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1.
双月暦513年、秋。柊と良太の仲が公認になり、半年が過ぎた。
初めはお互い恥ずかしがって、手も握らないような状態だったが、今では紅蓮塞の下部、宿場町を散策するなどして、その仲を深めていた。
「何だか、あっと言う間」
「え?」
良太の横にいた柊が、どこかから流れてくる温泉の湯気を見てぽつりとつぶやいた。
「どうしたんです、雪乃さん?」
「あなたと付き合うようになって、春から夏、秋まで。あっと言う間に過ぎてしまったわね」
「そうですねぇ。楽しい時間は早く過ぎる、って言いますけど、本当だったんですね」
「……うふふっ」
柊は良太の腕を取り、抱きしめる。
「こんなに幸せで、いいのかしら」
恋人の甘えてくるような言葉に、良太もにやけてくる。
「あはっ、いいんじゃないですか? 何か、後ろめたいことが?」
「……そうね。幸せで、いいのよね」
柊の、腕を抱く力が強くなる。
「……? ええ、いいですよ」
だが、盛り上がれば盛り上がるほど、柊の言葉の端に何か、捉えがたい感情が見え隠れする。それを感じる度、良太はある思いを抱いていた。
良太は――心底幸せなのだが――何か、不安のような、違和感のようなものを感じていた。
(何だろう、この気持ち……?
雪乃さんの温かさが、本当に心地よくて。話す言葉の一つ一つが、きらめく宝石のようで。本当に、幸せ一杯、……なんだ、けど。
なぜだろう、なぜ、こんな気持ちに――まるで、遠い遠い世界にぽつんと立つ、街灯のように――一瞬、ほんの一瞬だけ、雪乃さんがはるか遠くに感じてしまう……)
だが、生来の気弱さのせいと、柊が過去に触れることを嫌うために、良太はずっと、何も聞かずに済ましていた。
柊と一旦離れ、午後の仕事である書庫の整理に向かうまでは。
「また、ラ行にカ行の本が……。ちゃんと片付けてほしいな、もう」
良太は間違った場所に納められた本を抱え、元の場所に戻そうとしていた。書庫は焔流の者たちが図書館として使っているため、しばしば乱雑な使われ方もされたりする。
「あー、まただ。今度はマ行に、タ行。こんな適当な入れ方してたら、本が見つけられなくなるじゃないか」
ブツブツ文句を言いながら、別の場所に納められていた本を、元の棚に戻す。
「『毎日の鍛錬』。何でこれをカ行に入れるかなぁ。こっちもだ。『名士録・央南編(510年度版)』。図鑑の分類に入れるなら、まだ分かるけどさぁ……」
と、その名士録を棚に戻そうとして、ふと興味がわく。
「……名士録、かぁ。おじい様も、載ってるのかな?」
他の本を机に乗せ、何となくそれを開いてみる。
「ふん、ふん……。あ、あった。『焔重蔵(ほむら じゅうぞう) 短耳 男性 436~ 焔流剣術家元、剣術家』。そっか、もう70越えてるんだ、おじい様。
あ、もしかして姉さんの家のも、あるのかな? ……あるある。『黄紫明(こう しめい) 猫獣人 男性 461~ 黄商会代表、実業家』。へぇー……。結構、面白いかも」
良太はパラパラと、名士録をめくっていく。
「『天原桂(あまはら けい) 狐獣人 男性 475~ 天原財閥宗主、第41代央南連合主席』。やっぱり載ってた、はは。
……僕の知ってる名士って言えば、これくらいかな?」
一通り読み終えて、本を閉じようとしたその時。目の端に、ある文章が映った。
「『柊雪花……』」
恋人とほぼ同じ名前に指が思わず反応し、す、と差し込む。
「……まあ、関係ないだろうけど」
そうは言いつつも、読まずにはいられない。指を差し込んだ頁を開いて、先ほどの名前を確認する。
「『柊雪花(ひいらぎ せっか) 長耳 女性 443~485? 古美術商、資産家』。……485年、没なのかな? だとしたら何で、510年度版に載ってるんだろう?」
少し気になったので、良太はこの女性について調べてみることにした。
書庫なので、資料はいくらでも出てくる。この雪花と言う人物も、調べ始めて30分もしないうちに詳細が判明した。
柊雪花、エルフ。元々は父親から古美術商を受け継ぎ、細々と商売していたのだが、20代の終わり頃から希少価値の高い小物を多数手がけるようになり、一代で巨額の財を築いた。晩年には央南でも十指に入る資産家となったが――。
「485年に、行方不明。あ、だからまだ載ってるのか。……行方不明になった資産家、かぁ。何だか、想像を掻き立てられるなぁ」
「何の想像をしてるんだかな」
不意に後ろから声をかけられる。振り返るとかつての姉弟子、晴奈が立っていた。
「あ、姉さん」
「何を見てるんだ?」
「あ、ほら。この柊雪花って人、雪乃さんに名前が似てると思って」
良太は読んでいた本を晴奈に手渡す。
「ほう……」
晴奈は渡された本を、ペラペラとめくる。
「……485年に、行方不明か。ふむ」
「何だか気になるでしょ?」
「それだけじゃないな」
晴奈はある頁を指差す。
「小物の売買、と言うのも師匠と似ている。あの人は、小物を集めるのが好きだから」
「あ、なるほど。……エルフで、小物好きで、名前も似てる。偶然、でしょうか?」
「どうかな……? 私に聞くより、師匠に聞いてみた方が早いと思うが」
「……ですよねぇ」
書庫整理を切り上げ、良太は雪花について書かれた本を持って柊の部屋を訪れた。
「こんにちは、雪乃さん」
「あら、良太? どうしたの?」
嬉しそうな顔で、柊が戸を開けて出てくる。
「えっと、そのですね。あ、中入ってもいいですか?」
「いいわよ」
柊はニコニコしながら、部屋に戻る。良太も部屋に入り、中を見回す。
(確かに、小物が多いな。狐の置物とか、観葉植物とか。それに良く見ると、何個か古ぼけてるのがある)
「どうしたの?」
入口で立ち止まっている良太を見て、柊が首をかしげる。
「あ、いえ」
いぶかしがられ、良太は慌てて座り込んだ。
「どうかしたの?」
「あ、えっとですね。実は、こんなの見つけたんですよ」
「ん?」
良太は持って来た本を開き、柊に見せる。
「ほら、この雪花って人、雪乃さんに良く……」「……」
頁を見た柊の顔が、無表情になっている。
「……雪乃さん?」「……」
突然、柊が立ち上がった。そして――。
「な、何を?」
「……ダメ」
「え?」
柊は、傍らに置いていた刀を握りしめている。今にも刀を抜きそうな気配を漂わせ、あまりにも冷たい声で、命令する。
「この話は、もう、しないで」
「ゆ、雪乃さん?」
「いい? もうこの話は、絶対にしないで」
無表情のまま、異様に殺気立っている柊に、良太の額からボタボタと冷や汗が走る。
「……わ、分かり、ました」「……」
良太は本を閉じ、慌てて部屋を出た。
一人きりになった柊は、ぽつりとつぶやく。
「何で……、良太が、あれを」
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