父上、ただいま戻ってまいりました」
「おお、晴奈!」
「明奈が狙われていると言う噂を聞きつけ、塞より護衛を連れて参りました」
「そうか、そうか! うむ、焔の者たちと晴奈が来てくれれば安心だ!」
晴奈の父、紫明は晴奈の手を堅く握りしめて喜んだ。とても昔、晴奈を紅蓮塞から連れ戻そうとした者と同一人物とは思えず、晴奈は苦笑した。
しかし、運命とは皮肉なものである。
通常、何と言うことの無い事柄が、いやむしろ、明奈を護ろうとしてやったことが、ふたたびさらわれる原因を作ってしまったのだ。
まず、明奈が何の気なしに「甘いものが欲しい」と言ったこと。
当然、出歩いている時に拉致される危険がある。だから晴奈が代わりに買いに行こうと申し出た。
「でも、お姉さま」「いいよ、それくらい。ほんの15分くらいだから」「そう、ね。では、お願いいたします」
そんな感じで、晴奈は何の気なしに街へと出て行った。
その直後。ナイジェル博士が黄家の屋敷に現れた。
「博士、どうされたのですか? ご用があるなら、こちらから伺ったのに」
尋ねる紫明に、博士は小声で説明を始める。
「教団の噂、お聞きしました。かなりの確率で、ここが狙われる危険があります。であれば、見つかりにくい場所に、お嬢さんを隠されては、いかがでしょうか?」
「ふむ……。なるほど、妙案ですな。しかし、どこに隠せば?」
「小生が買った家があります。そこならば手練のエルスもおりますし、守りは堅いでしょう」
「ふむふむ。……よし、善は急げです。すぐ、明奈を連れて行きましょう」
「分かりました。ではこちらでも、かくまう手配をしておきます。くれぐれも、万全の警備で連れてきてください」
そう言って、博士は屋敷を後にした。
紫明はすぐ明奈にこの話を伝えた。話を聞かされた明奈は晴奈のことを考え、躊躇する。
「でもお姉さまが、まだ……」
「晴奈には私が伝えておくから、な? ともかくこう言うことは、手早くやらないといけない」
「そう、ですか。……では、支度いたします」
姉がいないままこの話が進むことに、明奈は不安を覚えた。しかし父の言う通り、教団にこちらの動きを気付かれる前に博士のところまで行くことができれば、確かに安全である。明奈は不安を振り払い、父の言うことに従った。
屋敷内で待機していた剣士たち数人を伴い、紫明たちは屋敷を出る。門の外に顔を出して通りを伺うが、怪しい人影は無い。
「教団の者は……、いない、ようだな」
紫明はほっと一息つき、明奈を急がせる。
だが、よく考えればそんな都合のいいことなどあるわけが無い。教団も馬鹿ではなく、明奈のいそうな場所には紫明や焔剣士に悟られないよう、見張りを立たせていた。物陰に隠れて様子を見ていた教団員たちは、明奈の姿を見るや否や「罠にかかった」とほくそ笑み、大勢で飛び出してきた。
「し、しまった!」
紫明が青ざめるが、もう遅い。その場はたちまち修羅場と化し、黄父娘はその場に立ちすくんだ。
もし晴奈がいれば、あるいは父が早急に行動しなければ、この後起こる悲劇は、食い止められたかもしれない。
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