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嵐山、ケンカ、扇子
「はぁ」
ボートから降りた途端、牧子がため息をついた。怒った顔をしている。
「どうしたんだよ、一体?」
「つまんない」
そう言って牧子は僕に背を向け、渡月橋に向かってスタスタ歩き出す。
「おい、ちょっと……なあ、待てって!」
僕は牧子を追いかけ、橋の真ん中でようやく追いついた。
「なんだよ、その態度! 君がボートに乗りたいって言うから行ったのに、そんな態度ないだろ?」
「でも、つまんなかったし。それに京一……ボートに乗ってたとき、すれ違った女の子見てたでしょ! あたしといてもつまんないんでしょ!?」
牧子の勝手な口ぶりに、僕も不機嫌になる。
「誰がそんなこと言ったんだよ!? 勝手に期待して勝手に想像して、勝手にキレるなよ!
大体君だって、さっき人力車に乗った時、引っ張ってたヤツがちょっとかっこいいからって、僕そっちのけで話してたじゃないか!? そんなに僕といても面白くないなら、さっさと帰れよ!」
「なにそれ!? 勝手勝手言うけど、アンタだって勝手じゃない!」
それから日が暮れるまで、僕らはケンカした。
散々言い合ってようやく僕らは橋を降り、公園の椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「ゴメンね京一。あたし、熱くなっちゃって」
先ほどとは打って変わって、牧子がしおらしく僕に謝ってくる。その顔を見た途端、僕も申し訳ない気持ちで一杯になった。
「……僕の方こそ、ごめん。その……変なこと言って、悪かった」
僕らは互いに謝り合い、気まずさを紛らわした。辺りはすっかり暗くなっており、僕らはこれからどうするか相談した。
「どうしようか……もう帰る? こんなに暗くなっちゃ、見る物も無さそうだし」
「うーん……ねえ、お土産屋さん、行ってみない? 人力車乗りたかったからパスしたけど、やっぱり京都っぽい物もほしいし……」
牧子の提案に、僕も乗った。
「そうだね……いいかも。でも……もう真っ暗だから、閉まってるかもしれない。早く行こう」
「うん!」
嫌な予感は当たってしまった。すでに通りの店は閉まっている。
「……つまんない」
また牧子の「つまんない」が出た。またケンカになりそうだったので、僕は他に店が無いか探し回った。
「あ、牧子! あった、開いてる店、あったよ!」
「ホント? どこどこ?」
通りから離れたところに、その店はあった。まだ明かりが点いており、営業中のようだ。
「すみませーん……開いてますか?」
「いらっしゃい、開いとりますよ」
店に入った僕らを、40くらいの女主人が出迎えた。いかにも京美人といった、着物の似合う人だ。
「へぇ~、狐だらけ」
牧子が店を見渡し、つぶやいた。確かに土産物屋にある小物の定番といえば、猫や兎をモチーフにしたものが多い。だがこの店は、狐ばかりだ。
「わぁ……可愛い」
牧子は近くにあった、狐のストラップを手に取って見ている。
と、女主人が僕の側に寄り、耳打ちした。
「お客さん……ケンカ、してはりました?」
「え」
僕はうろたえ、慌てて女主人に小声で返す。
「な、なんで分かったんですか?」
「うち、そういうのピンと来るんです。……というかお客さん、普段から恋人さんとケンカしてはりますやろ?」
「……!」
女主人の言うとおりだった。嵐山旅行に来たのも彼女の機嫌を直そうと思って……という理由からだ。
「どうして……?」
「うち、妙な力ありましてな。そういうのが分かるんですわ……そうやね、お客さんにはこれかな」
女主人は僕の手を引き、店の奥に導く。なぜか、牧子は僕らにまったく気付いた様子もなく、振り向こうとしない。
「あ、あの、彼女も……」
言いかけて、僕は口をつぐんだ。……女主人の様子が、さっきとは違っている。耳が狐のそれになり、同様の尻尾まで生えている。僕は妖怪に取り殺されるんじゃないかと怯え、背筋が寒くなった。
「さ、これですわ」
狐耳と尻尾を生やした女主人が、店の奥にある棚から扇子を2つ、取り出した。
「これ、うちが昔作った扇子なんですが……これで扇げば、邪気も飛んで行かはりますよ。彼女さんとお揃いでお2つ、どうでしょ?」
言われるがまま、扇子を手に取る。狐の絵が描かれた、京友禅の扇子に見える。値段も観光地にしては安めだったし、女主人の変貌に怯えていた僕は、すぐに買った。
牧子のところに戻ると、僕たちがいなかったことに気付いていなかったらしく、まだストラップを見ていた。
「ま、牧子、これ、買ってみた。も、もう決まった?」
「わぁ、可愛い扇子……あれ、どうしたの? 京一、顔色悪いよ。気分悪そうだから、すぐ買ってくるね」
牧子もお土産を買い、僕らはそそくさと店を後にした。
「あら?」
駅の前で、牧子がカバンを探っている。
「どうしたの? 何か無くした?」
僕が聞くと、牧子は困ったようにうなずいた。
「ほら、嵐山に来る前に記念写真、現像してたでしょ? それで、その写真がどこにも……無いの。さっきのお店で落としたのかなぁ……ちょっと、行ってくるね」
女主人の狐姿が頭をよぎり、僕は慌てて牧子を引き止める。
「い、いや、その、い、いいじゃないか、僕がネガ持ってるから、焼き増しすれば」
「え、でも」
「いいよ、うん、大丈夫だって、ほら電車来ちゃうし、行こう」
「……うーん」
牧子は少し考え込んでいたが、僕に同意してくれた。
「ま、いいか。見られて困る物、無いし」
「あ……なんやろ? これ……?
……写真や。さっきのお客さんたちのんか……うーん、もう店閉めてしもたし、普通の人間さんやと、ここ来ようと思っても来られへんしなぁ。
どないしよかなぁ……預かっとくしかないかなぁ。
……せやけど、多分来られへんやろうしなぁ……うーん」
扇子のおかげなのか、その後僕らはケンカしなくなった。それどころか結婚し、今では子供もいる。あの時は女主人を怖がったが、今にして思えば、彼女は僕と牧子の縁を取り持ってくれたのだろう。
いつかまた、京都に行ったらあのお店に行って、お礼を言いたい。
嵐山、ケンカ、扇子 終
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