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黄輪雑貨本店 別館

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 その他頻繁に更新するもの、コメントをいただきたいものはこちらにアップさせていただきます。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

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嵐山、ケンカ、扇子

深草さんの話、5話目。
嵐山は観光地ですが、あそこはカップルで行くべきですね。
1人だとつまらないw

   嵐山、ケンカ、扇子

 

「はぁ」

 ボートから降りた途端、牧子がため息をついた。怒った顔をしている。

「どうしたんだよ、一体?」

「つまんない」

 そう言って牧子は僕に背を向け、渡月橋に向かってスタスタ歩き出す。

「おい、ちょっと……なあ、待てって!」

 僕は牧子を追いかけ、橋の真ん中でようやく追いついた。

「なんだよ、その態度! 君がボートに乗りたいって言うから行ったのに、そんな態度ないだろ?」

「でも、つまんなかったし。それに京一……ボートに乗ってたとき、すれ違った女の子見てたでしょ! あたしといてもつまんないんでしょ!?」

 牧子の勝手な口ぶりに、僕も不機嫌になる。

「誰がそんなこと言ったんだよ!? 勝手に期待して勝手に想像して、勝手にキレるなよ!

 大体君だって、さっき人力車に乗った時、引っ張ってたヤツがちょっとかっこいいからって、僕そっちのけで話してたじゃないか!? そんなに僕といても面白くないなら、さっさと帰れよ!」

「なにそれ!? 勝手勝手言うけど、アンタだって勝手じゃない!」

 それから日が暮れるまで、僕らはケンカした。

 

 散々言い合ってようやく僕らは橋を降り、公園の椅子に座ってお茶を飲んでいた。

「ゴメンね京一。あたし、熱くなっちゃって」

 先ほどとは打って変わって、牧子がしおらしく僕に謝ってくる。その顔を見た途端、僕も申し訳ない気持ちで一杯になった。

「……僕の方こそ、ごめん。その……変なこと言って、悪かった」

 僕らは互いに謝り合い、気まずさを紛らわした。辺りはすっかり暗くなっており、僕らはこれからどうするか相談した。

「どうしようか……もう帰る? こんなに暗くなっちゃ、見る物も無さそうだし」

「うーん……ねえ、お土産屋さん、行ってみない? 人力車乗りたかったからパスしたけど、やっぱり京都っぽい物もほしいし……」

 牧子の提案に、僕も乗った。

「そうだね……いいかも。でも……もう真っ暗だから、閉まってるかもしれない。早く行こう」

「うん!」

 

 

 

 嫌な予感は当たってしまった。すでに通りの店は閉まっている。

「……つまんない」

 また牧子の「つまんない」が出た。またケンカになりそうだったので、僕は他に店が無いか探し回った。

「あ、牧子! あった、開いてる店、あったよ!」

「ホント? どこどこ?」

 通りから離れたところに、その店はあった。まだ明かりが点いており、営業中のようだ。

「すみませーん……開いてますか?」

「いらっしゃい、開いとりますよ」

 店に入った僕らを、40くらいの女主人が出迎えた。いかにも京美人といった、着物の似合う人だ。

「へぇ~、狐だらけ」

 牧子が店を見渡し、つぶやいた。確かに土産物屋にある小物の定番といえば、猫や兎をモチーフにしたものが多い。だがこの店は、狐ばかりだ。

「わぁ……可愛い」

 牧子は近くにあった、狐のストラップを手に取って見ている。

 

と、女主人が僕の側に寄り、耳打ちした。

「お客さん……ケンカ、してはりました?」

「え」

 僕はうろたえ、慌てて女主人に小声で返す。

「な、なんで分かったんですか?」

「うち、そういうのピンと来るんです。……というかお客さん、普段から恋人さんとケンカしてはりますやろ?」

「……!」

 女主人の言うとおりだった。嵐山旅行に来たのも彼女の機嫌を直そうと思って……という理由からだ。

「どうして……?」

「うち、妙な力ありましてな。そういうのが分かるんですわ……そうやね、お客さんにはこれかな」

 女主人は僕の手を引き、店の奥に導く。なぜか、牧子は僕らにまったく気付いた様子もなく、振り向こうとしない。

「あ、あの、彼女も……」

 言いかけて、僕は口をつぐんだ。……女主人の様子が、さっきとは違っている。耳が狐のそれになり、同様の尻尾まで生えている。僕は妖怪に取り殺されるんじゃないかと怯え、背筋が寒くなった。

 

「さ、これですわ」

 狐耳と尻尾を生やした女主人が、店の奥にある棚から扇子を2つ、取り出した。

「これ、うちが昔作った扇子なんですが……これで扇げば、邪気も飛んで行かはりますよ。彼女さんとお揃いでお2つ、どうでしょ?」

 言われるがまま、扇子を手に取る。狐の絵が描かれた、京友禅の扇子に見える。値段も観光地にしては安めだったし、女主人の変貌に怯えていた僕は、すぐに買った。

 牧子のところに戻ると、僕たちがいなかったことに気付いていなかったらしく、まだストラップを見ていた。

「ま、牧子、これ、買ってみた。も、もう決まった?」

「わぁ、可愛い扇子……あれ、どうしたの? 京一、顔色悪いよ。気分悪そうだから、すぐ買ってくるね」

 牧子もお土産を買い、僕らはそそくさと店を後にした。

 

 

 

「あら?」

 駅の前で、牧子がカバンを探っている。

「どうしたの? 何か無くした?」

 僕が聞くと、牧子は困ったようにうなずいた。

「ほら、嵐山に来る前に記念写真、現像してたでしょ? それで、その写真がどこにも……無いの。さっきのお店で落としたのかなぁ……ちょっと、行ってくるね」

 女主人の狐姿が頭をよぎり、僕は慌てて牧子を引き止める。

「い、いや、その、い、いいじゃないか、僕がネガ持ってるから、焼き増しすれば」

「え、でも」

「いいよ、うん、大丈夫だって、ほら電車来ちゃうし、行こう」

「……うーん」

 牧子は少し考え込んでいたが、僕に同意してくれた。

「ま、いいか。見られて困る物、無いし」

 

「あ……なんやろ? これ……?

 ……写真や。さっきのお客さんたちのんか……うーん、もう店閉めてしもたし、普通の人間さんやと、ここ来ようと思っても来られへんしなぁ。

 どないしよかなぁ……預かっとくしかないかなぁ。

 ……せやけど、多分来られへんやろうしなぁ……うーん」

 

 

 

 扇子のおかげなのか、その後僕らはケンカしなくなった。それどころか結婚し、今では子供もいる。あの時は女主人を怖がったが、今にして思えば、彼女は僕と牧子の縁を取り持ってくれたのだろう。

 いつかまた、京都に行ったらあのお店に行って、お礼を言いたい。

 

嵐山、ケンカ、扇子 終

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