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6.
晴奈は元来た通路を、日記を抱えたまま戻っていく。
そして、出入り口に来たところで。
(うわっ!?)
前を向いたまま、静かに後ずさった。
(……まあ、仲が戻ったようで何よりか)
晴奈と良太、そして雪乃はまた、重蔵のところに戻ってきた。
「家元。この日記、拝読いたしました。
最後の頁に、『追伸の、追伸。この日記を読んだ人は、読んでいない人に話したりしないでね』と書かれておりましたので、もうお話いただいても、よろしいかと」
「……そうか」
重蔵はコク、と深くうなずき、口を開いた。
「あれから、もう30年近くなるんじゃのう。
初めに、柊先生から雪さんのことを聞いた時は、そりゃもう仰天したわい。しかしの、その頃にはすでに、本物……、と言うか、普通の人間じゃったからのう。魔力もあったし、筋も良かったから、そのまま剣士の修行を積ませることにしたんじゃ。
まあ、その後のことは周知の通り。うちの師範になり、そのままうちに住み、たまに諸国を漫遊し、晴さんと、良太に出会った。
これがわしの知る、柊雪乃と言う女性についてのすべてじゃ」
「あの、おじい様」
そこまで重蔵が話したところで、良太が挙手する。
「雪花さんの日記には、花乃と言う人物も出てきました。どうやら、雪乃さんの姉妹に当たるようなのですが。こちらは、ご存知でしょうか?」
重蔵は腕を組み、首を横に振る。
「すまん。そちらについては皆目、見当も付かん。柊先生から、クリス・ゴールドマンと言う行商人に預けたとは、聞いておるが」
「ゴールドマン……? 確か央中の、大商家では」
「恐らく、そうじゃとは思う。が、話の筋からして、どうやら傍系の者か、あるいはその名を騙った者のようじゃ。
今現在どうしているのかは、残念ながら分からん。一度金火狐に手紙を宛ててみたものの、返事は返ってこんかった。
ともかく分かるのは、雪さんと柊先生についてのみ、じゃ」
そこで重蔵は深くため息をつき、部屋の奥に入った。そしてすぐ、晴奈たちのところに戻る。
「ようやく、これを渡せるのう。
これは、柊先生から『雪乃がもし、結婚する時は贈ってください』と頼まれていたものなんじゃが」
重蔵の手には、小さな箱が乗せられている。雪乃はそろそろと、その箱を手に取った。
「母さんの、贈り物……」
中を開けると、そこには指輪が2つ入っていた。
「なるほど、結婚指輪ですか」
「もう、渡してもいい頃合じゃと思うてな」
雪乃はその指輪を取り出し、はめようとする。が、そこで良太が雪乃の手をつかむ。
「あ、雪乃さん」
「え?」
「それ……、僕が、付けます」
それを聞いた途端、周りが一斉に反応した。
「おう、おう。ついに決めなさるか」
重蔵は嬉しそうにニヤついている。
「頑張れ、良太」
晴奈は両拳を胸の前で固め、応援する。
「……」
そして雪乃は、顔を真っ赤にして手を差し出した。
「それ、じゃ。付け、ますね」
良太も緊張した面持ちで、指輪を――雪乃の指にはめた。
その瞬間。良太の心から、一つの風景が消え去った。
(あ……)
あの、遠い世界の孤独な街灯が、砂になって消えていく。
(感じる)
砂は風に舞い、虚空へと飛んで行く。
(雪乃さんが、すごく……)
砂がすべて散り去った跡には、澄み切った空の下、早春の高原の真ん中で笑う雪乃が見えた。
(近い! すごく近いよ、雪乃さん!
僕はようやくあなたの側に、……来られた!)
良太は目の前にいる雪乃の手を握ったまま、一言発した。
「結婚、してください」
雪乃はまっすぐに見つめ返し、一呼吸置いた後――うなずいた。
蒼天剣・琴線録 終
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