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1.
「僧兵長、間もなく黄海に到着します」
「ん、そうか」
馬車の中から、狼獣人の青年がのそっと、首を出す。
「のどが渇いた」「あ、ではお持ちします」
兎獣人の従者が、いそいそとどこかに走り去る。僧兵長と呼ばれた青年は、その間に馬車を降り、肩や首の関節をポキポキと鳴らして体を解す。程なくして従者が、ポットとカップを持って戻ってきた。
「お持ちしました」「ん」
青年は横柄にうなずき、従者からカップを受け取って、中の飲み物を一息に飲み干す。
「ふう……。やはり、眠気覚ましにはコーヒーが一番だな。特に、悪夢を見た時には」
「悪夢、ですか?」
青年はカップを従者に返し、伸びをしながら応える。
「ああ、昔の話だ。焔の砦に攻め込んだ時、不覚を取ってな。その時の夢を見ると、いつも気が重くなる。今でも夢の中で、忌々しく蘇ってくる」
「そんなことが……。では、今回は雪辱戦、と言うことですね」
「ああ、そうなるな」
青年――ウィルバーはもう一度カップを受け取り、無造作にあおった。
「特に、オレを愚弄したあの『猫』と、その仲間。あいつらだけは絶対、仕留めてやる」
「確かか?」
「はい、黒荘に住む同門が、確かに馬車に乗る姿を確認したと。ほぼ確実に、指揮官役であろう、との、……黄先生?」
伝令の報告を受け、晴奈は腕を組み、黙り込む。少しの間そのまま固まっていたので、伝令は不安そうに、晴奈を見つめている。
「動いて、セイナ」
見かねたエルスが、晴奈に声をかける。
「……ああ、下がって良し」
伝令はほっとした様子で、そのまま部屋を出て行った。エルスはクスクス笑いながら、椅子に座り直して、書類を整理する。
「セイナ、よっぽどそのウィルバーって男が気になるんだねぇ」
「気色の悪い言い方を……」
晴奈は手を振りながら、エルスに応える。
「ああ、ゴメンゴメン。まあ、宿敵って感じだね、今の態度から見ると」
「まあ、そうだな」
晴奈はエルスの向かいに座り、エルスの書いていた書類に目を通す――どうやら黄海周辺の地図と、兵法の類らしい。
「強いのかな?」
「ああ、かなりの手練だ。うわさでは、教団でも有数の、棍術の使い手になっているとか」
「ふーん」
エルスは書類をトントンとまとめながら、話を続ける。
「セイナも強いじゃないか」
「まあ、な。……昔、一度だけ負けているが」
「でも……」
エルスは席を立ち、セイナに微笑みかける。
「負ける気、無いんだろ?」
「無論だ」
晴奈もニヤリと、笑って返した。
黄海襲撃から三日後、教団は大軍を送り込んでふたたび、黄海に攻め込もうとしていた。襲撃の情報を聞きつけた晴奈たちは急遽、街の守りを固めて再襲撃に備えていた。
「現在、街の周囲に教団の姿はありません」
「そうか。何かあったらまた、報告してくれ」
伝令が去った後、エルスはニコニコ笑いながら、晴奈に話しかけた。
「ねえ、セイナ。まだ間があるだろうから、碁でも打たない?」
「……ふむ。確かにいつ来るか分からぬ敵を、ただ待つと言うのも無粋か。いいだろう、一局お手合わせ願おうか」
「よし、それじゃちょっと待っててね~」
エルスは嬉しそうに、いったん部屋を出る。少しして、かなり使い込まれた様子の碁盤と碁石を持って、戻ってきた。
「ほう、なかなかの年季物だな。北方でも、碁は流行っているのか?」
「うん。エドさん――博士が若い頃から碁の名人で、ずっと普及させていたんだって」
「そうだったのか……。それほどの腕前ならば一度、お手並みを拝見してみたかったものだ」
晴奈はそう言いながら碁石を握る。エルスも握りながら話を続ける。
「エドさんは強かったよ。多分死んだ今でも誰かと、打ってるんじゃないかな」
「……」
博士の死を耳にする度、晴奈の心は少し痛む。
あの時、自分の欲をさっさと振り切って駆けつけていれば、博士は助かったかもしれない。そして、大火と戦うために博士を口実にしたことも、晴奈にとっては大きな恥であった。
(死人をダシに使うなど、誇りある人間のすることではない。まったく私は、浅ましい……)
そうして心の中で、自分を責めていると――。
「ありゃ? セイナ、本気出してない、よね?」「……不覚」
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