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5.
「先生、起きてくださいねー……」
誰かが、声をかけてくる。
「う、ん……、お、っと」
重蔵は重たいまぶたを、どうにかこじ開ける。
「しまった、寝てしもうたか」
「はい、お水をどうぞ」
「……?」
目の前には、若い狐獣人の店主がいる。そこはなぜか、喫茶店だった。
(はて……? わしは確か、催事場で良太に、夫婦の何たるかを教えておったような気がしたんじゃが?)
「大丈夫ですね?」
店主が心配そうに見つめてくる。重蔵は心配ないと言う代わりに、出された水をぐい、と飲んだ。
「……ぷはっ。……これは、名水じゃな」
一息に飲んで、重蔵の目はぱっちりと覚めた。
「酔い覚ましの水は格別にうまいものじゃが、それを差し引いても抜群にうまい」
「ええ。大分深いところから、水を引き上げていますからね」
「そうか、そうか」
酔いが引いてきた重蔵は、周りをくるっと見渡した。
「……おや?」
深緑の着物を着た、見覚えのあるエルフが、「狐」の女の子を膝に乗せて、壁際の席に座っている。
「おう、雪さんじゃないか」
《あら》
声をかけられたエルフは顔を上げ、重蔵に笑いかけた。
《お久しぶりです、焔先生》
「……おや? 雪さん、ではないな?」
顔立ちは自分の愛弟子、雪乃に良く似てはいるが、良く見れば別人である。
「……まさか」
エルフの着ている着物には、見覚えがある。かつて紅蓮塞へ調度品を売りに来ており、そして自分の娘を預け、そのまま塞の地下にかくまった女性が、同じものを着ていたような――。
「柊先生、か?」
《覚えていてくださったのですね、焔先生》
重蔵の額に、ぶわっと汗が広がる。
(まさか、わしは死んだのか?)
「いいえ」
重蔵の様子を察した店主が、下を向いたまま口を開く。
「ここは現実から、少し離れた世界ですね。先生は酔ったまま眠ったから、こちらに一時、お越しになったようですね」
「そ、そうか」
重蔵は自分の胸に手を当てる。ちゃんと、鼓動が伝わってくる。
(確かに、生きておるようじゃな)
「こちら、どうぞ」
店主が差し出した手布を受け取り、額の汗を拭う。
《今日は本当に、雪乃に縁のある方が集まってきますね》
「ふむ。まあ、式じゃからのう、今日は」
平静を取り戻してくると、この状況にも気楽に振舞えるようになってくる。重蔵はとりあえず、30年ぶりに見る友人と話をすることにした。
「まあ、変わっとらん……、と言うのは当たり前かのう」
《そうですね、ふふ》
「先生は確か、42で亡くなられて……」
《ええ、そうです。重蔵さんは、大分お年を召したようですね》
「それも、当たり前じゃ」
いつの間にか店主が差し出したお茶を飲みながら、重蔵は笑う。
「あれから何年経ったことか。あの頃幼かった雪さんが、もう人の妻になる歳じゃろ。時が経つと言うのは、時々恐ろしくなるくらいに、早いものじゃ」
《本当に、その通りね。
この30年、ずっとお堂の下で過ごしてきたけれど、入門したての子が何年かして、免許皆伝の試験でまたやって来た時、いつも驚くもの。みんな、あんまりにも背格好が変わってしまうから》
雪花もお茶を飲みつつ、思い出話を語る。
と、雪花の膝で眠っていた女の子が、むくっと起き上がった。
「う……、ん。……あれ?」
「狐」の女の子は、眠たげな目で辺りを見回す。
「あ、おばちゃん」
《おはよう、桃ちゃん》
「ここ、さっきのおみせ?」
《そうよ。眠っちゃったから、またこっちに来てしまったみたいね》
雪花は桃の頭をなで、店主に声をかける。
《すみません、この子を帰していただいても、いいですか?》
「いいよ。……さ、こっち来な、桃ちゃん。お兄さんが、送ってあげるからね」
店主はやや大儀そうに、雪花たちの方へ歩いてきた。
「ん……?」
その力の抜けた、フラフラとした歩き方に、重蔵は既視感を覚える。
「もし、店主」
「うん?」
「以前、お会いしたことは無かったか?」
「ありますね。雪花を送った時、会いましたね」
店主は重蔵に顔を向けず、多少気だるそうに答えた。
「……? いや、確かに柊先生を預かった時、付き添いがおったのは覚えておる。しかし、『狐』ではなかったような……?」
そこでようやく、店主が振り向いた。
「ああ、あの時は『この姿』じゃありませんでしたね。確か、……何だっけ、雪花。あの時、私は『猫』だったっけ? 人間だったっけね?」
《『猫』だったわ。花乃が細い尻尾にじゃれ付いていた記憶があるから》
雪花の返答を聞き、店主はポンと手を打つ。
「あ、そうそう。うん、『猫』だったね。あの時期、何やかやでしょっちゅう、体換えてたからねぇ」
店主の話と妙な言葉遣いを聞くうち、重蔵の記憶が呼び覚まされていく。
「……思い出した。確か店主、あなたの名前は――モール、でしたな。
何百年と生きる、旅の魔術師。時代によってその姿かたちは異なり、種族や性別すら異なることもあると言う……」「まあその辺で、ね」
店主は肩をすくめつつ、重蔵の言葉をさえぎる。
「私のことは第三者ですし、気にしないでくださいね。
桃ちゃんを送っていくので、その間じっくり、二人で昔話でもどうぞ」
そう言うと店主は桃に手を差し出し、にこっと笑いかける。
「さ、桃ちゃん。お母さんのところ、帰ろうね」
「はーい」
桃は素直にその手を握り、店主とともに店の奥へと消えた。
《……あの方、高名な魔術師なのに、とても子煩悩で。でもその分、大人にはひどく冷たいみたい》
「ほう。しかし何故、その高名な者がここで店など……?」
《さあ……? 気まぐれな方ですから、こう言う日にわたしを呼び起こすのも、一興かと思っているのかも》
雪花は笑いながら席を立ち、重蔵の横に腰かける。
《今日一日はここにいられます。よろしかったら、ゆっくりお話を》
「うむ、そうしようか。……ふむ」
重蔵は店主がいたところを探り、棚から酒を取り出した。
「茶もいいが、おめでたい日じゃ。やはりこちらの方が、話が進むわい」
《あら、こちらでもお飲みになるんですね、ふふ……》
「むにゃ……」
式の途中から眠ってしまった桃は、むくっと起き上がった。
「おはよう、桃」
すぐ側にいた棗が声をかけ、お茶を差し出す。
「おはよ、おかあさん」
桃はまだ半分ほど、寝ぼけている。
「あれ? もーるさんは?」
「モール? ……誰、かしら?」
きょとんとする棗には応えず、桃は辺りを見回す。
「あれ? ……おみせ、じゃない」
「もう、この子ったら寝ぼけて。……ほら、ちゃんと起きなさい。綺麗よ、花嫁さん」
棗に抱えられ、桃は上座の新郎新婦を眺める。
あちこちから酌を勧められ、祖父同様泥酔している良太はさておき、雪乃の方は非常に美しかった。化粧も整っており、酒を勧められて多少赤くはなっているものの、それがかえって艶っぽさを引き出している。
「わー……、せっかさん、きれい」
雪花と雪乃の見分けが付かない桃の一言に、棗は苦笑した。
「桃、あれは雪花さんじゃなくて、雪乃さんですよ」
「……え?」
横から、驚いたような声が漏れる。
「棗殿、今何と仰いました?」
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