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5.
「知ってしまったのね……」
物陰から柊が現れた。ひどく悲しそうな顔から、ポタポタと涙が流れている。
「ゆ、雪乃さん」
「……」
一言発したきり、柊は何もしゃべらない。
「その、僕はあなたを助けようと……」「……」
良太が何か言おうとするが、言葉にならない。
「……その、あのっ」「もういいわ」
凍りつくような声で、柊が良太の弁明をさえぎった。
「そうよ。わたしは、人形だった。31年前、は。それを人間に変えたのは、母さん。魔術で人形を、人に変えたのよ。
でもその魔術は、代償が必要だった――術の使用者を、人間から人形に変えると言う」
「雪乃さん……」
「家元も、わたしの出自はご存知よ。母が動けなくなる直前、ここに来たから。母はすべてを家元に伝えたわ。
魔術で家に飾っていた人形を、人間に変えたこと。ある人物から聞いた、代償のこと。そして数年のうちに、母は完全に人形になってしまうこと。
でもそうなる前に、いくつかのお願いを家元にしたの。まず、心克堂地下道の修繕をする代わりに、その奥にかくまってほしい。次に、自分が人形になったことを誰にも知らせないでほしい。そして――わたしを、自分の代わりに育ててほしいと」
柊は顔を伏せ、その場にうずくまった。
「知らないでほしかった……! 良太に、知ってほしくなかった……! 折角、いい人にめぐり合えたと思ったのに、何で! 何で、知ってしまうのよ!?」
「雪乃さん、僕は」
「もうおしまいよ……! 母の代わりに生きているなんて、わたしはあまりにも呪われている! わたしはもう、生きていけないのよ……」
柊はそこまで叫んだところで、急に立ち上がる。そして、背を向けて走り去っていった。
「ゆ、雪乃さん!」
良太も――普段のとろくささが、嘘のように――急いで、後を追いかけた。
残った晴奈は追いかけようとも考えたが、途中で足を止めた。
(二人の問題だ。私が行って、どうなる? 二人で、解決しなければならぬことなのだ。
それよりも、優先すべきは)
晴奈は地面に落ちた日記を取り、もう一度読み始めた。
「485年 9月16日 雨
モールは思っていたよりずっと、いい人だった。私の治療をしてくれたのだ。
いや、厳密に言えば魔術の応用を教えてくれた。動かないものを、動かせるようにする術。それで何とか日記も書けるし、ゆっくりとだが歩けるようになった。
モールによれば、これも一時的な処置であるらしい。1、2年経てば、その術でも動けなくなるのだそうだ。脳まで、人形になって。
絶望しそうだ。私の余命は、あと1年。雪乃や花乃が成長する様を、それ以上見られないのだ。いや、もっとはっきり言えば、幼いこの子たちを遺して、私は死んでしまうのだ。
何とかできないかと、モールに頼み込んだ。答えは「無理だね」。術を解除すれば、あるいは助かるのかも知れないと言うのだが、それはすなわち、子供たちの死を意味する。
それ以外の方法は、無い。そう、はっきり言われた。
悲しい。体がバラバラになりそうなほど、悲しい。どうしようもないのだろうか?
485年 9月17日 曇り
クリスが来た。モールとともに、私の体と、子供たちのことを告白した。
やっぱり、驚いていた。そうだよね、普通。
モールが本はまだ持っているのかと尋ねたが、答えは×。すでに、ある名士のところに渡ってしまったのだそうだ。買い戻すのは、至難の業だろう。モールは「それがあれば、何とかできたかもしれないね」と言ってくれたが、私はもう、諦めた。
託そう、子供たちを。このままでは私だけではなく、子供たちも死んでしまう。
クリスに頼み込み、子供たちを引き取ってくれないかどうか聞いてみた。だが、残念ながらどちらか一人しか、無理だと言う。金火狐一族とは言え、クリスは末席。子供2人を抱えられる財力も地位も、持っていないのだそうだ。
結局、クリスには花乃だけを託した。クリスは責任持って、育ててくれると約束してくれた。
本当に、良かった。花乃をお願いね、クリス。
485年 9月30日 晴れ
モールに助けてもらって、何とか紅蓮塞まで来られた。本当に最後までありがとう、モール。
焔先生に事情を説明し、雪乃を引き取ってくれないかとお願いした。先生は快く、引き受けてくれた。これで心残りは無い。
また、私をかくまってくれることを提案してくれた。私はそれを快諾し、今こうして地下にいる」
日記は、そこで止まっていた。
(まあ、以後ずっとここにいれば、書くものは無いだろうな)
晴奈はその後の頁を、ぱらぱらとめくる。後に続くのは、白紙ばかり――。
「お?」
ではなかった。一頁に渡って、詩のようなものが書かれている。
「雪乃。花乃。
ごめんなさいね。私の、遊び心のせいで。
もしかしたら人形のまま、平穏に。永遠に。生きていけたかもしれないのに。
でも、私は――」
詩を読み終えた途端、晴奈の目からぽた、と涙が出た。
地下道の出入り口で、良太はようやく雪乃に追いついた。
「ゆ、ゆきっ、のっ、さん」
「……」
雪乃は振り向かず、梯子に手をかける。良太は持てる筋肉をすべて使い、柊に飛びつく。
「行かないで、雪乃さん!」「きゃっ!?」
良太の飛び込みに引っ張られ、雪乃は梯子から落ちる。二人はそのまま、絡まるように地面に倒れこむ。
「やめて、良太……」「雪乃さん!」
倒れこんだまま、上になった良太が雪乃に叫ぶ。
「雪乃さん! 雪乃さん! 行かないで、雪乃さん!」
「え……」
良太は顔を真っ赤にしたまま、下に押さえ込んだ雪乃に叫び続ける。
「人形とか、人間とか、知らない! 僕は、人間じゃなく、雪乃さんが好きなんだ!」
「りょ……」
「今こうして触ってる雪乃さん、温かくて柔らかいし! この感触が綿とか、肉とか、そんなことどうでもいい!
今ここにいる、雪乃さんが好きなんだ!」
良太の心の叫びを聞くうち、雪乃も顔が赤くなっていく。
「でも、わたしは、母さんの……」
「雪花さんだってさあ! 雪乃さんに、幸せになってほしいって、きっと思ってますよお!」
絶叫が、次第に嗚咽になっていく。
「そう、願わない、親なんて、いないでしょお……。そうじゃなきゃ、雪乃さんも、花乃さんも生まれなかったでしょお……」
下で半ば、されるがままになっていた雪乃は、良太の下敷きになっていない左手で、良太を抱きしめた。
「……良太」
雪乃も、いつの間にか泣いていた。
「雪乃。花乃。
ごめんなさいね。私の、遊び心のせいで。
もしかしたら人形のまま、平穏に。永遠に。生きていけたかもしれないのに。
でも、私は。あなたたちを人間にしたこと、後悔してない。
あなたたちは、私に多くの感動と、愛おしさを与えてくれた。
そして、勝手な言い分かも知れないけれど。
私は、あなたたちに無限の可能性を贈った。
元気でいてね。
幸せになってね。
私のことは、気にしないでね。
大好き」
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