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扇子、子狐、二つ目の結末
千穂騒ぎも終わり、あたしはようやく、神奈川に帰れた――たった一泊二日の出来事なのに、まるで何週間も過ごしたような気分だった。
「ほな、さよなら、葛葉ちゃん」
円ちゃんが、京都駅まで付き添いと、見送りをしてくれた。夕べの騒ぎから、あたしたちはとても仲良くなっていた。深草さんのお家に泊まり、一晩過ごしたことで、何だかもう、親友のようになっていた。
「ありがと、円ちゃん。……本当に、ありがと」
「うん、……うん」
ホームにベルの音が鳴り響く。間も無く、出発だ。いよいよ、円ちゃんとも、お別れだ。
「その、……また、来ても、いい?」
「ええよ、また来て。うち、ずっと待ってるさかい」
円ちゃんは涙目になっている。あたしも、気を抜くと泣きそうだ。と、円ちゃんが着物の袖から、何かを取り出した。
「あ、これな。お母さんから、渡して、って」
円ちゃんが渡したのは、長方形の小箱だった。中身を聞こうとしたが、タイミング悪く、新幹線の扉が閉まってしまう。そしてゆっくりと、動き出す。
円ちゃんは、突っ立ったまま、ブンブン手を振っていた。あたしも扉に張り付きながら、目一杯手を振った。
京都駅が見えなくなったところで、あたしはとぼとぼと車内を歩き、席に着いた。
「何だろ、これ」
小箱をそっと開けると――扇子が入っていた。開いてみると、竹林と、とても可愛い、子狐の絵が描かれていた。
「これも、きつね、ごせん、かな?」
パタパタと、自分の顔を扇いでみる。心地のいい風と、白檀の香りが、あたしの心を和ませる。
そしてそのまま、すうっと、眠りに就いた。
夢の中で、あたしは竹林にいた。いかにも「和」って感じの、静かな場所だった。竹林の間を通っている細い道を、何気なく歩いてみる。さらさらと、風で竹が揺れる音が心地よかったが、その反面、なぜだかとても、切なくさせた。
「誰か、いない?」
声をかけるが、応えてくれる人はいない。ただ、さらさらと、竹の音だけが聞こえる。不安になって、もう一度、呼びかける。
「誰か、いないの?」
返事は、返ってこない。
あたしは途端に心細くなり、細道を走った。でも、どこまで行っても、終わりが無い。ずっとずっと、竹林ばかりが続いている。
「誰か、返事してよ!」
たまらず叫ぶ。返事は無い。
「誰か、いないの!?」
さらさらと、竹の音。
「誰か!」
さらさら。
「誰か……」
やがて風も止まり、音がやんだ。あたしは泣いていた。
「誰か、いてよ……」
きゅう。
背後で、何かの鳴き声が聞こえた。振り向くと、そこには子狐がいた。
「あ……」
子狐はじっと、あたしを見ている。近づくと子狐は、前を向いたままで、器用に一歩、後ろに下がる。
「待って」
待ってくれない。また一歩、下がる。
「待ってよ」
子狐は後ろを向いてしまう。
「待ってってば!」
あたしは走り出す。子狐も走る。
「待ってよ、待ってったら!」
今来た細道を、走って戻る。子狐はドンドン走って、距離が開いていく。
「待ってよ、助けてよ!」
あたしを一人にしないで。こんな寂しいところに、一人は嫌だ。
「待ってってば、マジで、待ってよぉ」
嫌だ、嫌だ!
「待って、待って!」
さらに距離が開く。とうとうあたしは、子狐を見失ってしまった。もう、辺りは暗くなっている。真っ暗な竹林の中で、あたしは一人、佇んでいた。
「待ってよぉ……」
くい、とあたしのジーンズが引っ張られる。足元を見ると、さっきの子狐がいた。
「あ……」
今度こそ、逃がさない。あたしは素早く、子狐の体をつかんだ。
「捕まえた!」
ガッチリとつかみ、その体を抱きしめる。すると子狐は、ぽつりとつぶやいた。
「寂しいのは、嫌じゃ」
子狐はしゃべりながら、嗚咽をあげる。
「一人ぼっちじゃ。なぜわしは、こんな寂しいところにおるのじゃろ。一人でこの竹林を、さまようておる」
「あんた……」
このしゃべり方。まさか――。
「姉上、ずっと抱きしめてたもれ。寂しいのは、嫌じゃ」
その時、どこからか、くぐもったような声が、いくつか聞こえた。
(何でそんな風に……?)
(さっぱり分からへんなぁ)
(体の方はどうなってます?)
(アカンなぁ、完璧にただのケモノや。元に、戻らんのとちゃうか?)
(どないしましょう、こっちは)
(子狐の絵に憑いたんやろし、子狐になっとるんやろ。害も無いやろ、多分)
(ああ、何か泣いてますわ)
(子狐になったから、甘えん坊さんになっとるんかも、しれへんな)
(うーん。どないしましょかねぇ)
(そや、あの子に持っててもらうんは、どや?)
そこで、目が覚めた。どうやら、扇子を抱きしめて、眠っていたようだ。ふたたび扇子を開くと、さっき見た時と同じように、子狐が描かれているのが目に入った。
「あれ?」
でも、絵柄が少し、違う――さっきは立っている絵だったはずだ。でも今は、少し悲しそうな顔で、丸まって眠っている。
「……あははっ」
笑いが、こみ上げてきた。そうか、こんなに可愛くなっちゃったのか。
「……今度は悪さ、しないでね」
この扇子は、それからずっと、あたしが肌身離さず持っている。少しでも放っておくと、夢の中で大泣きしてくるからだ。
百穂扇――そう名前を付けた扇子は、今でもお守りとして、大事に持っている。
扇子、子狐、二つ目の結末 終
橋本葛葉と狐護扇 完
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