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1.
514年、春。いつもはむさ苦しい紅蓮塞が、今日は華やかに染まっていた。
現在の家元、焔重蔵の孫である桐村良太と、焔流の女剣士、柊雪乃の婚礼が行われるためである。
「うっわー」
宿場街を歩いていた橘は、塞内の変わりように驚いていた。
「すっご、大イベントじゃないの」
あちらを見ても、こちらを見ても。「焔家 ご成婚記念」ののぼりが立っている。
「ご成婚記念、ねぇ。まあ、この街の王子サマだもんね、良太くんって」
とりあえず、道端の露店で温泉まんじゅうを買う。食べようと包みを開いた瞬間、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ」
何と、まんじゅうすべてに良太と雪乃の顔が、焼印で押されているのだ。
「ちょ、食べれないって、コレ」
と、冗談は言いつつも。
「はむっ。……あっまーい」
橘は頬を押さえて味わう。
「二人の仲を祝って、ってコトなのかなぁ。……しっかし、このデザインはありえないでしょ」
そう思って、先ほどの露店を振り返ると。
「ぶふっ」
あごひげを生やした侍風の、狐獣人の子供を背負った人間の男と。
「これ、良太さんかしら」
見るからにおしとやかな白い「狐」の女性が、まんじゅうを見て笑っていた。
「こりゃ、ねーよぉ。わはは……」
「本当、少しお遊びが過ぎますね、ほほ……」
謙と棗はまんじゅうを見つめ、大笑いしていた。
「ほら、あの赤毛のエルフさんも笑ってる」
「あら、本当。……まあ、吉事のさなかですから、このくらいの遊びは楽しさの内ですね」
棗は笑いをこらえつつ、まんじゅうを口にする。
「むぐ。……あら、とっても甘い」
「ほう。一つ、くれないか」
桃を背負って両手がふさがっているため、棗が謙の口にまんじゅうを運ぶ。
「むしゃ。……うっは、甘いなぁ」
謙は顔をしかめつつも、まんじゅうを飲み込む。
「おかーさーん、あたしもー」
二人が食べているのを見た桃が、まんじゅうをせがむ。
「はいはい。ほら、あーんして」
「あーん。……ほんとだ、あまーい」
まんじゅうをつまみつつ、梶原夫妻は今日の主役についてしゃべる。
「雪乃が、あの子とかぁ。何度考えても、しっくり来ないなぁ」
「そうでも無いですよ、あなた。良太さんも、芯は清く、強い方ですもの。雪乃さんには、それが良く分かっていらっしゃるのよ」
「……だな。楽しみだ、式が」
「ええ、そうね」
雪乃の花嫁姿をあれこれ想像する両親に、桃が質問してくる。
「ねえ、おとうさん、おかあさん。ゆきのさんって、どんなひと?」
「んー、そうだな。ちょっとオクテだけど、気が良くて明るい、いい子だな」
「おくて、って?」
「あー、と」
謙はいい例が無いか考え、先ほどまんじゅうを買ったのとは別の露店に立っている、茶縞の虎獣人の青年を見て、「あー」と声を漏らす。
「そうだなー、恥ずかしがり屋さん、って感じだな。
……って、おいおい。何か、悶えてるぞ?」
「か、顔が。……うーん」
買ったまんじゅうを見て、柏木は硬直した。元来、彼は動物型の菓子や、顔の描かれたまんじゅうの類が苦手なのだ。
「し、しかし食べないと。おめでたいもの、だし」
意を決して、口にぽい、と入れる。
「……ぐ、んがっ!?」
口に投げる勢いが良すぎたために、のどに詰まってしまった。
「ゲホ、ゴホ、ぐえ、ゲホ……」
柏木はのどを押さえ、悶絶する。と、そこへ慌てて棗がやってきた。
「だ、大丈夫ですか!? ……えいっ!」
棗は柏木の背中をバシバシと叩き、まんじゅうをのどから叩き出した。
「げっ、ゴホッ、……ハァハァ」
顔を真っ赤にしたまま、柏木は棗に礼を言う。
「す、すみません、お騒がせ……、ゲホ」
「無理なさらないで。……はい、お水」
棗の差し出した水をガブガブと飲み、柏木はようやく落ち着いた。
「はー、はー」
「おいおい、焔剣士ともあろう者が情けねーなぁ」
いつの間にかやって来た謙が、呆れた顔でつぶやいた。
「え? あ、あなたも焔の方ですか?」
「おう。俺の名は樫原謙だ、よろしくな」
「あ、これはどうも。私、柏木栄一と申します。青江は楢崎瞬二派の、焔流の者です」
柏木の自己紹介を聞いた謙は目を丸くした。
「え? 君、楢崎先生のお弟子さんか? いやー、こりゃどうもどうも」
「先生をお知りなんですか?」
「塞にいた時にゃ、お世話になったもんだ。っと、ちゃんと名乗らなきゃな。本家、焔流免許皆伝の身だ。よろしくな」
道端で自己紹介を始めた途端、周り中から同じような声が沸き起こる。
「楢崎先生なら、私も知ってます!」
「え、君も?」
「じゃ、本家?」
「わあ、私も教えてもらったんですよ!」
ざわめく宿場街を見て、騒ぎの発端となった謙と柏木は、互いに困った顔をした。
「はは……、雪乃に会うはずが、これじゃ同窓会だ」
「思いがけないことに、なってしまいましたね……」
「何なのよー、ホント」
急に込み始めた街路を縫うように歩きながら、橘はブツブツ文句を言う。
「通れない、っつーの。……もう、服がグチャグチャになっちゃうじゃないの!」
橘は袖を互い違いに握りしめながら、杖を懐に挟んでじりじりと進む。
「よいしょー、よいしょっ」
人ごみを何とか切り抜け、細道に入る。そこで巫女服の乱れを直し、杖が無事なことを確認する。
「33、34、35……、36、と。よし、鈴は全部無事ね」
杖に付けた鈴をシャラシャラ鳴らして、問題が無いことを確認した。
と――視界の端に、人の顔が見えた。
「あれ?」
一瞬見えたその顔に、橘は見覚えがある。いや、あるどころでは無い。今日の主役の、顔だった。
「雪乃?」
橘はその人物がいたはずの方向に、進んでみる。
「おーい?」
だが、細道には橘以外、誰もいなかった。
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