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計算、仕事、一つの結末
あたしが到着してから少しして、藤森さんも円ちゃんに連れられて、駆けつけて来てくれた。仕事先から直行したのか、珍しくスーツ姿だ。
「よお、お待たせ。……こんにちは、お久しぶりです、深草さん」
「こんにちは、えーと、確か……、このお客さんでしたね」
深草さんは壁にかけてあった、兎の付いたカラビナを指し示した。
「あ、はは……、すみません、その節は」
藤森さんは恥ずかしそうに笑い、小さく頭を下げた。深草さんは首を振り、笑ってこう言った。
「いえいえ、おかげさんで、ええ見本になりました。……ほれ」
兎の隣には、狐の人形が付いたカラビナが飾ってあった。どうやら、人形もカラビナも、手作りらしい。
……むちゃくちゃ器用やなぁ。
十数年ぶりに手元に戻った絵本を見て、深草さんはコロコロ笑いながら、円ちゃんに見せている。
「懐かしいやろ、これ。あんたがちっちゃい頃、よう聞かせてたなぁ」
「え~、そうやったっけ」
円ちゃんは恥ずかしそうに笑いながら、手にとって読んでいる。
「あー、うーん……、記憶に無いなぁ。うちが、相当ちっちゃかった時ちゃうのん?」
「そうやねぇ、いつくらいやったかなぁ……」
深草母娘は絵本を肴に、思い出話を始めている。
「なぁなぁ、姫子ちゃん。これ借りたん、いつくらいやった?」
「ふぇ?」
円ちゃんは会って間も無いあたしに、とても親しげに尋ねてくる。あたしもなぜか、普通に返してしまう。
「え、えーと、4歳の頃やったから、14年前やね」
「そっかー、そん時やと、うち、まだ……」
そう言いながら、円ちゃんは指折り数える。……が、何本折っても、数え終わらない。
「えー、……と」
「あんた、まだ数字苦手なんか……。もうっ」
深草さんは呆れた様子で、円ちゃんの頭をポンと叩く。
「……えへっ」
円ちゃんは顔を赤くして、ポリポリ頭をかいて――いつの間にか、狐耳が生えている。計算に夢中になっていたからだろうか――恥ずかしがっている。
「ちゃんと計算できるようにならへんと、お店なんかできひんよ」
「うん、まあ、そうなんやけどね」
そう言いながら、円ちゃんはまだ、指を折っていた。
「お店って、将来は円ちゃんにもお店を?」
「ええ、この子がもうちょっとしっかりしたら、一つ、持たせようか思てますのんや」
「もぉ、うちしっかりしてるって……」「198円が4つ」「え、えー、えーと」
円ちゃんの狐耳が、ぺちゃりと伏せられる。
「……694円」「あほ」「あぅ……」
円ちゃん、撃沈。あたしも計算してみる。
「えーと、792円?」
「あら、正解ですわ」
お、やった。円ちゃんが目を輝かせている。
「計算、早いなぁ。すごいわぁ、姫子ちゃん」
「う、うん。昔、そろばんやってたから」
「そうなんですか~。……円、見習わなアカンよ」
深草さんはコツンと、円ちゃんのおでこを突っついた。
「あいたぁ……。ええもん、計算は電卓あるし」
「そう言う問題や無いでしょ。
……すみまへんねぇ、恥ずかしいところ、見せてしもて」
深草さんは困ったように笑いながら、あたしと藤森さんに軽く頭を下げた。
「あ、いえ。……バイト、とかは雇われないんですか?」
あたしはふと、そんなことを尋ねてみた。
「へ? うーん……、この店、わりと特殊やからねぇ。募集しても、人来はらへんやろしねぇ。
まあ、円がこんなんやし、人手はほしいな思うてますけど」
深草さんは首をかしげながら、そう答えた。わりと、や無いと思う……。
「こんなん、て」
円ちゃんは頬を膨らませている。
「248円が6つ」「……あぅ」
深草さんにまた問題を出され、円ちゃんは途端にへこんでしまった――ちなみに、1488円。
「何で、そんなん聞かはりますのん?」
「あ、いえ、何となく」
すると、円ちゃんが目を輝かせながら、手を握ってきた。感情が忙しい子やなぁ。
「え? え? もしかして、うちでバイトしたいん? ホンマに?
せやったら、大歓迎やで! 計算できるし、うちの店のこと好きやし、えー人材かもしれへんで、お母さん!」「いい加減にしいや、円」
沸き立つ円ちゃんを、深草さんがポンと頭を叩いて抑える。
「今日会ったばっかりのお客さんに、いきなり『うちで働け』て、失礼やないの」
「あ、う……ん。ゴメンなぁ、姫子ちゃん」
「あ、ううん、ええよ、円ちゃん。
……でも、あたし、深草さんのお店なら――ちょっとくらい、バイト代安くてもいいから――手伝ってみたいかなー、って」
深草さんに怒られてしゅんとなっていた円ちゃんが、あたしの言葉で途端に元気になる。
「ホンマに? ええの? ホンマ?」
「あらもう、嬉しいこと、言うてくれはりますね」
深草さんはコロコロと笑っている。ところが――。
「……ほな、ちょっと、お試ししてみはります?」
「え?」
笑っていた深草さんの顔が、少しだけ真面目になる。
「うちの店に来れるように、道を作っておきますさかい、しばらくお手伝いしてみてもろて、それでできそうかどうか、って言うのんを見てみましょか」
「い、いいんですか?」
バイトはいないのか――普通のお店であれば、何てことの無いこの一言で、こんな風に話が進むなんて。
「お、おい、姫子ちゃん」
横でやりとりを見ていた藤森さんが、普段は細い目を大きく見開いて、割り込んできた。
「いくらなんでも、それはまずいって」
「そうですか? 面白いと思うんですけどねぇ」
「いや、そう言う問題じゃないだろ……。だってさ、ほら、その……」
言いにくそうにしているが、藤森さんの言いたいことは、何となく分かった。
化かされるかも、でしょ?
ええよ、別に。深草さんやったら、化かされてもええわ。
深草さんやったら、何か、笑って許せる気がする。
とある路地を歩く。
路地を抜けると、あのお店にたどり着く。
店に入ると、円ちゃんがふにゃりと笑って出迎える。
「おはよう、姫子ちゃん」
深草さんが、コロコロと笑って挨拶する。
「おはようさん、今日も頑張りましょ」
あたしは狐と月の刺繍が入ったエプロンを着ながら、満面の笑みで挨拶する。
「おはようございます。今日も、頑張りましょうね」
計算、仕事、一つの結末 終
桃山姫子の店探し編 完
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